第32話 一年の成果〔2〕
日用品は、学校に通う子どもたちが自然と宣伝してくれているのが助かった。
道ですれ違った時に、あの石けんの香りが子どもたちから漂ってくるのに気づいた人たちが、あれはいったいなんだという噂にもなっていた。
それがドジャース商会が売り出している石けんだとわかると、多くは女性客が殺到した。
庶民には手に取りやすい価格のものを売り出し、さらに特別な作りの石けんは貴族用である。効果がそれほど異なるわけではない。
こうした微妙な差異を生み続けるのが欲望を刺激していくことなのだ。
商品も自分だけが使うとは限らない。
ちょっとした贈答用、ギフトセットとしても恥ずかしくないように、商品の形に適し、きっちりとした一流の職人が作った
贈答という文化はあまりないようなのだが、存外ちょっとした贈り物をしたいと考えている人も多く、こうして少しずつ広まっていった。これも宣伝の一つである。
小学校の給食も噂となった。給食センターから漏れ出た料理の匂いが人々の食欲を刺激しているのだ。
柔らかくてふかふかのパンに、濃厚で栄養、滋養のあるスープ、時折出されるスイーツなど、「子どもたち以外にも食べさせてくれ」という親たちの切なる声も多くあった。
給食センターに勤める料理人の数は多い。他の領地で店を潰した料理人など、幅広く募って集めた。
給食は昼だけなので、実際に働くのは朝であり、使った調理器具や学校から戻されてきた子どもたちの食器などを洗浄、管理している者はまた別にいる。
午後からは我が家の料理長のオーランの指導の下、基礎からみっちりと基本料理、給食用の料理を教え込んでいる。
料理のできる人数を増やしても悪いことはない。食文化を変えるんだ、味がわかり、再現できる料理人を増やすことが手っ取り早い。
毎日働くわけではないので、その何人かの料理人には特別に店舗を用意して、朝にパンを販売したり、夕方にもいくつか給食として出される食事を一般向けに提供したり、幅広く活動させている。
この世界には特許とか知的所有権というものが存在している。石けんもそうだし、歯ブラシもそうだ。そしてレシピもそうである。一つひとつは煩わしいが、
こちらにとってはありがたいことだったが、商売をする場合、特に目新しい商品やレシピを作ったり使ったりする場合には、商会に売り上げの何パーセントかを上納しなければならない。もちろん、いくらかの中抜きはあるだろう。
実はオーランや他の料理人たちが改良したレシピはもっと細かいものがあるが、そこまでのレシピは載せなくてもいい。
パンの場合、小麦粉と酵母というおおざっぱな話になる。石けんなどはサンプルとともにその効果や効能を記すだけなので、作り方はわからない。
あくまでも特許はそれを作った人はあなたたちですというお墨付きを与えるものであるため、レシピの秘伝や隠し味までは載せなくていい。
いずれにせよ、もしふわふわのパンを店頭で販売するのであれば、商会にいくらか勝手に入ってくるということになる。
だいたい酵母の存在すらまだ認知も周知もされていないのだ。
どういう仕組みでパンが柔らかくなるのか、それすらも知られていない。そして、そういうものは商会を通じて購入せざるをえない。どうあがいてもドジャース商会というわけである。
申告しない者もいるらしいが、それについては私も調査させている。
あくまでも商売をする場合は、という限定なので家庭で真似るのは問題ない。
だが、一家庭が作るよりも買った方が楽で経済的だと思わせればいい。プロの料理人が秘伝のレシピで作り、専門の器材を使うのだ、勝てないわけがない。
ただ、それとは別に家での調理方法も改善されてきており、「美味い」という声が徐々に広がり始めているようだ。
管理栄養士みたいなものだが、毎月の給食のメニュー表は小学校の掲示板に貼りだしている。それを見て、「この日は絶対に学校に行く」と言い出す子どもがいたのは、嬉しかった。
そういう日には、かなり重要な教育内容を教えるという工夫も講師たちはしているようだ。
掲示板というのも馬鹿にできないもので、何が書かれているのか、自分で読もうとする子どもたちもいる。校訓なんてものはなくてもいいと思うが、いくつか注意すべきことなどは掲示板に貼りだしてもいいのかもしれない。
そういえば、図形の研究者がいて、知育遊具を開発してくれた者がいた。
非常にシンプルで、いくつかの形、たとえば三角形や長方形の形の木を用いて、別紙に描いてある家や鳥などの形にしていく、そういう頭を使うパズルだった。
日本でも旅館に泊まったりするとそういう木のパズルが置いてあったりする。
リバーシなどは小学校には置いていたし、将棋なども置いていた。
これは製作過程でミスがあって売り物にできない粗悪品なのだが、どうせ処分するくらいなら学校に寄贈した方がいいと判断をして導入した。粗悪品といっても商品という品質の基準からすれば、という話であって、使用には問題ない。
投げたり強く踏みつけたりしない限りは遊べる。
ただ、駒がなくなることはあった。片付ける時にどこかに落としてしまうのだろう。
しかし、子どもたちは身近な木のかけらなどを削って代理品を作って、前と変わらず遊んでいるという。トランプなら問題あるが駒ならそれで十分である。
小さい子は物覚えが早いのか、何度か対戦を見てルールを訊いていたら自然と覚えていったようだ。
その日の授業は終わったというのに居残りをする子どもたちもいた。7歳の子が11歳を打ち負かすということもあった。このような遊びから自信を持つ子もいるだろう。
プロ野球チームのファンはみな監督だというが、対戦している最中にいろいろと横やりを入れている。熱中できるものが生活の中に一つでもできればいいと思っている。
外にはブランコや滑り台などの簡単な遊具は作ったが、こういうのも珍しいようだ。
よく学び、よく遊び、よく食べて、よく寝る、これらのことが当たり前の毎日であってほしいと思う。
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