第96話 家での鍛錬

「よっ、と、それ」


「きゃ!?」


 ぬかるんだ地面に足を滑らせたアリーシャが声を漏らす。


 アリーシャとカーティスとは定期的に剣と魔法の稽古をしている。

 魔法使いコースは実践コースでもあるので、常に敵と戦う危険性を考えておかねばならない、そういう規定がバラード学園にはある。これは騎士コースも同じである。


「アリーシャ、視野は広く持たねばせっかくの魔法が活かしきれんぞ」


「そうは言いましても、お父様の視野はどうなってらっしゃるんですか」


 どうなってと言われてもバカラの感覚なのではっきりとは言えない。

 若き日には先代とも互角にやりあっていたというのだから、下手な魔法使いよりは強い。まあ、肉が付きすぎていたからあまり機敏な動きは好きではなさそうである。

 今はダイエットも成功して、筋力も順調に伸ばしてきている。これでも30代なので伸び盛りといってもいいかもしれない。


「ふむ、戦いは慣れだな。人には必ず癖がある。その癖をいかに早く見つけるかで勝率は上がる。たとえば、アリーシャはすぐに地面から両足を離してしまう瞬間がある。普通、人は飛び続けられないから速度と落下地点を計算して、その着地点を土魔法で攪乱してやると、今のように転けてしまうわけだ」


「しかし、私にはまだその土魔法でぬかるみを作ることがすぐにはできなくて……」


「そうか? そこに水を足せばいいじゃないか。二属性魔法の利点を活かす戦いをするとよいだろう」


 などと偉そうに言っているが、こういうアドバイスは学園時代や先代との訓練の中でも言われてきたことである。地球では私は喧嘩などしなかったが、この世界ではどうなるかわからない。剣術や武術にもいくつかの流派がこの世界にあるようである。


 アリーシャはまだ魔法の発動が遅い。しかし、これもいずれ瞬時に発動できるようになるだろう。



「へへ、カーティス、なかなか動きがいいじゃんかよ。学生の時よりも強くなってるな」


「くっ、余裕か。それなら、これでどうだ」


 カーティスとハートが木剣で戦っている。風魔法対土・水魔法の対決とも言えそうだが、二人とも剣術や格闘術も優れている。

 先ほどのアリーシャに言ったことをハートは意識しているようで、簡単に宙を飛ぶことはない。まあ、ハートの場合は実際には滞空時間は長いというか、調整が多少できる。風魔法の利点である。

 それでもそういう動きをカーティスは読んで、ハートを動きづらそうにさせているというか、ある特定の方向へ向かわせようとしている。

 が、それもハートは見越してフェイクを入れる。この二人は学生時代にこういう戦いを何度もやってきたのだろう。


 総合的に見れば戦いにずっと身を置いてきたハートの方が強い。

 ただ、会場を選ばなかったらどうなるかはわからない。単純な魔法対決であれば、この中の誰が一番強いと言えるだろうか。



 キリの良いところで二人は止め、次は二人がタッグを組んでクリスと戦う。

 二人は魔法ありで、クリスはもちろん魔法は使えない。


 「カーティス様、今の魔法は良くありません」「ハート、剣が軽い。魔法に集中していることが丸わかりだ」、二人を相手にクリスは戦いながらも欠点を指摘していく。ハートが加わってから、風魔法による攻撃があるというのにクリスはものともしない。これが一流の護衛なのである。



「魔法使いの人間の癖ってのはなかなか抜けないねぇ」


 身重のカミラも様子を見に来ている。年明けには赤子が産まれるだろう。カーティスとハートの動きを観察しながらカミラが言った。


「やはり魔法を使えない人間には使えないなりの戦い方があるってことなのよね?」


「はい、アリーシャ様。私たちの世界じゃ、魔法が使えない者たちには『打倒、魔法使い』という不思議な団結がありまして、魔法使い対策というのがあるんですよ」


 

