第59話 カトリーナの生誕祭〔4〕

「バカラ様、愚息たちが何かご迷惑をおかけしましたか?」


 慌てて話しかけてきたのは、ファラとベルハルトの父、つまりこの国の騎士団長、マース侯爵家現当主のドナン・マースその人である。


 もし私が迷惑をかけられていたらこうして笑うことなどないはずなのに、慌てるのは大げさだなあ、そう思っていたが、バカラはあまり笑う人間ではないようだったからドナンが心配になってやってきたのかなと思う。


「いやいや、子どもたちの活躍を聞いて寿ことほぎたい気持ちになったのですよ。ファラ嬢もなかなか、いろいろな武勇伝があると聞きましたよ?」


 はっはっは、と私の方は親ばか丸出しだった。

 一緒に笑ってくれるかなと思ったが、ピクリとも笑ってはくれなかった。


 ドナン騎士団長はバカラよりも年上で、今四十代前半であるが、やはり身体を鍛えているのか、若々しく同世代のように見える。重々しい肉体というよりは、無駄がなく引き締まっている、そういう感じを受ける。

 騎士団長というからには、オーク公爵のような身体だと周りに示しがつかないだろう。フィットネスクラブに通っていた時にも年配の方だったが若者顔負けのトレーニングをしていた人がいたことを思い出す。


「バカラ様の変わりようこそ、世間では評判です。騎士に身を置く者として敬意を表します」

 

 ドナンがとても真面目に私の肉体改造を褒めてくれる。

 かなりストイックに日々鍛えているドナンたちのような騎士に比べたら、私のダイエットは鼻くそのようなものだが、変化を指摘されるのは嬉しくないこともない。


 そして、これは私への皮肉でもなんでもなくて、本当にドナンは私に敬意を表してくれているのだと思う。

 もちろん、ここには私が公爵で、ドナンが侯爵という絶対的な上下関係があることとも無縁ではない。

 先ほどのベルハルトとバーミヤン公爵家のローラとの婚約も、もしかすると断りづらい要求を上から出されてしぶしぶ引き受けたということもあるんだろうか。


 私が痩せたことについて、アリーシャもカーティスも一応少しだけ反応はあったけれど、なぜか言葉に出すことはなく、私の方から言い出すのもなんだか違うよなと思って何も話さないままでいたから、今さら二人に「痩せましたね」なんて言うタイミングなんてものもないだろうし、「どう思う?」とこっちから訊くことだってできない。


 それにしてもマース侯爵家は中立派だが、当主のドナンも、娘のファラもその言動は真っ直ぐだなと思う。言葉と心と行動が一致している。

 バカラの記憶でも、このマース侯爵家への嫌な印象はないし、私が来てから調査しても、私も嫌な印象は受けなかった。ファラの武勇もそういう話ばかりだった。


 悪く言えば馬鹿正直で愚直、良く言えば率直にして実直。

 つまり、相手の言葉の裏、またその裏を読み取りながら、自身もまた同じようにして幾重にも裏のある言葉を発していく、ある種無駄な、疲労感たっぷりのやりとりの空気がほとんど感じられない。言葉に含みがない。


 腹に何かを抱いているような人間と話すのは正直しんどいところがあるので、こうして話してみてもどこか気が楽になれる気がした。


 たとえば、マリア王妃などはそういうところがある、と思う。

 私としてはいっそのこと腹の内を見せてもらった方が好印象なのだが、まあ上に立つ人間には腹芸というものが使えないといけないのだろう。

 今にして思うと、一か月前にマリア王妃が弱気になっていたのも、あれは振りだったのかもしれない。だから、私も一生懸命に動いた、というわけである。人を動かす、ということだ。

 政治の世界というのはしんどい世界である。


 そういうのとはやや異なるマース侯爵家は、あの第一王子よりは第二王子の一派に同情ないし共感するところがあるように思え、自らの正義に照らせばまず間違いなく第二王子派なのだろうし第一王子派のやり方を気にくわないのだと思うが、これも騎士の家系の定めか、国に仕えているという立場からどちらかにあからさまに肩入れすることは禁欲的に抑えているように見える。


 ただ、ベルハルトは同い年だからかアベル王子とも交友があると聞いている。アベル王子もベルハルトと剣術の稽古をしているようだ。

 アベル王子は実に多才なのだが、風の魔法というのがどうやら素早い動きと関係がある、そういう話である。風は何の象徴だろうか。


 いずれにせよ、立場はどうあれ、マース侯爵家は信用できる、と思った。

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