第62話 二次会 

「今日は大変素晴らしい体験ができました」

「王妃様もカトリーナ王女もお美しかった」

「ドジャース商会というのはいいな」

「他国の方と話せて良かった」


 今回の生誕祭の手応えはあった。

 21時過ぎには終わったはずだが、それでもまだ話し足りない人たちはいるようだった。王妃と王女、王子は王城に戻っていったが、残っているのは10名程度だ。


 普通はこういう会が終わったら招待客は帰るらしいが、近しい者同士の間では残ることもあるとも聞く。私も残ってもいいですよと言ったが、それは社交辞令の意味合いがある。

 まあ、せっかくわざわざ来てもらったんだという思いもあるし、まだ残りたそうにしている人たちにもあと少しくらいいいじゃないかという雰囲気があるように見える。


 遺漏なくと思っていたが、失敗もあった。

 たとえばマース侯爵家のドナンやファラやベルハルト、カーサイト公爵家のシーサスにも無理に敬称はなくてもよい。

 今回は世話人なのだが、田中哲朗のおもてなし精神があって言葉が先行してしまったような感じがある、そう見ている。記憶の混在が表面化している。浮かれていたのかもしれない。

 あと、マース侯爵家はファラとベルハルトが二人来たので、「マース嬢?」「マース殿?」ええい「様だ!」という一瞬の混乱もあった。

 だから少しばかりの反応があって、とりわけベルハルトはわかりやすかったが、すぐに平静を装い、立て直しを図ったが、どうだったか。なんせ数年前までオーク公爵の別名もあり、バカラ・ソーランドは変わり者だという話もあるからそちらに支えられたかもしれない。


 地球の場合だったら、ロードなになにとかサーなになに、レディなになにという言葉があるが、こういうのは娘や妻の方が詳しいだろうな。この世界の教会の役職などのように簡略化された感じを受けるが、どう対応しているのかはよくわからない。


 剣術や魔法の場合にはバカラの経験に身を任せることになるし、今夜は踊らなかったが社交ダンスでも身体は動くはずである。

 身体の動きも何らかの意識が反映していると考えられるが、純粋な思考という場合になると心許ないことはある。


 前はよく目覚めた時に一瞬だけ見知らぬ部屋にいることに驚くことが何度かあったが、最近ではそういう感覚が減ってきた。


 今日寝る前の私の意識と翌日起きた私の意識が陸続きになって両者が同じであると保証してくれるものはない。

 アリーシャに「お父様」、カーティスに「父上」、キャリアやオーランに「旦那様」、クリスやカミラに「バカラ様」と呼ばれて、初めて自分がバカラ・ソーランドであると同定される。


 今の私はいったい誰だと言えるんだろうか……。


 

 さて、立ち話というのも疲れるし、会場の片付けもしたかったので、別室に案内をした。こういうこともあろうかと使える部屋も用意していた。


 片付けの際に余った食品はすべて給仕や使用人たちが自由に持って帰ってもいいことにしている。これは事前に伝えてあった。このくらいの働きをしてもらったのだ、この程度で申し訳ない。何人かは残ってもらって、引き続き働いてもらうことになった。


 ここまで来ると飲み会の2次会という感じだが、良い感じにみな酔いが回っているようだ。ビールにワインに日本酒に、それに合うつまみも頼んでいる。生誕祭には出さなかったものもある。


 カラルド国のクラウド王子殿下もいるのだから、なかなかどうして、粗略にはできない。他にも他国の重鎮たちが何やらひそひそと話しているが、悪い話でもないのだろう、顔を赤くしているゆでだこのような人もいる。

 残ったのはみな他国の人間である。


 クラウド王子をはじめ、カラルド国から来た人々は今日はこの邸に泊まることになっている。気が楽なところもあると見た。

 カラルド国は格式張ることの少ない気性のようなものがあるのかもしれない。

 まあ、費用はあご、まくらはこちらが負担、あし無しでの対応である。

 ケビンも「人当たりはいいですよ」と言っていたが、だからといって商売や交渉が楽だということを意味していない。


 クラウド王子が今回一番注目される人物だということは誰が見ても明らかなので、王子には実は別の部屋に待機をしてもらって、ここぞという時にカトリーナ王女への挨拶に行ってもらったのだった。

