第77話 アリーシャとアベル王子〔1〕
カーティスとカレン先生の件が2年前だったが、1年ほど前、私が太っていた時期でバハラ商会の肌荒れトラブルが起きていた時期だが、この時にも一つの事件があった。
アリーシャとアベル王子との婚約の件である。ともにまだ12歳だった。
3年と半年ほど前、ちょうどマリア王妃とのあの茶会があったが、やはり王妃は二人をそういう目で見ていた。
公爵家の娘でいえば、他にバーミヤン公爵家のローラが同い年にいたが、もちろんバーミヤン公爵家は第一王子派であるし、それにローラは騎士の家系のマース侯爵家のベルハルトとの婚約を行っていた。
他にもいないことはないのだろうが、ぜひアベル王子が、ということだったが、王妃の意向も多分にある。
実際あの茶会から二人は親睦を深めて行ったし、度々王宮で開かれる茶会に行くようにもなった。それがきっかけでアリーシャには他の令嬢などとの交友も増えた。このことは良かったと本当に思う。同世代の友人がほとんどいなかったことは気がかりだった。
「エリザベス様は小さい頃からシーサス様と同じ時間を過ごされていたそうです。とてもおしとやかなお方で、でも私と話をしていてもやっぱり目ではちらちらとシーサス様を追っていらっしゃって、とってもお可愛いお方なんですよ」
「そうか。エリザベス嬢はアリーシャよりもおしとやかか。そそっかしいアリーシャも見習わないといけないな」
「まあ、人それぞれに良さがある、お父様は昔からおっしゃっていたではございませんか」
「そうか?」
こんな会話でアリーシャから親交のある子たちの紹介を受けた。
ここにはもうカーティスが同行することもなく、ほとんど情報がないのでアリーシャの言葉だけが頼りとなる。
その茶会によく出てくる人物にカーサイト公爵家のシーサスの婚約者であるアクア侯爵家のエリザベスがいる。
令嬢以外にもアベル王子つながりで、カーサイト公爵家のシーサス、マース侯爵家のベルハルトとも交友を深めているという。
ただベルハルトの婚約者であるバーミヤン公爵家のローラは第一王子派ということもあって、会うことはできていないようだ。それについてはアリーシャも少し複雑そうな顔をしていた。まあ、あの元婚約者の妹だ、思うところはあるだろう。
また、じゃじゃ馬カトリーナからは淑女教育という名の王妃教育を受けていたという話も耳に入ってきている。
こうして、二人の仲はどんどん良くなってきたのだけど、私個人としてはひどくモヤモヤとしたものを感じていた。
このままアリーシャがアベル王子と婚約した場合、アリーシャが王家に加わる。
王家に加わるということはどういう意味を持つのか、実はまだ想像ができていないところがあった。これは田中哲朗にはわからない。日本の皇室に嫁ぐというものでもないだろう。
キャリアに話をしても「わかりかねます」と、まあそれはそうだろう。
だから、カーティスにも意見を訊くことにした。
「アベル王子殿下は、私とは比較にならないくらい聡明な方です」
べた褒めだった。
あの腐った学園を常に首席で居続けたカーティスをしてそこまで言わしめるとは、いったいアベル王子とは何者なのか。
カーティスは、話し相手が王族であれば謙遜もするが、それ以外の場合はロータスと同様にこの手のことで卑下することはなく、自分と他人との差を的確に言う。だからこの言葉は真実みがある。だが、それだけでもないようにも思える。
アベル王子、か。
茶会の件からも、いやそれ以前からアベル王子の噂については少しずつ集めていた。
アリーシャが二度目の婚約破棄をするのであれば、婚約者もいるはずで、その婚約者が誰かといえばアベル王子以外には考えられなかったからである。
シーサスやベルハルトには婚約者がいるのだから、この二人と婚約をするはずはない。それ以外の人間であれば、婚約破棄をする意味があるのかどうかわからない。だから、暫定的にアベル王子だった。いや、必然的にと言うべきか。
そのアベル王子は、曰わく、神童、曰わく、非凡、曰わく、鬼才、偉才、奇才と続いていて、まさに天才とも言える評価である。剣術や魔法についてもあの身なりで相当なものだとも聞いている。9歳、10歳くらいから聡明さの噂がゆっくりと広がっていった。
ただ、問題となる性格については、実はよくわからない。
アベル王子は、淡泊というか、年相応ではなく、どこか私たちに近いように思えた。
何度か会うと、あの無邪気さにも何か違和感というか、作為的、演技的なものを感じた。
悪意はない、と思う。
けれども、それが愛情や恋慕というものなのか、それがうまく掴めない。
これまでいろいろな人間を見てきたが、群を抜いて読めない表情をする。そういう顔の作りだというのも関係しているのだろう。
余裕はある、ようにも見える。だが、それを装っている、ような気もする。
ただ、じゃじゃ馬カトリーナがクラウド王子と婚約してからはどこか肩の力が抜けたような落ち着きになっていったと思う。アベル王子なりに第一王子派との争いに何か思うところがあったのかもしれない。
とにかく性格がはっきりとわからないというのが正直なところだ。マリア王妃の方がよっぽどわかりやすいくらいだ。アベル王子はその点、現国王と似ている。
アベル王子と二人きりになった時に話をすることがあった。
「アリーシャは私の発想から離れたことをよくします。私の知らないことをよく知っています。それがおかしくて……なんか変な話ですね。アリーシャが進む道を一番近くで見ていたいのです、どこまでも、といいますか、それが私の自由につながるのだと思います」
どうも
いろんな研究開発に顔を出していて、アリーシャは地球の知識を多分に持っている。その吸収力もバイタリティーも人並みではない。
だから、この世界の天才といえども、アベル王子にはアリーシャは興味関心がある一人の人間としてしか映っていないのだろうと思っていた。だが、どうもそれだけでもないようだ。
二回目の婚約破棄というものもやはり頭の中にはあった。
今の段階ではアベル王子がアリーシャにそこまで鬼畜なことをするつもりはないと思っていた。
だが、次の言葉には正直ひやっとしたものを感じた。まだ12歳の時である。
「私はアリーシャを泣かせた者たちを一人も許すつもりはないんです」
今にして思うと、あの第一王子と王妃が国王に叱責された時に二人を見ていた、あの冷たい目をしていた。
当たり前だがアベル王子もアリーシャの婚約破棄の状況については知っている。
王妃からは、「アベルが人に関心を抱くのは珍しくて」とか「あなたのこともカーティスのことも気に入ってるわよ」とか、そういう情報をもらった。
単にソーランド公爵家の令嬢と婚約するという政治的な意味合いだけではなく、アベルという個人の幸せを考える親の姿がそこにはあったように思う。
当のアリーシャにも意向を伺ってみた。
一言だった。
「王子殿下をお慕いしています」
そのお慕いという思慕はカーティスに向けるものとは明らかに違っていたし、私に対してのものとも異なる。
私の中にあるバカラの記憶、それはあのアレンとの婚約の際に見せていた表情とも当然大きく異なる。
私が初めて見た顔だった。私たちに見せたことのない顔をしていた。
アリーシャの答えはイエスである。
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