第12話 教育者

 カーティスやアリーシャを教えていた家庭教師も特別に呼ぶことにした。

 二人が優秀な子であることは有名のようで、これにはあまり知られてはいないが一人の家庭教師の影響があったという。


 その者はカレン先生という30歳前後の女性である。どこで知ったのか、このカレン先生はバカラが一本釣りで他国から雇い入れたという記憶がある。

 先生には今でもアリーシャには教えてもらっている。


 時間のある時に、この世界の歴史や科学水準の最先端を講義してもらうことになった。

 はじめは奇妙な目で見られたが、立場上逆らうことができないようだ。もちろん、脅すつもりは毛頭ない。

 あまりに専門的なものになると限界があったようで、別の人間を紹介された。カレン先生が推薦した人間も全員雇った。


 人脈にはいろんなルートがある。カレン先生じゃなければ見つからないツテもあるかもしれない。

 また、カレン先生はいろいろな貴族の子弟に教えて生計を立てているようだったが、最終的には我が家に抱え込んだ。

 いろいろと講義を聞いているうちに、なるほど、確かにこの先生なら信用がおけると判断できたからだ。


 ちょっとした世間話などをしてもきょうしんや公共心が感じられるし、大局から問題の本質を問うていくような広くて厳しく鋭い見識と経験と思考に裏打ちされた奥深い知性がある。

 その先生が紹介する人間も変な人間ではないだろう。これには確乎かっこたるものがあったわけではなく、直感だ。


 カーティスとアリーシャは良い師に出会えて幸運なことだった。


 師の条件とは、その学びの内容や教授の間、対話のやりとりだけではなく、弟子が離れていってもなおその弟子の心の中に一つの規範として形づき、自分一人の思考だけではなく、絶えず「あの先生だったら……」と別の人間の思考を誘発していき、思考の限界を突破できる可能性を切り拓くところにある、と私は見ている。


 そして、そのような師が増えれば増えるほど、自分の中にいくつもの物差しや補助線ができていくのだ。


 もちろん、それは価値判断に悩ませる結果となる。

 選択肢が多いのだから、あれがいいのか、これがいいのか、と迷わせることもある。

 その意味では、「あなたはこれだけをやりなさい」と言われて選択肢を一つに絞って生きていくことの方が、遙かに簡単だし、精神的な苦痛や、あるいは肉体的苦痛だって少ないかもしれない。

 そうした人生の方が幸せだと思えるかもしれない。確かにそういう側面はあるし、そういう人生も否定されるわけではない。 

 選択肢の多さは当人の幸福と必ずしも直結しないのである。


 だが、互いに矛盾するものの多い数々の選択肢の中から、「これだ!」と知性や勘を用いて判断して、全ての責任を取る覚悟を以て自ら手を伸ばしてかっちりと選択して、その選んだ道の中でなおも立ちはだかる厳しい現実と対峙たいじしながらも、それでも関わっていこうとするたゆまぬ態度と堅固けんごなる意思に、おそらくその人間の真価というものが見られ、人は普通それを人格と呼んでいくのだろう。

 そうして磨かれ続けていった人格こそがいつか花開き、薫香くんこうを周囲に与えていき、そしてそれは立場のある者にとって必要にして十分な条件なのではないか、と思う。


 よって、すでに学び終えているカーティスにも、カレン先生の姿は生きているし、生き続けていくのである。


 娘や息子が成人したとしても、その力を我が公爵領の人間に惜しみなく分け与えてくれ、とお願いをしたのだった。 


 カレン先生は「私などでよければ」と謙虚な態度であったが、一転して面白いという顔つきをふと見せていた。

 こういう顔つきのできる人間は、チャレンジャー精神や反骨精神がある。

 一口にいえば、粘り強くてしぶとい。よほどのことがなければ、その信念は曲がらず、しかもすぐに立ち上がってくる。


 これまでのカレン先生になかったのは発言力とその機会である。それは先生の責任ではない。この先生はこんなところで埋もれさせてはなるまい。

 私の力は優れた人物を社会に送り込んでいけることだ、そこにあると思っている。

 そして、バカラも私と同じように考えていた、今はそう思うようになっている。

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