 花火の時と同じようにまあ断られるよなと思ってこういう風にできたらいいんですけどねと試しに言ってみたら、王子もそのサプライズに結構乗り気だった。ノリが良い人だ。


「今日は驚くことばかりでしたよ、これは美味しいですね」


 クラウド王子は日本酒を口にしている。

 20歳くらいだと情報があったが、飲み方は妙におっさんくさいのが気に入った。

 漬け物や乾き物をお気に召しているのも好印象だ。


「カラルド国から、しかもクラウド王子殿下がいらっしゃったことは望外の喜びでございます。それだけでも今日の生誕祭を主催した甲斐があったというものです」


「いや、それはこちらこそですよ。これほど盛大に催されるとは、父上が訊いたら是非参加したかったと言いますよ」


 まさか他国の王が一王女の生誕祭に来ることになったら、どうなっていたか、考えるだけでも冷や汗をかく。


 それからも小一時間ほど話をした。そのうちに半分以上は帰っていった。みな上機嫌だったのは良かった。もちろん、泥酔者はいないが千鳥足のゆでだこ社長みたいな人はいた。


 アリーシャとカレン先生はもう下がってもらったが、カーティスは同席している。

 カーティスももう17歳になる、こういう世界を知るのもいいだろう。年代も近い、親交を深めればいい。


 この国では15歳から飲酒が可能、なんてものはなく、年齢制限などないが、カーティスは酒に口をつけていない。下戸というわけでもないようだ。


 ただ、若者の飲酒に関してはアーノルドたち医学研究の人間とも話をして、早期のアルコール摂取やその習慣にはリスクが高いことをソーランド公爵領の領民には注意を促している。ドジャース商会でも酒を売る場合は「20歳以上」として看板まで置いて推奨している。

 地球でも多くの国でアルコールの摂取が法律で年齢制限されているのは、その裏付けとなる統計的なデータがあるわけで、この世界の人体への影響はまだ明らかにはなっていないがおそらく弊害もあろう。

 なお、煙草や葉巻というのはないようだが、もしかしたら他国にはあるのかもしれない。ただ麻薬のように気持ちがハイになるものはある。これらについては販売することは考えていないが、医療や製薬とも関係があるので商品にはしないが研究は進めている。

 私の父はヘビースモーカーだったが、煙草などはこの世界に持ち込まない方がいいだろう。アルコール類を作ることも全く葛藤がなかったかといえば嘘になる。


「カーティス様は二属性魔法の使い手なのだとか。うちの国でも評判ですよ」

「私などまだまだ未熟です」

「そんな謙遜なさらずに。二属性魔法を組み合わせた魔法なんかもあるんですってね?」

「はい。先例が少ないので苦労をしています」


 王子は呑めば呑むほど饒舌になるらしい。酒は性格が変わるというよりは本性が出る。

 あるいはこれも演じている外交の一つの顔に過ぎないのかもしれないが……。


 今はもう完全にカラルド国の関係者しかこの場には残っていない。

 実はその関係者にカラルド国の宰相もいる。あと数名もバラード王国における私のような立場に近い人間たちである。

 ボーリアルという宰相は、50代半ばくらいのダンディーな人物だが、かなりの手腕だという。


「この香ばしさはたまりませんな」

「ええ、いぶすという調理の工程があるのです。時間はかかりますが、その分こうしてかぐわしくなります」


 ボーリアルはワイン派のようで、燻製チーズやスモークサーモンを好んで食べている。

 燻製らしきものはこの世界にもあるが、日干しと呼んだ方がいいかもしれない。


 この宰相には一度だけ会うことができたのだが、その時の話にファッションのことがでてお洒落メガネの話題になった。それが契機となってメガネを贈ったことがあって、今はそれを身につけている。公私にわたって使っているらしい。


 存外気に入ったようで、「いくつもメガネを用意して、日によって替える人もいますよ」と言ったら、他のメガネも考えているという反応である。ダーバンのスーツなんかも似合うかもしれない。

 その様子はインテリモテ親父だとか、ちょい悪イケ親父だとは口が裂けても言えない。


 クラウド王子だけではなくこの宰相が王女の生誕祭に参加をしてくれたことには大きな意味がある。

 この人たちは公式には明日王城で現国王たちと会談する予定である。

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