第94話 二人の王妃

 マリア王妃から茶会ではないが呼ばれたので王宮に行くことがあった。王都に本格的に移り住んでから、度々こうして一緒に話をすることが増えてきた。

 宰相になってすぐのことだった。


「あなたが宰相だなんてね」


「私が一番驚いております」


 本当に王の独断だというわけである。今回の人事に王妃は安堵しているようである。生誕祭を境に徐々に顔色も身体も健康的になってきたのは気のせいではなく、実際に元気になっている。

 それだけ心痛があったのだと思うが、この世継ぎ問題はそれほどというわけである。


 王は通常、何人も妻がいる。この国ではそういうのが許される制度であるし、他の国でも見られる。この国の貴族もそうである。

 ただ、現王は2人、前王は1人である。その前の王も1人だという。

 過去からの血脈もあるし傍流を合わせると王族といってもいろいろと分かれているのだが、たとえば今の第一王子と第二王子になんらかのことがあって亡くなったら、その中から次の王が選ばれる。王族の公爵位というものもある。


 このあたりが結構政治的にややこしくて、王族にも第一王子派、第二王子派、中立派もやっぱりいるのだが、残念というか意外というか第一王子派が多い印象である。

 優秀な官僚として、そして民にも慈しみの心を抱く王族もいるが、度し難い王族もいる。キリルだけが例外ではないのである。


 しかし、公爵家というのも大本は王家の出なので、公爵家が王となる、この可能性はある。臣民の公爵位である。

 ソーランド、カーサイト、バーミヤンの3公爵家があるが、バラード王国史上これらの家から王になった者は一人もいない。だから、現実的ではないだろうと思う。

 ただ、王が次の皇太子に皇位を継承する前に亡くなった場合に、臨時に王妃が王権を握った事例はある。かつてソーランド家の娘がそうだったと伝えられているが、もう200年以上前の話である。


 今のところは二人の王子が次代の王候補である。貴族たちの中には第一王子派から第二王子派へと変わった者はいるが、中立派が一番多い。それでも数年前の絶望的な状況に比べたら遙かに安定してきている。



 ところで、通常「正妃」と言えば一人だけである。カルメラもマリアも二人とも「王妃」と呼ばれる。「王妃」は単なる「王の妻」という意味合いである。だが、カルメラのことを「正妃」と呼ぶ人間がいた。最近ではほとんど聞かなくなった。


 馬鹿みたいな話だが、これは3代続いて妻は一人だけだという早とちりや思い込みから発生したものであると言われている。

 というのは、現王がカルメラを娶った時にそこではすでに「正妃カルメラ」という一つの認識があった。おそらく多くの者が生涯の妻はカルメラ唯一人であると思っていた。だから、「王妃」と呼ぶだけではなく、一部では「正妃」と呼んでいたという証言がある。


 だが、マリアという女性を次に娶った。すでに正妃という意味合いの強い王妃はいるのにマリアはどうすればいいのか、迷った。だが、王妃マリアと呼んだ。そしてカルメラも王妃と呼ぶようになった。こうして二人の王妃が誕生した。そして、「正妃」という呼び名は鳴りを潜めた。



 ただ、そんな単純な理由でいいものか、かなり気になっていたので調査をしてみた。

 過去の例でいうと、4人くらい妻がいた王もいるが、通例では次の後継者の母が「正妃」となる。

 これに従えば「正妃」は事後的なものであり、「正妃」という呼び方はまだできないのだが、これにはカルメラが最初に嫁いだ時に当時の宰相のダイゲス・バーミヤンが意図的に「正妃」と呼んだことが一番の原因であることが判明した。

 もうカルメラが「正妃」で決まりだろうと思ったのかはわからない。一部でカルメラを「正妃」と呼んでいたのはこのダイゲス一派である。


 だが、ここで先代、つまり私の父がその数年後にもう一人のマリアを送り込んだ。まあ先代が送り込んだかどうかは実際よくわからない部分もあるが、現王は別の女性を妻とすることになった。

 このあたりはダイゲスとゲスのバーミヤン公爵家、そして私の父たちソーランド公爵家との間にはいろいろあったようで、今に至って、二人とも王妃と呼ぶことが当たり前になっている。

