第二部

第67話 3年の変化〔1〕――ポーション販売〔1〕

 この世界にやってきて6年目の春、丸5年が経った。

 私は今年38歳になり、アリーシャは14歳、カーティスは20歳になる。アリーシャが学園に通うまでにあと1年である。

 私たち3人はソーランド公爵領の別邸からすでに移り、王都の本邸に住んでいる。


「それではロータス、この地は任せるぞ」


「はい、旦那様。ご存分にご活躍なさってくだされ」


 公爵領の運営は家宰のロータスが総責任者であり、本邸には子どもたちの他にカレン先生、護衛のクリスとカミラをはじめとして、多くの研究者たちを呼び寄せている。

 ドジャース商会も本格的に王都に店舗を構え、研究開発の施設なども王都の空いている家々や土地などを購入して建設し、それぞれの研究がソーランド公爵領と大差のないほどにできるようになっている。



 さて、カトリーナ王女の生誕祭から3年が経った。

 当然のことながら、この3年間にいくつかの大きな変化はあった。


 一つは開発を進めていたポーションをついに世に出したことである


「公爵様、これなら勝てますよ」


「ああ、やっとここまでたどり着けたな」


 ケビンとの試飲や、他の研究者たちとの情報と合わせても自信の持てるポーションだ。


 開発した初級ポーションは従来のポーション、それはカーサイト公爵家のあの毒薬ポーションに比べて、味良し、香り良し、効果ありで、しかも安価なものができた。だいたい日本でよく見る栄養ドリンクくらいの分量が一本分である。

 さらに、レシピがそもそも異なるので、カーサイト公爵家のポーションとも異なり、ポーションの権利は互いに分かれて別個のものとして登録されている。


 あのカーサイト公爵家現当主のあの嫌みのザマスは、いろいろあって最終的に国王にまで「ドジャース商会は権利を侵害している」と訴えたのだが、明らかに見た目も味も違うので同じものとして扱われることはなく、国王も正式に二つが違うことを言明し、訴えは退けられることとなった。


 といっても、著しく効果が異なるわけではないのも事実である。

 最初に白蛇とヘビ男にレシピを訊いて作った時から、領内の魔物討伐部隊に配布して経過報告を詳細に集めていった。そこで明らかになったのは従来のポーションよりもちょっとだけ上回るという結論である。


 多くの材料はすぐに入手できたり、栽培していた薬草は乾燥させても冷凍保存をしても、それで作ったポーションの品質に問題はなく、さらにポーション自体が腐ることもなくて長期の保存が可能であり、あとは作れば作るほど在庫は貯まっていった。

 効果の検証は早い時期に終わったのでだいたい2年かけて在庫を増やしていった。カーティス以外にも水魔法を使える人間を他国からも採用したり、薬草の栽培にも力を入れた。


「父上、さすがにポーションを作りすぎなのではないですか?」


「いや、これでも足らないくらいだ」


 疑問に思うカーティスの心配は、まあわかる。

 なんせその数は200万本分である。

 一本一本を作るのではなく、大きな鍋というかかめというか、とりあえず一度に大量に作ることができるようにした。


 この世界には液体を呑むための小瓶はあるがペットボトルはないし、小瓶もよく見るキャップ付きのものは数が少ない。それらを仮に大量に作るとしてもリサイクルの問題とセットにしなければならないと思う。これは化粧品関連の容器も同じことが言えるのだが、ドジャース商会では使い切った容器を回収して、しかるべき処理をして再利用か別の形で利用ができるようにしている。その全てが守られているわけではないが、なるべく回収には協力してもらえるように呼びかけている。


 何本かは小瓶のような容器に詰めて、いわば携帯用のポーションとして販売することはあったが、それ以外はいわば店頭に置いてある大量のポーションから柄杓ひしゃくすくって、客が持ってきた鍋や革袋や容器に入れていくという手法が多かった。

 それ以外はドリンクバーのようにボタンを押すと、押している間はポーションが流れ出てくるタイプのものを店頭に置いた。こういうタイプのものはなかったようだ。

 こちらのタイプの方が逐一ポーションの入っている容器のふたを取って柄杓ひしゃくすくうことがなく、直接計量するコップに入れて移し替えるだけなので、最終的には販売員の手間もかからない。

 輸送や大量購入の取り引きの場合はポーション樽のような形の容器を採用した。


 一度に大量に作ることは事前に何回か試して、時には効果の薄いポーションになってしまって調整が大変だったが、なんとかムラも品質も問題のないものを作ることができたし、蒸発しても効果に変化はないことも確認できた。そのまま蒸発させて濃縮すればいいという話にもなるが、その時間はカットして、まずは高品質のポーションを大量に作ることを目指した。

 効果の薄いポーション、つまり失敗作はそれでも一定の傷薬の役割を果たせるので、事情を説明して無駄にせずに学校や領民に無料で配布した。


 ソーランド公爵領や王都の施設でのトータルでの一日の作成限界量はだいたい7000本分である。一日の最大量は増やそうと思えばもっと増やせて、おそらく2、3万本分くらいなら数か月以内にやろうと思えばできたのだが、このあたりでまずは留めておくことにした。

 

 200万本分、それを一挙に売りに出したのである。

 しかもこの国だけではなく、他国の支店や商会と手を組んで大々的に宣伝をして解禁日を決めて一斉に売った。


「はいはーい、みなさま、ポーションはまだまだありますから慌てないでいいですよ!」


「へえ、これが新作のポーションかね。なかなかいいじゃないか」


「あれがこれって本当か!?」


 最初の数日は購入制限もしたが、まあもしかしたら何回も通って買った人間もいるかもしれないし、誰かを雇って代わりに買わせたこともあるだろう。

 それについてはとがめなかったが、転売に関しては注意を促しておいた。

 要はドジャース商会の定価よりも高いポーションが売られていた場合には転売の可能性があるので、その場合は商会で買った方が確実に安いということを伝えた。


 それでだいたいどのくらいの需要があって、どのくらいがさばけるのか、そのあたりを考えるとだいたい一日4000から5000本分くらいに落ち着いてきてそれが目安となった。これは売り場を広げれば増えていくだろうが、こちらについてはもう少し時間が経ってから考えることにする。

 ひとまず品切れになることがないように配慮した。


 それが5年目、今から半年以上前のことである。

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