第61話 カトリーナの生誕祭〔6〕

 じめじめせずカラッとした爽やかさを感じさせるマース侯爵家が去ったら、次はカーサイト公爵家がやってきた。


「本日はまことに感謝しております」


 カーサイト公爵家現当主のザマス・カーサイトは四十代半ばであり、ザマスという名前の響きからして何かもう、一つの偏見が勝手に生まれているのだが、その偏見にたがわずにどこか嫌みな、ともすれば皮肉を込めた言い方をする人間である。嫌みザマスだ。


「いえいえ、このような場をご提供なさったこと、私どもも大変光栄でございますよ。まさかあのソーランド公爵家がこれほどのことをご準備をなされようとは、思いも至りませんでした」


 万事、どこかイラッとする言い方をしてくる。

 さきほどのマース侯爵家との会話からの落差があるので、なおさらそう思ってしまう。


 このザマスは一口に言えば、守銭奴しゅせんどである。

 ポーションで荒稼ぎをしている。取り寄せたレシピからだいたいの原価や人件費などの概算は知っているが、ぼったくりと言いたいほどである。

 妻がいたようだが、その妻が亡くなってからその傾向が強まったというのがこの男の噂である。この点はバカラと似たようなところがあるのかもしれない。あのバーミヤン公爵家に比べるとわりとまともだったらしいが、性格も悪くなっていったそうだ。


 実はこのカーサイト公爵家は第一王子派だと明確には表明もしていないし、だがなんとなくそういう空気がある。それゆえ第一王子派とみなされている。

 それは結局、この男が時流に乗るのが上手いというか、風見鶏かざみどりのような人間であり、もし第二王子派の勢力が上になったらおそらく第二王子派だとなんとなく周囲にほのめかすようなことをするだろう、そういう評価である。

 実際、私の父である先代が生きていた頃はこのカーサイト公爵家は中立派だったようだ。

 だから、あまり相手にしないことに決めた。

 ただ、この男には望外にも一度だけ助けられたことがあったので、それについては感謝の言葉を述べた。


 一方のシーサスは大人しい子で、しかも親と違って人を不快にさせるところは受け継いでいないようだ。

 先ほどのベルハルトがどこか浮ついていたのに比べると、謙虚さや慎み深さがあるように見える。この子もいつかこの親のような性格が発現していくのだとすれば、それは不幸なことだなと思う。


 仄聞そくぶんしたところによると、シーサスは大変優秀な子であり、水魔法もすでに上手に使いこなせ、社交界でも人気のある子なのだそうだ。

 ポーション作りにも精通しており、協力しているという。自分たちが作っているのがあの地獄の毒薬だと知って何を思うのだろうか。

 いずれにせよ、情報を総合すればますます貴公子の一人なのだと思える。

 

 なお、このシーサスにはベルハルトと同じようにすでに婚約者がおり、それはアクア侯爵家のエリザベス・アクアである。

 彼女もアクア侯爵家当主もこの生誕祭には来ているが、綺麗な茶髪の女の子で、シーサスと二人並んでも良いアベックだなと思うくらいには、悪い印象はない。

 二人は小さい頃から付き合いがあって、いわば幼馴染みというわけだ。ただ、気になることにアクア侯爵家の中でこのエリザベスだけは水の精霊と契約している。

 

 マース侯爵家のベルハルトとその婚約者であるバーミヤン公爵家のローラが火の精霊、そしてカーサイト公爵家のシーサスとその婚約者であるアクア侯爵家のエリザベスが水の精霊である。

 いかにもしつらえられているように思う。


 ちなみに、ベルハルトとローラも幼馴染みのようだ。このローラもあのゲス一族に残された最後の良心と呼ばれるくらいには聡明で人に配慮ができるという話である。実際に会えなかったのは残念である。

 


