第43話 回復薬作り〔1〕

 医学、医療の研究推進の一方で、ポーションと呼ばれる回復薬には着目していた。


 呑んだら傷が治るというまさかの薬である。稀少な治癒魔法よりも一般的に使用されるのはこういう回復薬のようだ。

 ただし一般的といっても、入手経路は限られる。


 誰が名付けたのかわからないが、ポーションには初級ポーション、中級ポーション、上級ポーションという3つのポーションがあるらしい。


 ただし、3つに分かれているといっても、限りなく中級に近い初級ポーション、限りなく中級に近い上級ポーションと、品質によって効果が異なるようだ。


 上級ポーションはほとんどお目に掛かれない。稀少な薬草を使うようだ。中級ポーションすら珍しいという。

 だから、実質的にはポーションといえば初級ポーションを指し示す。


 初級ポーションは呑むとたいていの切り傷を癒やし、大きな骨の骨折以外であればある程度元通りになるようだ。法則を無視した超自然的なものである。

 骨折をある程度治すといっても、そのある程度は骨なんだから、軽視できない振り幅がかなりあるように思えるが、怪しいものである。


 初級ポーションといえどもかなり高価なものである。

 ドジャース商会のケビンを通じて一つ用意してもらっていた。


「へへ、公爵様も物好きでございますねぇ」

「ん? それはどういうことだ?」

「いえいえ」


 ケビンがどこか試すように笑いながら初級ポーションを持ってきた。

 その理由はすぐにわかった。


 まず、臭い。何よりも臭い。

 こんなものは世に出してはいかんだろうレベルのあらゆるゴミの集積である。

 そして黒い。黒くて臭いものを口に入れるというのは鬼の所業である。

 私は呑むこともできず、そのままにしている。

 呑んでいたらきっと夜も眠れない日々を過ごしていただろう。なんだこのダークマターは。仮想上ではなく、現実に存在する恐ろしい物質だ。


 切り傷なら塗ればいいのではないかと思ったが、ポーションは呑まなければ効果がないという悪魔のような仕様である。


 ゲームには戦うことがあったというが、よく何本もがぶがぶと呑めたものだと感心する。

 なぜ開発者は「ポーションは美味おいしい」というたった十字の短い台詞セリフだけでも用意してくれなかったのかと、恨めしくなる。

 たいていの癒やしを果たす超自然、たった十字で夜も眠れる世界線、作れたはずだができません、時間がなくてマジ勘弁かんべん、休みが全然もぎとれません、婚約破棄はゆずれませんとは、いろいろと鬼畜で残念なゲームだ。



 それとは別に製法過程が大きく異なるらしいが、別名「天使の涙」と呼ばれるエリクサーというものがある。この世界のどこかにケチャップか何かのデザインとなる赤ん坊の天使でもいるのだろうか。

 失われた身体そのものが復元するという、なんとも奇跡のような薬が存在するようである。ただ、存在は確認されているがその製法などは明らかにされていない。

 地球の錬金術の歴史でもエリクシルという不死の霊薬があるが、おそらくそのあたりの名前が由来になっているのだろう。



 医療や医学の話と矛盾するようだが、治癒魔法は稀少だが、一定数生産すればポーションという回復薬ならある程度の傷を治すことができるわけで、これは無視することはできない。


 このポーション研究開発の最先端にいるのは、同じ公爵家のカーサイト公爵家である。


 我がソーランド公爵家が土の大精霊と契約して豊作に寄与しているように、カーサイト公爵家は水の精霊と契約してポーションを供給している。

 あのバハラ商会が流通させているかと思ったが、それとは違う商会のようだ。


 なお、ここの一族の髪の毛の色は青色である。

 そして、契約は水の大精霊ではなく、精霊の方である。ヘビ男と同じくヘビ次郎みたいなのがいるんだろう。

 ただ、バカラの時にもそうだったように、精霊との接触、会話というのはないらしい。


 回復薬作りは秘伝中の秘伝であり、カーサイト公爵家は長年にわたって厳重にそれを守り続けている。

 他国にもポーションを売りさばいているようだが、あの劇薬なのに売れているという。かなり値段も吹っかけているのだろう。

 しかし、その利潤は領民に還元をしていない。


 だが、その秘伝もうちのヘビ男が酩酊めいていして興に乗った際にすぐにポロッと漏らした。


 幸いにして、その場には私とカーティスしかいなかったのだが、秘密の保持に関してはヘビ男に言わせれば「そんなの俺様の知ったこっちゃねえ! 勝手に人間が決めたことだ!」ということらしい。


 確認のために水の大精霊が来た時にも訊いてみたら「そうよ、別に誰が作ってもいいのよ。そんなケチくさいこと、私たちが言うわけないじゃないの。しかもあの不味い液体でしょう? なんでそんなのを守ってるのかずっと疑問なの。あらやだ、この新作の焼酎、好きよ」ということだった。


 最初はカーティスとの契約をケチケチしていたことはこの白蛇はすっかり忘れているようだ。

 芋焼酎が好みである。案外、土と相性がいいのかもしれない。


 さて、そのレシピには特別な薬草に水が必要である。

 その水には水魔法による特別な過程が加わっているのだが、草も水も用意できている。土の精霊のモグ子が持ってきた草を栽培して増やしている。


 モグ子には頑張ってもらったから、特製の土をたんまりとあげた。最近では一人で落ち着いて食べられるように、モグ子の部屋も用意している。

 このポーション作りにはカーティスにも協力してもらっている。

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