第15話 賭けの結果〔1〕

 アリーシャが婚約破棄をされてから一か月経った。


 部屋に籠もりきりだったアリーシャは次第に姿を見せるようになり、無理のない笑顔も見せるようになってきた。そのことはたまらなく嬉しいし、いざという時に頼りにならない我が身の非力さを痛感する。


 川上さんと娘の話によれば、ヒロインとアリーシャは同い年で、15歳の時に同じ学園を通うということだった。ここにはカーティスが今通っている。

 他にもアリーシャと同い年の子が何人かいるようだが、いつか会うことになるのだろう。こういう時はカラーが決まっているらしいから、髪の毛の色でわかるのかもしれない。


 学園は3年間らしいが、最終学年度の17歳に婚約破棄がなされる。卒業パーティーか何かだったと思う。


 その2、3年間という期間にヒロインは石けんやカレー粉、その他諸々の食材やレシピ、日用品や制度を導入して、その地位を確立させていった計算になる、私はそう見ている。

 ヒロインは学園への入学直前に地球からゲームの中にやってくるらしいので、それよりも前から考えていて活躍をしていたとは思えない。

 

 開発に時間のかかるものが数年の間に達成できるということは、やはりそれなりの技術者や科学者がすでに一定数いたことの証左である。

 これは一縷いちるの望みであり、賭けに過ぎなかった。この賭けに負ければ、もはや挽回の芽は摘まれてしまって、まさしくゲームオーバーだ。


 しかし、賭けには勝った!


 ロータスが提出したリストを眺めて、確かにそのような人間が複数いたことがわかったのだ。思わず柄にもなくタプンタプンの身体を揺らして歓喜してしまった。

 傍から見ていたら、あるいはスマホから見ていたらさぞかし醜い絵柄だったろう。さながらオークの狂演舞である。


 それがわかるやいなや、王立研究所や商人お抱えの人間にはなかなか手が出せなかったが、在野の研究者たちにはことごとく声を掛けて、その研究費用を負担し、研究場所も提供した。食う寝る研究する、全てを世話することに決めた。


 もちろん、こちらの誘いには乗ってこなかった者もいた。

 その場合は無理強いはせず、ただいくらかの援助金を渡すだけにした。

 私のような立場の人間がその研究に理解を示しているとわかるだけでも嬉しいものだと思う。気が変わったらいつでも連絡をしてほしいと伝えてある。


 雇った者には加えて賃金もきちんと払った。

 ポスドクの問題じゃあないが、研究者の中には家族のいる者もそれなりにいたため、生活できなければ意味がない。生活の安定がなければ研究もできないだろう。

 恒産こうさんが無ければ恒心こうしんもないのだ。ゆとりのある自由な研究にはしっかりとした生活基盤が不可欠だ。


 ただし、明らかに神秘主義といえばいいのか、科学的なものではないと思われるものについては距離を置いた。ガバガバ設定でもしかしたら価値があるかもしれないが、それは私の常識が邪魔をして信じることができなかったからだ。

 ただ、リストには載せたままにして、気が向いたら可能性を考えてもいいと思っている。


 地球でも金や賢者の石を生み出すという錬金術が長い間信じられてきたし、その研究に生涯を捧げていた人たちも数多くいた。私たちからすれば一種のオカルトであり夢やロマンであり、しかし、それは科学とは言えないものすらある。 


 ただ、たとえば万有引力で有名なアイザック・ニュートンは私たちが常識的に思い浮かべる錬金術師であったことは有名な話であり、他にも多くの科学者たちはこうした世界に普通に馴染んでいた、共存していたと言われている。

 いくつかの実験が重ねられ、理論が構築され、ある時代にパラダイムが転換して、さらに世界を正確に説明していく精緻な理論が打ち立てられていく、その遙かなる科学史の中において錬金術の影響は決して低いものではない。


 だから、この世界で怪しい研究をしている人たちを「科学的ではないから」と一方的に無視をして、排除をするのは留保することにした。

 本当に神秘主義のようなものが基礎となっていることだってあるかもしれない。可能性がゼロとは考えないようにした。

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