第44話 回復薬作り〔2〕

 さらに別の情報筋からの提供があった。


「妖精くんたちがポーション作りは上手だよ」


 モグラがやってきた時にそんな情報を教えてくれた。


 この世界に妖精が住む森がいくつかあって、静かに暮らしているという。その妖精と人間が接触することは稀であり、その実態は謎に包まれている。

 ただし、精霊に対してはそうでもなさそうだ。


 どうやらモグラの眷属けんぞくとまでは言わないにせよ、森に住んでいるからなのか、土の精霊たちとは縁ある存在らしく、一方の白蛇に訊いても水の精霊たちと接触が多いということである。「一番仲がいいのは水の子たちよ」と白蛇は言っている。

 あのヘビ男と仲が良い妖精とはいったいどういう存在なのか、ますますわからなくなった。


 この妖精については、川上さんや娘からは一言も聞いていない。

 ゲームの中には出てきていないのか、ゲームには現れても二人にとっては重要ではなかったのか、はたまた私が聞き流していたか、いずれかなのだろう。


「会うことは可能ですか?」

「うーん、どうかなぁ。でも、美味しくて甘いものでも用意するといいかもしれないね」


 美味しくて甘いもの……お菓子、か。


 本当に何度も思うが、この世界はおかしい。

 洒落しゃれでもなんでもなくて「お菓子」という言葉が「デザート」を意味し、その「デザート」は皮や種をとった「果物」を意味する。

 つまり、クッキーやケーキという概念がない。

 モグラの言った「甘いもの」はおそらく自然物の中でも蜂蜜とか、加工されているものでは砂糖なのだと思う。

 甘い物については私には良いアイディアは少ないが、それでも日本で見かけたものならいくつかはある。

 妖精にもし会った時のためにも、こちらにも力を入れておこう。



 ヘビ男から訊き、白蛇から訊いたポーションのレシピを基にして、モグ子が集めてきて栽培した薬草を使ってカーティスとともにポーション作りをしている。


 試作段階に過ぎないのだが、驚くべきことに、ケビンから仕入れてもらったあのポーションと比べると、味も色も臭いも段違いで雲泥の差があった。

 実に呑みやすく、24時間働けますかと問われても、はい喜んでと言いたいくらいである。


 ただ、問題となる傷薬としての効果については、私は毒薬ポーションを呑んでいないし、怪我もしていないので比較や検証はできない。

 そこで、いくつかの生傷ができていた護衛のクリスとカミラはあの毒薬ポーションをかつて呑んだことがあるようで、ちょっと二人に試飲をしてくれないかと頼んだ。


 味は改善されているからと伝えたが、クリスは「ええっ、それは……」と、それはそれは誰が見てもわかりやすい反応を示した。


 一方、カミラは違った。


 「カミラさんのちょっといいとこ見てみたい」とでもどこかから謎の声が聞こえてくるかのように、彼女は無言でクイッと一糸いっしの乱れも一切の迷いもなく、とても見事な呑みっぷりを見せつけた。その表情からは効果はもとより、味についての評価もうかがい知ることはできない。


 そして彼女はクリスの方を一瞥いちべつすると、にやりと笑う。


 さらに、いくぶん遊びがかったその瞳は、クリスには「なーんで持ってるの? 呑んでなくなーい?」と、私には「今日、ポーションが呑めるのはバカラ様のおかげです」と、ヨイショとでも示さんばかりに、絶対的夜の帝王として君臨していた、ように見えた。


 そのクリスも覚悟を決めて目をつぶりながら一気に呑み込んでいき、でも、なーんだとでも聞こえてきそうなほど、存外素っ気ない反応だった。


 二人の生傷は消えていた。


 その後、領内の魔物を定期的に討伐してくれている傭兵たちや我が領で雇った者たちにこの試作のポーションを配布している。

 最初はクリスのように及び腰だったが、呑んでみると効果はそこそこで、新しい傷はもとより古傷もだいぶ目立たなくなっているという報告があった。

 領内の魔物討伐で怪我人が出ていたことはずっと気にかかっていた。根本的な解決とはいえないが、少しなりとも負担を減らせればいいと思う。


 ポーションには他にも種類があると聞くが、当面はこの回復の役割のポーションに特化していこう。

 ただ、ポーションというのがどのような仕組みなのか、まだまだ時間がかかりそうである。

 いずれにせよ、これで軽傷なら傷を癒やせることになる。まだ試作なので量産できるほどではないが、この者たちが利用できる程度の量は作っている。


 また、気になっていたのでカーサイト公爵家が登録して権利を持っているポーションのレシピを開示請求したのだが、それはだいぶ簡略化されていてそれを見てもだれも作ることができないだろうと思った。

 しかし、そのレシピで基本的な材料を確認しても、どうやら白蛇やヘビ男たちが教えてくれたものとどうも大きく材料が異なっている。


 しかも、かなり無駄な材料もあり、それがあの地獄の劇薬につながっているように思える。

 ポーションが美味しいという台詞がなかっただけじゃなく、むしろ問題はもっと深刻で、ポーションが不味いものになるように設定されているとしか思えなくなってきた。

 これについてはもう少し情報を集めていきたい。

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