第37話 信用と信頼の物語

 ドジャース商会も徐々に知名度も高まってきたが、やはり他の商会で偽物や粗悪品を売りに出していることもあった。それはリバーシなどの娯楽遊具もそうだし歯ブラシや爪切りなどの生活用品もそうだった。

 だが、ドジャース商会はきちんと保証をしている。


 たとえば遊具も1年以内であれば無償で交換する。

 もちろんそれはドジャース商会の刻印のある商品に限る。

 石けんでも肌荒れを起こした客には詳しく聴き取りをして、場合によっては謝罪をし、他の商品を薦めたり、相応の補償金を渡している。正当な理由があって訴えてきた客を泣き寝入りさせることはできないし、商品の改善化の契機となる。


 これらのことは購入の際にも充分に説明しており、実際に交換することもある。

 ただ、それは本当に数える程に過ぎない。

 クレームもあるが、きちんと商品に精通している専門家に対応させる。こちらに非がないものは、認められない。

 このような強気な対応ができるのは、商品への揺るがぬ自信があり、その根拠があり、それは開発者たちへの信頼があるからである。


 粗悪品はすぐに壊れる。

 こちらは一流の職人が寸分の狂いもなく作っているのだ。そのようなものと一緒にしてもらっては困る。

 ただ、粗悪品が増えれば増えるほど、ドジャース商会の名も上がるわけだ。「ここで買えばまず間違いない」という信用を得ることは、商売の基本だ。他のところでも同じような方向性の商品が販売されていても、まずはドジャース商会に、という意識を持ってもらうことが大切となる。


 広告には、新聞広告やテレビCMの広告などがある。


 あまり聞いたことのない健康食品や健康器具については、こちらの目が痛くなるほど小さな字で詳しい説明がされ、商品についての開発者の言葉が引用され、体験者による効果が示されることが一般的である。

 それは信用がないからであって、信用のなさを言葉で埋めていく必要があるからだ。


 それを証拠に大企業や名の知れた会社が流すCMには、自社にどのような来歴があるのか、商品の機能や効果、効能はどうなのかということを逐一説明したりはしない。限られた時間があるから制限される、カットされているという理由だけではない。


 車のCMであれば、日曜日の休日に家族や恋人と昼に夜にドライブをする家族愛や恋愛の物語が語られ、飲料水のCMであれば、流れる汗と見た目のフレッシュな若者の爽やかさを売りにした青春の物語と結びつけられていく。


 いちいちこの車は低燃費で環境に優しいだとか、このスポーツ飲料水はカロリーゼロで健康的で、などという説明が前面に出てくることはなく、背景となっている。


 スポーツ飲料水のCMに私、田中哲朗のような中年男性、あるいはさらに上の世代の老齢の人々が出演することがあるだろうか? 私はその可能性は限りなくゼロに近いと思う。


 信用と信頼、実績と知名度のある会社や企業は、物を売りながら、実は物語を売っている。その物語に共感、支持、応答していくかのように人々は物を買っていき、一つの物語が完結していくのである。


 そして、今ドジャース商会がやっているのは、いつか人々が物語を語り、享受きょうじゅされるための素地を作りだしているのであり、だからこそ今の段階で信頼や信用を損なうことはできないのである。


 なお、粗悪品や贋作がんさくにすらならない物を売り出しているのが、あのバーミヤン家が後ろにいるバハラ商会だというのは、いい気味だ。


「それで、今のバハラ商会の立場はどうなってるんだ?」


 気になっていることなのでケビンには定期的に訊ねることにしている。

 東奔西走しているケビンは疲れを知らないのか、あるいは仕事中毒なのかもしれないと心配になることがある。ケビンはにやりと笑う。


「バハラ商会は他領にも手を出してるんですが、そちらも今は良い感じに失速しています。ここの領だとそのうちの5分の1くらいですかね。」


 ケビンの話によれば、バハラ商会の評判が日を追って堕ちていっているようだ。我が領ではその2割がこちらに流れてきている。

 かつてバハラ商会に苦汁を嘗めされられた商人たちも嬉々としている。

 一流の職人、最先端の開発陣に加えて、地球の商品をこちらで売っているんだ。少々のことがあってもバハラ商会には負けることはないし、負けるつもりもない。

 その矜恃きょうじは職人も商人もみな持っている。自信がない物は売らない。自信があるから売る、そういうことだ。

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