 カミラの言うように、魔法がアドバンテージだというのは驕りであり、クリスやカミラのようにそれを弱点だと見抜いてそこを突くということはある。特に接近戦の場合は甘く見ていると簡単に負けてしまう。

 その逆も言えて、魔法を使わない戦士にも癖はある。騎士団長のドナンは魔法を使うことは少ないが、マース家はやはり長い歴史があるのか、癖が完全に抜けきっている。

 魔法を使える者に限らず、自分の癖を早く自覚しなければならない。その癖を相手に錯覚させる、そんな戦い方もある。心理戦である。


 人間にはたいてい癖がある。ズボンや靴下にどちらの足を先に入れるか、だいたい決まっている。これを逆にすると妙な違和感がある。

 風呂場で身体の部位をどこから洗うかもある程度決まっている。こういう癖を照らし出す時に他者のありがたみを痛感させられるものである。

 癖は習慣とか悪習と呼んでもいいかもしれない。もっと広げて考え方や思想にも同じことが言える。人間には染みついた癖があるのである。私も例外ではない。



 まあ魔法を使う人間同士が戦うことはないと信じたいが、実際、賢い魔物たちは人間よりも早くに察知して、確実に命を狙ってくることがあるのだ。


 魔物たちには長年の知恵がある。現象としてはまだ解明できていないが、魔物も炎や冷気を吐く、つまり魔法のような現象を起こせることが確認できている。


「そうねぇ、眷属といったらいいのかしら。水の眷属なら水魔法、土の眷属なら土魔法を使う魔物はいるわねぇ」


 白蛇がそう言っていた。

 ただ、水の眷属というが、その大本の水が白蛇かというとそういうわけでもないという。精霊と魔物の関係はそういう単純なものではないようだ。まあ、大精霊の命令を魔物が聞くわけでもないのだろう。人間と違って契約ではないようだ。

 魔物も謎に包まれている。


「この大陸によくいる竜は土の眷属だよ、うん」


 何の冗談だろうか。それだと土竜もぐらだ、というツッコミはこの世界では通用しないのだろう。


 このモグラの言葉はいろいろな点で重要な事実である。

 竜は火を吐く魔物だとされている。火の眷属ではないというのは奇妙なことである。しかも飛翔するのだから全体重を支えて飛ぶというのはもっと奇妙である。

 地球で空を飛ぶと言われていた恐竜が、実は飛べないのではないか、そんな研究があった。この世界の竜は飛翔する際に風魔法を応用している、そんな可能性はある。


 それに加えて「よくいる竜」という言い方は、非常に怖いことである。そんなに竜がいるんだろうか。

 竜は滅多なことでは姿を現さないし、人里にやってきたら討伐対象になるが、他の魔物よりも大型なのでやっつけるのは一苦労である。過去に何度かこのバラード王国にもやってきて災害を引き起こした。犠牲者も出したという。そんなによくいられては困る。