 それからも何人かの人と話をしていたが、時間はあっという間のもので、21時に近づいてきた。

 最後に王妃からの挨拶があり、生誕祭は終わった、と誰しもが思った。


 ちょうど招待客が帰り始めて、外に出た頃にそれは始まった。


 本邸から離れた距離に、パラパラパラと乾いた音が鳴る。

 何事かとみな外に出てみたら、大空には光の玉がある。打ち上げ花火である。

 それは10分間は続けられたのだが、多くの招待客は帰ることもなく、庭で空を見続けていた。

 庭にも手を加えてあるし、今はライトアップしている。

 この日のために特別にしつらえていた。ぱっと灯りを照らし、目を楽しませた。中にはこの国にはない今の季節の花々もある。


 一方、王都内の人々も空を見上げていた。

 実は王都の人間にはちょうど21時くらいに空を見ると面白いものがある、とだけ伝えていた。お菓子の配布の時だ。

 だから、王都の多くの人間がこの日は空を見ていたと思う。


 もちろん、夜にこんな轟音ごうおんの鳴ることは普通はありえない。轟音といっても、それなりに離れた距離なので、そんなに大きな音ではなかったと思うが、それでも夜に鳴る音である。


 だが、事前に王妃を通じて王に伝えて許可は取ってあり、城内にいる人間や王都の警備の人間には周知徹底されていた。異変に気づいて外に出てきた王都民には説明をしたらしく、そのため大きな混乱はなかった。


 実は、この件についてはさすがに断られるだろうと思っていたが、国王は許可を出したのだった。「王命である」という王の謎のメッセージもあり、王宮内、王都内は情報統制が徹底されていたことを後に知ることになった。

 この本邸の庭よりは王城から見るといっそう花火が綺麗に見えただろう。


 最後に「多くの者に等しく幸あれ」というメッセージの花火が打ち上げられた。文字の読めない者にはわからなかったかもしれないが、その意味を読み取った者もいるだろう。

 そして、打ち上げ花火が終わり、これで本当に生誕祭は終わったのである。


 招待客には帰る時に、今日使っていたグラスセットやいくつかの品物を紙袋に入れて渡した。もちろん、使用済みの器ではなく、新品のものである。

 お土産にも気を配った。

 もし、気に入ってもらえたら、ドジャース商会へという宣伝もやんわりとすることもあったが、それは「これはどこで?」と訊かれたら答える程度に留め、みなに言ったわけでもない。紙袋やお土産にはドジャース商会の印もあるから気づく人は気づくだろう。


 その中に化粧箱に入った石けんの詰め合わせがある。

 石けんはゲームの世界でも大きく影響を与えたと言われているが、確かに人気は高くなっていった。世界が渇望していたといってもいいくらいだ。

 ただ、いくつかの石けんを作ってきたが、個人的に思い入れのあるのが星形の石けんだった。


 使いづらくて実用的でも何でもないが、娘が小学校の頃の自由研究で作ったのもこの星形の石けんである。まあ、もちろん私と妻の共同作品とも言えるようなものだったが、あの時よりも形もしっかりしているし、使っている材料も変わっているが、あの頃を思い出すような形と色である。

 自由研究の石けんが完成した時、家の電子ピアノで「星の歌だ」と言って私たちを労うように娘が即興で何かを弾いて、妻も連弾をしていた光景も思い浮かぶ。


 一般用というよりはやや高級品として販売されていたのだが、ソーランド公爵領以外にもこの王都の貴族たち富裕層には反応があった。

 王室、あの第一王子派も国王も使用しているという噂は聞いたが、その噂がまた人々を刺激していったのだろう、人気商品の一つとなっていった。有名人が何かを使っていたら同じものを使いたいというあの心理であり、一種のステータスである。


 当初はケビンが「王室にも届けた方がいいですぜ」と助言してきたので、内心どうしようかと思っていたが、結局国王や第一王子派にまでも届けて、広告塔として働いてくれたということになった。一年目の終わりあたりだったかと思う。


 娘の自由研究は県の優秀賞ではなく参加賞だったが、あの時の石けんが今こうして広がっていることは、限りなく嬉しいことの一つである。


 他にも、一つひとつに詳細な説明を、その国の言葉で書いてわかるようにしている。些細な配慮かもしれないが、その国の言葉でというのはポイントだと思う。

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