第31話 一年の成果〔1〕

 大きなトラブルも小さなトラブルもあって、停滞する部署もあったが、概ね軌道に乗り始めたといってもいい。


 突如として現れたドジャース商会は、「ゆりかごから墓場まで」をモットーに、さまざまな分野の商品開発を行ってきた。


 もちろん、この間も裏にはわが公爵家がいるとはまだ公にはなっていない。今の段階でソーランド公爵家がいるとわかると、特に第一王子派がうるさいことが目に見えているからだ。今はまだ、その時ではない。

 雌伏しふくの時である。だが、最後にひれ伏すのは私たちじゃない。


 娯楽遊具は貴賤きせんを問わず人気が出てきたものの一つで、正直生産が追いついていない。

 が、これも仕方のないことだ。ある程度じらしていくことも必要だろう。こちらが無理に量産して焦って売っても、物を売るなんてレベルじゃないぞと小言と罵倒と混乱を招くことになる。

 それに職人たちに無理強いをするのもよくない。できる範囲でやってほしい。


 職人たちには遊び心を持ってほしかったので、基本は規格統一されているものの、たとえば駒の全体ではなく一つだけを繊細なものにする、色を付けるなど、プレミア感のあるものを作ってみてはどうか、という助言もしておいた。

 奇妙なことにそういう噂を聞きつけて、コレクターが集めようとするからますます話題になって人気になっていった。好事家こうずかはどこにでもいるものだ。


 ちなみに、あの最高品質で最高級のものも売り切れだ。

 ケビンはかなりふっかけたらしいが、優越感や虚栄心を刺激されてまんまと買ってしまったようだ。


 良いカモと言えるが、この手の客とは今後とも付き合いがあるだろう、ここで終わりというわけにはいくまい。大口のお得意様には特別な対応をするという考えよりは、費用に見合った満足感を確実に得てもらう、そういう態度で迎えたい。自分だけが損をしていると思わせない、川上さんに教えてもらった今風の言い方をすればウィウィーンということだろうか。

 また、いくつかの新商品を「他の人にはまだ見せていないのですが」と先に提示する、そういうことに配慮している。


 会社員時代にも怒る上司がいた。

 何のことかと思えば、「そんなこと、私は聞いていないんだけど」ということだったが、要はまず一番に自分の耳に入れたい、まず自分を優先してほしい、自分を通過してほしいという心理の現れなのである。そんな形の優越感というものもある。


 アルコール類は大当たりで、他国からも是非という声が多数寄せられている。これまで呑んできた酒が泥水のようだという評判もある。

 アルコール度数の高いもの、ストレートで飲むもの、アルコールが苦手な人でも容易に呑めて場の雰囲気を楽しんでいけるもの、特別な料理に合うものなど、新しい商品を生み続けている。


 特にこのバラード国の隣国であるカラルド国は大国なのだが、そこの王室の人たちには予想外に大好評らしく、この機会は逃さずにパイプを太くせねばと思い、優先して新商品を売り込んでいる。


 カラルド国は、ソーランド公爵領が福岡県だとしたら、ちょうど山口県あたりに隣接している場所であり、距離的にもかなり近い。バラードの王都よりも近い。


 それに加えて王族や貴族たちもこの国に比べたら相当の切れ者揃いである。

 善政が敷かれているらしく、それも好印象だ。もちろん、交渉はなかなか難しいこともあるが、味方になってくれたら心強い。

 だから、これからも良き顧客になってもらうよう、ケビンには特別に言いつけてある。


 ケビンはカラルド国の商人たちから「どうしてバラード王国内で商売をしないのか?」と訊かれたことがあったらしい。

 まさか私が国内の貴族の生活を良くしたいとは思わない、と考えているとは言わなかった。

 確かに見る人が見れば変な話である。まあ、それでも一応自国の貴族たちにも商売はしている。例外はアルコール類などの嗜好品しこうひんくらいだ。


 ケビンはケビンで我が公爵家の政治的立ち位置もきっちり理解しているようで、そのことも含めて他国と商売をしてもらっている。他国にドジャース商会の支部を作ることも検討している。なかなか入りこむのは難しいところもあるが、なんとか食い込んでみせたい。

 そして、これはと思う人や物があったら持ってきてくれるようにも言っている。

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