 魔物の体内には魔石と呼ばれる特殊な石があることが確認されており、単なる装飾品に使用されるだけでなく、多くは先日の魔道具屋にあったような道具の材料に使用される。

 一般的にはサイズに応じて魔石も大きくなる。種族によっては純度も異なる。

 竜の魔石は破格の値段で売れる。一攫千金を目指す冒険者もいるようだが、やめておいた方がよさそうである。



 さて、総じて、火、風魔法の使い手は接近戦が好きで、水、土魔法の使い手は遠距離攻撃が好きである。そういう傾向がある。

 ただ、意外とカーティスもアリーシャも接近戦に持っていこうするのだから不思議なものだ。二人は元来好戦的なのだと思う。


 なお、純粋に魔法対決をしたら、モグラの力は脅威である。大災害レベルである。

 大精霊クラスの魔法を通常の精霊クラスの魔法では容易には崩せない。

 といっても、そういうクラスの人間たちが争うことは通常ないから、どの大精霊の力が一番強いかはわかったものではない。

 モグラと白蛇はわかっているが、他の大精霊はいったいどういう生き物のフォルムなのだろうか。


 ポーションのこともそうだったが、モグラと白蛇はある程度のことは教えてくれるが、他の大精霊、精霊との契約者、そして神々の存在については決して口を割らない。

 大精霊については前に訊いた時に教えてくれた以上のことは言わず、おそらく大精霊よりも上位と考えられる神々については一つも情報を漏らさない。


「神? うーん、どうだったかな。覚えてないね、うん」


 モグラはこの調子であり、白蛇もそうである。ただ、何となく神という存在は認めているように聞こえたので、この世界の創世神話もあるいは事実なのかもしれない。まあ、本当に覚えていない可能性も捨てきれない。


 それにしてもこの星も広いはずなのに、どうして水と土の二大精霊がこの大陸のバラード王国内にいるのか、この事実も謎である。火、水、土、風、光、闇、これらの大精霊以外にも大精霊がいるようにも考えられるし、土や水の大精霊もモグラや白蛇以外にもいるのだろうか。



「アベル様は戦い方に癖がないと聞いています」


「そうだな、私も何度か拝見したが、確かに。あらゆる流派を取り入れ、それゆえにあらゆる流派に属していない」


 腕力だったらベルハルトだろうが、それだけで強いわけでもない。アベル王子もそうだが、国王も若い頃は強かった。最近ではよく稽古をしているようだ。


 貴公子たちは魔法の威力も相当なものである。

 アベル王子、シーサス、ベルハルト、彼らは単純に威力がある。効率が良いというか、調整が上手いからだろう。魔法はコントロールができないと無駄なエネルギーとなっていくと考えられているが、おそらく彼らは無駄をなくしてそのまま魔法に変換できている。


 五本の指先に小さな火や水などを増やしていく、そういう練習がある。地味だがかなり集中力を使う。

 カーティスは水と土を交互に使える。アリーシャはまだ上手くできていないようだ。

 土魔法だけの場合は、堅さの異なる土を5本すべて違う指で再現するということがある。それができたら両手である。


 貴公子だから威力が強い、そういうこともあるのかもしれないが、才能だけで魔法の威力が決まるわけではない。見えないところで、彼らは幼少期から修練をしてきたはずである。



「それにしてもよいのか? 精霊との契約はお前たちならと思ったのだが」


「はい、バカラ様。今さら魔法が使える戦士になっても、あまり利点がないと言いますか」


 カミラには以前、「クリスかカミラ、どちらか精霊と契約をするか?」と訊ねたことがあったが、断られた。

 ヘビ男もモグ子も別に構わないという感じなので、だったら二人はどうだと薦めたが、確かに今さら戦い方は変えるのはかえってもったいないことかもしれない。


「二人は苦戦しているな。私も助太刀してやろう」


 地に手をついて魔法を使う。すると人型の土人形ができあがる。それはクリスの元に向かって行った。


「ははっ、バカラ様、やりますね」


 土で出来た人形、人はこれをゴーレムと呼ぶようだが、土魔法も熟練したらこういうこともできる。意思疎通はできないが、こうした兵士を生み出して戦わせることがある。

 それでも戦いに何の変化も与えることなく、私のゴーレムも簡単に崩されてしまった。


「くそっ!」


 今日もハートの嘆きで締められた。ハートにはクリス並に強くなってほしいものだ。



「お嬢様、お風呂に直行です!」


「水洗いだけでいいよ」


「なりません!」


 従者のメリーにアリーシャが強制的に連れて行かれた。泥まみれのお嬢様というのはメリーにはなかなか厳しい光景に映るようだ。


 学園に入ると、修行場というか練習場のようなものがあり、3年間ここに通い詰めて力を付けることができる。私の頃はいなかったが、今は戦闘狂の鬼教官がいるのだそうだ。

 カーティスも一時期通っていたが、アリーシャもいずれ通うことになるのだろうか。同世代に比べてどこまでやれるかはわからないが、いざという時のために身を守る程度の強さになってもらいたい。

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