第78話 アリーシャとアベル王子〔2〕

 さて、カーティスとの話の続きである。


 実はこの時、カーティスとは初めて口論になった。


 それは私が二人の婚約を反対する旨を伝えた時だった。


「やはり、アリーシャを王室に嫁がせるのはやめた方がいいと思う」


 「そうですね」とか「そうかもしれませんね」とか、そういう言葉が続くかと思っていた。

 しかし、私の言葉を聞くやいなや、カーティスの中でカチッと何かがはまり、スイッチが押されたかのように厳しく問うてきた。


「やはり? やはりとはどういうことですか? 父上は、相手がアベル王子殿下、王族だからといってあの子があのような顔を見せる人と結ばれることを望まないのですか? アリーシャがこの人だと判断した、その人とそのアリーシャを信じないのですか?」


 カーティスの言葉は全てが疑問文で、しかも予期せぬ返答で、正直混乱してしまった。


「し、信じるとか信じないとか、そ、そういうことじゃない!」


「ではどういうことなのですか?」


「だから、その、アリーシャにはきっと良い人がいる。あ、あの子の幸せを考えてくれる人間がいる」


「きっと? では、父上は世界中の全ての男を調査して、そうしてアリーシャに見合った男を一人ひとり探し出すというのですか? この男よりはこの男がいい、やっぱりこの男の方がいい、いややはりこちらだ、そうやって探すおつもりなのですか?」


 カーティスのこの言葉には一瞬眩暈めまいを覚えた。


「親だからこそ心配するんだ!」


「答えになっていません、心配してどうするんですか?」


「うるさい! 何がわかる!」


 きっとカーティスが私を睨む。この目は、この顔は私は初めて見る。


「私だってアリーシャの兄です、家族です。アリーシャは私の大切な妹であり愛すべき家族の一員です。心配するのは兄であり家族である私だって同じです。父上だけの専売特許じゃない!」



 二の句が継げなかった。他に答える言葉が見つからなかった。

 これ以上になると「出て行け」と思わず言いそうになった。それだけは必死に押しとどめた。


 それよりも何よりも、カーティスの言葉は私の痛いところを確実に的確に突いてきて、こちらの逃げ道を残さなかった。

 こんな、こんなことを、こんな言葉をカーティスに言いたいわけじゃなかった。


「……そうか、わかった……すまない、お前の言う通りだな」


「いえ、私も言い過ぎました。申し訳ありません」


「いい、謝るな。それがお前の判断なのだろう」



 私はてっきりカーティスは私の味方をしてくれると思っていた。特に恋愛が自由だという考えを押し進めるタイプではないと思っていた。

 婚約に賛成するにしても反対するにしても、王家との結びつきが強くなるとか弱くなるとか、ソーランドの名を知らしめるとか、そういう観点から意見を述べると思っていた。


 だから、王族だからなんだのというのは関係ない、そういう切り込み方をするとは思わなかった。


 あるいは将来有望なアリーシャには、王家に縛りつけるようなことは止めた方がいい、そう言ってくれるのではないかと思っていたところがある。


 カーティスは公爵家という立場にありながら自由恋愛というものを認めている子だったのかもしれない。駆け落ちでも構わない、そんな恋愛観でもあるのだろうか。


 しかし、そうか、私は、私は味方が欲しかったのか……。


 …………


 ……


 …


 アリーシャが信じた人を信じろか。なかなか小癪こしゃくなことを言う。


 そうだな、どの男がいいかなんて世界中から探し出せるわけはない、か。


 息子と口喧嘩をするというのはこういう気持ちなのかと非常に悔しくもすがすがしさがある。だが、すがすがしさの後には言いしれぬ悔しさともどかしさが続く。

 初めての息子との喧嘩は、こういうものであった。



 娘に彼氏という存在ができていたことを知ることがあった。

 確か、娘が大学を卒業してから2、3年経ったくらいだったと思う。これまでの遍歴は知らないが、訊ねたら特に隠す素振りもなく「うーん? たぶんいるよ」と曖昧に答えた。


「じゃあ、結婚だな」


「いや、そういうのじゃないから」


 あっさりと答えていた。

 お互いに職があって働いていて、20代だ。そろそろというのが自然な流れじゃないのか。不審に思ってさらに訊いた。


「じゃあ、どういうのなんだ?」


「どういうのでもないって!」


 ぐずぐずして煮え切らない態度というよりは、娘から結婚願望というものが全く感じられない。遊び相手とでもいうのだろうか。


「だから、そういうのが自分の幸せとは限らないんだって。ねえ、お母さん、何か言ってやってよ」


「無理」


 娘の嘆願に呆れたように妻が答える。


「無理ってどういうことだ? なんだ、二人して」


 その後、娘は彼氏とは別れたようだった。今にして思うと彼氏ではなかったのかもしれない。


 どうも承服できない感じだったので娘がいない時に妻と話すことがあったが、「結婚しなくてもあの子はそれなりに幸せってことよ」と、やはりよくわからないことを言う。

 幸せの定義が異なるんだろうか、それとも幸せそうな人間を見ていたら自分も幸せだと感じる、それで満足とでもいうんだろうか。

 この件以降、私は娘のそういう話題にもう関わらないことにした。


 そういえば、カーティスの言葉にはどこか妻のような言葉の響きを感じていた。

 この時だったかいつだったか、妻が「子どもを信じる。子どもに裏切られてもまた信じるしかない。そういうもの」、そんなことを生意気にも私に言ってきたことがあった。


 ……いや、違うな。あの子が、カーティスが見つけてきた言葉だ、そうだな。

 だが、子どもに裏切られてもいいが、子どもが裏切られるのは二度はごめんである。



 その後、アベル王子と再び話すことがあった。


「アベル王子殿下、アリーシャを裏切らずに幸せにすると誓えますか?」


 どこまでの意味があるかわからないが、これは確認である。


「はい、何に替えても、それだけは誓います。ただ……」


 「何に替えても」「それだけは」という言葉に不穏な響きを感じた。

 そして気になることも言う。


「……おそらくその表現ですと、アリーシャは怒ると思いますよ?」


「怒る? アリーシャが?」


「はい、きっと彼女なら」


 私の言葉のどこにアリーシャが怒る要素があったのだろうか。


 かなり不思議なことだったが、ただこれまでのようにどこか冷静だった王子の頬にほんのりと赤みがかったものを見つけた。涙は演技で流せるかもしれないが、短い時間で頬を赤らめることのできる人間を私は見たことがない。



 それにしてもゲームの中の2回目の婚約という時にも、アベル王子がこういう顔をバカラに見せていたのだろうか。この表情を保ったまま、いつか婚約破棄なんてものが起きるのだろうか。なかなか想像ができない。



 その後、マリア王妃に正式に二人の婚約の返事をして、アリーシャとアベル王子の婚約が国内外に広く知れ渡った。



 なお、気になったのでアリーシャにもアベル王子との会話のことを話した。


 「お父様、そういうことではありません」と怒るまではないように見えたが、確かにたしなめられた感じを受けた。人が見たらアリーシャが怒って見えたのかもしれない。呆れている感じである。

 あとは自分で考えろとでも言うようにアリーシャは何も言葉を続けなかった。


 謎の12歳児たちの考え方がわからない。

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