第38話 アリーシャとカーティス〔1〕

 そういえば、バーミヤン公爵家のアレンといえば、学園でもいろいろと問題を起こす人間のようだ。すぐに公爵家の名を出して、味方を作っていると報告がある。 

 それに第一王子も絡んでいる。第一王子派を盤石ばんじゃくなものにするためなのだろう。


 虎の威を借る狐というが、非力で狡猾こうかつな狐も、尊大で暗愚な虎も、ともに天帝の怒りを買ってしまえばいい。いずれ天につばきを吐いて落ちて来た自分の唾に驚けばいい。なぜ自分の顔にぺたぺたと粘り気の強い不快な液体が降ってくるのか、それが自分の唾だとは思い至らないだろう。


 ちなみに、アレンはバーバラとは別れたようだった。お互いその程度の人間だということだ。

 こんな男とアリーシャが婚約をしていたということは、そしてそれを認めたことは本当にバカラの大失態である。


 ただ、一方で最近では違う考えもするようになった。むしろ、こちらの方が近いように思う。


 アリーシャがこのソーランド公爵家の行く末を考えてわざわざバーミヤン公爵家のアレンとの婚約を望んだ風に演じていたのではないかということである。


 当時は8歳、とてもそのようなことにまで気を配っていたとは思えないけれど、あの子の優しさは自己を完全に殺して耐えることにある。

 婚約破棄での毅然とした態度にも、帰りの馬車での殊勝な振る舞い方にも、その痕跡や片鱗が認められる。まるでそれが美徳であるとでも考えているかのように、である。

 アレンに惚れているようなそぶりを親であるバカラに見せていただけなのかもしれない。


 だが、それは優しさではない。

 自分を偽り、我慢して恥辱と屈辱しかない道を選ぶとは、かえって親不孝なことである。

 幸せとは自分だけではなく、親といういわば他者だけで完結するものでもなく、自分と自分が愛し、自分を愛してくれる人たちをも含む人々の関係性の中で生じる、そういう幸せの形もあるのだということに、アリーシャが本当に心の底から実感するまでにはまだ時間がかかりそうである。



 アレン、クソガキ王子と同い年のカーティスは、魔法使いコースに移ってからも変わらずに真面目に魔法の鍛錬を行っているようだ。

 水魔法を使う講師はいるが、カーティスは水の大精霊と契約をしてもらっているのだ、講師以上の水魔法の使い手になるかもしれないと評判である。

 私が使った土魔法も桁違いの威力だったんだ、水の大精霊と契約したカーティスもそうなのだろう。

 しかし、わけあってカーティスは水魔法の力を抑えている。


 また、土魔法も使えることは講師陣には信じられないという反応のようだった。しかも、通常の土魔法よりも威力が高い。


 二つ以上の精霊との契約はほとんど例がない。

 だから、二属性の魔法を使えるカーティスはそれだけで評判となっていった。

 これはアリーシャの今後のことも考えなければならないな。


 ちなみに、二人は二属性魔法は使えるが、カーティスが水の大精霊と契約しているとは一言も言っていない。だから、みなカーティスは水の精霊と契約していると思っている。

 白蛇たちとの契約後、すぐのことだった。


「父上、勝手ながら私が水の大精霊様と契約をしていることをみなに伏せることは可能でしょうか?」

「ああ。それは私もそうした方がいいと思っているのだが……」


 いろいろと思うところがあったのだが、カーティス自身もこのことは内密にとわざわざ念を押して私に言ってきたのだ。

 私も賛同して、学園にも王室にも何の連絡も入れていない。「水魔法が使える」と伝えただけだ。


 最初に大精霊たちが自邸にやってきた時、何人かの者が目にしたが、本当に数えるほどであり、家族を除けば家宰のロータス、護衛のクリス、カミラ、土研究者のレイトたちである。この者たちはあれが大精霊だと知っているし、見ているし、話しているのを聞いている。

 他にも3、4名の者がいたが、そもそも精霊自体を見ることが稀であるから、大精霊とは思わない。私たちと大精霊との会話の際は後ろに下がらせていたので、私たちが「大精霊」という言葉を使ったことも聞こえていない。

 あとで口裏を合わせて、「あれが精霊だ」と言いくるめておいた。元々忠実な使用人たちだから、あえて自分からそういう話をするとも思えない。


 したがって、カーティスが水の大精霊と契約していることは、誰も知らないと考えていい。

 むしろ、二属性魔法が使える、という事実の方がインパクトを与えたらしく、そのうちの一つが大精霊との契約だとは思い至ることはない、そう思う。


 アリーシャにも家で少しずつ魔法の練習をさせている。通常の土、水の精霊と契約する魔法使いよりも強い魔法が使えるようだ。土魔法を使うと、なかなかの威力だった。


 魔法は才能ではなく、たゆまぬ努力である。それはカーティスが日に日に上達していることからわかる。

 それにカーティスはいつか魔法が使える日の時のために、個人的に魔法に関する書籍などを読みあさっていたと後日聞かされた。


「お兄様はそんなことをなさっていたんですね……」


 アリーシャもそのことを聞いていたが、アリーシャは兄が誰にも知られずに努力をしていたことを聞いてプレッシャーを感じているようだ。


 そんなカーティスであるが、むやみやたらに人に魔法を使わない。

 たとえば、他の貴族の子弟の中には火の精霊と契約した者が、一般コースの学生を脅すということがあるらしい。

 持つ者が持たざる者を見下す、この国の貴族たちのお家芸というわけだ。


 魔法を人に対して用いるのは厳禁だというが、学園内の全てに監視の目は行き届かないのだろう。

 いや、そもそも腐敗している学園だ。見ても見ぬ振りをしている可能性だってある。知らぬ存ぜぬあずかり知らぬ、調査はしないが点検は一応する、この程度のことだろう。


 家格の低い者への行動だ。同じように家格の上の者にも果敢に挑んでいくのなら、まだ救いはあるが、人を選んで、値踏みしていくような連中である。

 あんな王子が自由に振る舞えるんだ、わかっていても何も言えない学園なのだろう。

 そんな学園にいったい何の意味があるのかさっぱり理解できない。そんな愚者たちの象徴みたいな学園に通った後に王宮勤めをする人間にもまともな人間は少ないように見える。

 いい、そこから漏れた人間は我が公爵領で力を発揮させてやる。


 カーティスは私に何も言わないが、その火の魔法を使った者から一般学生を守るために水の魔法でかき消すことをやっているようだ。

 そういうことがあるから隠れファンが多い。人望があるのはいいことだ。

 きっと、長い目でみればそのような陰徳はカーティスの財産になるだろう。


 そしてその火の魔法を使って脅していた学生は、いつか自分の家や衣服に火を付けて、それを見て大いにはしゃいで喜ぶ未来が待っているのだ。

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