 おそらく、第一王子か第二王子が正統な後継者であることが認められれば、どちらかに「正妃」という呼び名が固定化されていくと見られている。


 この件に関わって、十数年前のことであるが、奇妙な数年間がある。

 カルメラと結婚、第一王子が生まれる、マリアと結婚、カトリーナが生まれる、先代が事故死、というのはだいたい6、7年間の中で起きた出来事である。

 なんというか、気になることである。ここにバラード学園の腐敗も付け加えてもいい。

 


 他にも気になっていることがある。

 ゲームの中ではヒロインはアベル王子と結婚する未来もあるのだろうが、その時にアベル王子は別の女性を妻とすることがあったんだろうか。今のままだとアベル王子はアリーシャを妻とすることになるが、他にも娶るのだろうか。


 娘や川上さんに訊いたら教えてくれただろうが、このゲームをする人はおそらく女性が多いと思う。だから、せっかくアベル王子と結婚したのに、アベル王子が別の女も娶る未来が待っているというのは少し考えづらいように思う。

 ゲームのその後の世界はわからないが、もしかすると一夫一婦制が定着していく世界に変わっていくんじゃないかとも思える。


 逆に、娘が言っていたことに、ヒロインが貴公子たち全員と親密になる人生があったが、いったいそれはどういう世界なのか、私には理解ができない。

 重婚が認められているかというと、実はそれを定めているというか、禁止している法令はない。

 だから、ヒロインをシェアするようなこともできる。が、そんな恐ろしいことが起きてしまうのだろうか。

 それともみんな友達で、実は貴公子の誰とも結婚はしない、そういう話になるのだろうか。


 

 マリア王妃が意外なことを言った。


「カルメラ様は、最初はお優しかったのよ」


「そうなのですか?」


「ええ、キリル王子殿下をお生みになって、それから私がこちらに来たけれど、定期的にお茶会などにも誘ってくださってね。私は嫌ではなかったわ」


 この話はマリア王妃からは聞いたことがなかった。

 あの子にしてあの親ありだとばかり思っていた。あのカルメラが優しいというのは想像しづらいが、マリア王妃が嘘を言っている感じでもない。


「それではどうして今のようなことに?」


「それはわからない。いつの間にか疎遠になってしまった。考えてもわからないの」


 カルメラの性格が変わったとでもいうのだろうか。少しこの線から第一王子派を探ることにしてみよう。


 なお、カルメラはバーミヤン公爵家とつながりのあるワルイワ侯爵家の娘であるが、カルメラの姉がゲス・バーミヤンの妻である。そういうつながりがある。

 だから、私としてはバーミヤン公爵家以外にもこのワルイワ侯爵家も一網打尽に吹き飛ばしたいところである。


 ただ、カルメラを調査してみると、確かに若い頃はあまり変な話はなかったようだ。

 それが優しいかどうかはわからないが、当時を知る人間たち、たとえばワルイワ侯爵家にかつて仕えていた者たちに話を聞くと、「カルメラお嬢様は純粋な方でございました」と悪い印象はなかったようである。


 カルメラにも情状酌量の余地がある、そういうことだろうか。いや、それはないな。

 もう少し、カルメラとワルイワ侯爵家の調査を続けていくことにしよう。


「ところで、アベル王子殿下とアリーシャなのですが、その後の様子はいかがでしょうか」


 私が宰相になってからもアリーシャはマリア王妃の茶会に招待され、アベル王子や他の子たちとも交流している話は聞いている。

 当の二人はどういう関係にあるのか、今ひとつ情報が入ってこない。ただ、アリーシャを邪険に扱っているということはない。


「アベルは、そうねぇ……嫉妬してるんじゃないかしら」


「嫉妬ですか? 誰にです?」


「さあ、誰でしょうね、ふふふ。あの子の珍しい顔を見ることができて良かったわ」


 カーティスだろうか。あの子に嫉妬というのならわかる。カーティスは人望もあるし羨望もあるし、恨みも買いそうなところもある。

 肝心なことを言わないこのマリア王妃は、やはり苦手である。



「あなたも良い人を見つけなさいよ」


「そうですなぁ……」


 王妃には5回に1回くらいの頻度で言われる言葉である。

 初めてアリーシャたちを茶会に連れてきた時から4年近く経っているが、もちろんそういうつもりはない。ただ、あの時よりも心がかすかに揺れているという気はしている。


 バカラの妻、オリービアも亡くなる前にそういうことをバカラには言っている。このまま一人で過ごしていくのを心配したのだろう。オリービアの両親のスメラ子爵夫妻も毎夏、やんわりと告げてくる。こればかりはどうなるかはわからないものである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る