第25話 バラード学園〔1〕

 この世界の単位は地球と同じ、もっといえば日本と同じである。

 季節までそうだ。

 やってきたのは4月頃で今は9月のはじめ。

 ただ、現実の日本のように猛暑日というのは少ないし、台風だってこない。比較的過ごしやすい世界だと思う。多汗症だった田中哲朗としては嬉しい世界である。


 これまであれこれと「ガバガバ設定」だと馬鹿にしてきたこともあったが、こういう設定はありだし、気候が安定しているのは公爵領としても助かる。

 ヒロインがデートしているのに猛暑日で二人して汗だくというのは夢やロマンがないからなのだろうか。

 案外、実は酷暑、極寒の気候なのに人間には少々の暑さや寒さには耐性がある、そんな設定があるかもしれない。

 川上さんが言っていた「ご都合主義」というのはこういうことなのだろうか。


 カーティスが通っている学園は8、9月の2ヶ月は夏休みでたいていの貴族は豪遊しているようだ。避暑地で過ごしたり、コネや関係を作るパーティーに参加したり、それはそれで忙しいようだ。


 貴族の子弟が通う学園は「バラード学園」という面白みのない名前だが、騎士コース、魔法使いコース、一般コースの3つのコースがあって、15歳から17歳まで3年間通う。日本の学校でいえば、中学3年生から高校2年生までの期間である。


 騎士コースは王宮に仕える騎士になる学科である。座学よりもはるかに実技が多いようだ。だったら無理に学園ではなく訓練所でも作ればいいと思うのだが、どうあっても学校にしたいらしい。貴族たちははくでもつけたい、そんなところだろう。


 王宮騎士に入らなかったら、貴族に私的に雇われたり、街の護衛任務の仕事をするようだ。

 一般庶民も通うことができるが、卒業後は各地域の護衛任務やダンジョンと呼ばれる場所にもぐったり、もしくは住み慣れた故郷を守っていく貴重な防壁として機能するということだ。

 国家が防衛費をケチっていると見えなくもない。庶民のことを馬鹿にする貴族たちも多いから、その可能性は十分にある。いつかしっぺ返しを喰らえばいい。


 我が家に仕えているクリスとカミラはこの学科卒業の学生で、長年街の護衛任務に就いていたところをバカラが雇ったのだった。

 

「バカラ様には感謝しています」

 クリスとカミラは居場所が見つけられたと恩を感じているようだ。二人とも寡黙かもくかと思ったが、よく話すようになった。なんだか部下のことを思い出す。

 それに貴族出身にしてはどちらも人柄に曲がったところがなく、庶民を馬鹿にせず、人望もある。クリスは30歳、カミラもその下くらいの年齢で、男女の枠に縛られずにお互いの実力も認め合って切磋琢磨せっさたくましているようだ。


 二人はそれほど高くはない貴族の出であり、クリスは長男でもないし、カミラは長女でもない。王宮騎士になるには家格も関係があるようだ。

 家格で平和を守れるなら騎士コースなど潰してしまって、貴族たちがこぞって肉壁にでもなればいい。この紋所が目に入らぬかと印籠でも見せればいい。


 実力は申し分ないのに、貴族のしがらみがあってなれなかった過去を持つ。「腐ってます」という率直な言葉をバカラが大いに気に入ったようだ。


 私もこの点に関しては同感だ。

 バカラには失望することも多かったが、貴族の派閥にとらわれず、世評にかんがみみず、実力主義で人を雇うというのは評価している。カーティスがそうだった。

 しかも、ねちっこい調査を重ね、目利きはきちんとしている。

 案外こういうことはできそうでなかなかできない。変人のバカラだからこそできたわけで、それはそれで評価できると思う。


 この二人はしばしばアリーシャとカーティスに同行していたようだから、バカラは当初思っていたよりも親として子を守る責務を感じていたのかもしれない。


 餅は餅屋ということで、我が公爵領ではクリスやカミラなどのツテを利用して、有能だが不運にも埋もれている人間を雇っている。二人と同じく不遇な人間がいるのなら、まとめて引き取りたい。


 街での護衛というのも一時的な雇用関係であるから、やはり生活の安定を求めたいというのが人情というものだ。

 もちろん、冒険者になって世界を闊歩かっぽするチャレンジャーもいるようだが、拠点を築いて生活していく人間の方が圧倒的に多いのだ。


 クリスとカミラの話では、護衛といっても大変失礼な客がいるようだ。


 金にものを言わせて、偉そうにふんぞりかえる、護衛風情だと侮蔑する、明らかに危ない道だから避けようと止めたのに無理矢理進もうとするという、なんとまあ護衛という身体を張って命をかける尊い仕事にリスペクトのかけらも感じられないおこがましい言動の数々である。

 討伐すべきは野性の魔物ではなくこれらのモンスターの方だろう。


 「俺は客だ、神様だ」とのたもうものなら、「お前を仏様にしてやろうか」とか「今月は神無月です」とか「神は死んだ」とか「私の剣は今日神殺しの剣となる」とでも言ってしまえばいい。そういう気概のある者は是非ともうちで雇いたい。

 さもなくば、敬して遠ざけるに及ばない。自然なそぶりで職業差別をする人間にまともな人間は一人もいない。


 その中の何人かに、領地に忍びやって来る魔物たちの討伐依頼を出している。

 もちろん、彼らだけでは数が足りないので、別に雇ってそのメンバーと一緒に仕事をさせている。将来的には領内の人間だけでなんとか回るようにしたいが、まだ早い。重傷者はいないが、軽傷の者は出ているという報告がある。それについては胸が痛くなるばかりである。

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