第16話 賭けの結果〔2〕

 研究者については、たとえばかびの研究者には何人かいたが、食品部門と製薬部門に大きく分けた。他国で売られている特別な顕微鏡などの研究に必須の道具や備品や黴や菌のサンプルなども取り寄せた。


 研究者というのはやはり孤独だったのだろうか、いざ同じ研究対象やテーマの者を見かけると自然と互いに刺激をしあって、それぞれが見つけた事実や成果や疑問を共有していき、そこから仮説を立てて、必要なものを購入するためにこちらに予算請求をしてくるまでになった。


 実際には研究者も人間であり、みながみな禁忌きんきを顧みないマッドサイエンティストではないのだから、いくばくかの嫉妬や優越感などの心理もあるだろう。

 しかし、それ以上に真理を追い求める気持ちの方が強いのか、旧知、旧友、竹馬ちくばの友に莫逆ばくげきの友とでも言わんばかりに、互いに協力体制を築いていくことが多かった。


 科学の歴史をひもとくと、一人の偉大な科学者がもたらした優れた知見も、実はその時代にはある程度その素地があったと言われているし、あらゆる理論は過去の人々の叡智えいちに支えられている。

 言ってしまえば、ちょっと早いか遅いかの問題で、たまたま早かった人間が選ばれていったということである。

 もちろん、その「たまたま早かった」ことは運だけの問題ではないし、本人の絶えざる研究があり、そこには独創性もあるし、敬意を表さねばならない。


 しかし、その独創性を生み出すのを支えた理論的な枠組みがあったこともまた一面の真実なのである。あのアインシュタインの特殊相対性理論という有名な理論でさえ、そうだと言われている。


 あのアイザック・ニュートンが「もし私が遠くを見渡すことができたとすれば、それは私が巨人たちの肩の上に乗っていたからだ」〔If I have seen further it is by standing on yᵉ sholders of Giants.〕と、「巨人」という比喩でそれまでのコペルニクスやガリレイ、ケプラーなどの先人たちの偉業を表現している。

 だから、一人の独創性に頼らずに、他者の成果を丁寧に引用して組み立てて、そして共同研究をすることが普遍的な活動として認められてきたのだった。

 それは成果の横取りでもなんでもないし、恥ずかしいことでもない。



 ところで、研究とは別に機密保持のための対策も手を抜かなかった。

 むしろ、ここの方に私は力を入れていた。


 企業が他企業の成果をかすめ取るという事例を知っており、それは自分が働いている会社でも何回かやられた。

 あれは非常に悔しかったし、涙を呑んだ。何年も私生活を崩してまで時間をかけていったその時の主担当やチームの嘆きは筆舌に尽くしがたい。


 その時の苦い経験をもとに、重要な内容はアクセスできる人間を限定し、新しく作った施設もそれに合う建物にした。

 当然、処罰の対象にもしていた。それでもやってしまうことが起こってしまう可能性はゼロではないので、いくつか別の観点からの予防策も取り入れた。


 なお、研究者には「君たちの知識や成果にはどんなものにも価値があると私は強く考えている。だから、その知識を何の対価もなく誰かに話してはいけない。自分を安く売らないでくれ」と何度も言い聞かせた。自分にはわからない価値がある。

 また、「もし脅されているという事実があったら、すぐに言って欲しい」ということも伝えた。


 仮にも公爵家である。そのくらいの護衛はするつもりだ。

 ただし、わが公爵家が大々的にやっているとは周りには知らせていない。

 とある奇特な支援者がいて、研究者たちはその支援を受けて研究しているようにうまく偽装した。

 街の人々も公爵家が関わっていることは知らないようだった。これはロータスに命じて、わざと噂を流したのだった。噂話も3回も訊けば真実になる。



 あとは私が持っている科学的知識を惜しみなく与えていった。

 まだこの世界では明らかになっていないものが多い。だから、なかなか受け入れてくれない研究者たちもいた。

 そこで私の説明した科学的知見を追試したところ、それ以外の可能性がないことがわかり、ようやく耳を傾けてくれる研究者が増えていった。

 この世界が完全に地球の科学的現象が再現しうる保証はないが、今のところ問題もなく、反証もない。


 こうして3ヶ月を過ぎる頃には、少しずつその成果物が届けられることになった。

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