第11話 疑念
石けんがこの世界にないとしたら、風呂はどうしているのか?
その答えは一日目でわかった。ただの水洗いだった。笑い事ではない。冬の場合はお湯で身体を拭くようだ。どうも身体がべたべたとして気になる。
しかもこのオーク公爵だ、汗もよくかく。その割に毛穴が詰まっていそうだ。
歴史は真似るというのか、香水文化はあるようだ。ただし、かなりきつめの香りが多い。
娘が小学6年生の時、自由研究で石けんを作ることをテーマにしていた。
どうして石けんなのかと訊いたが、娘がなんと答えていたかは忘れてしまった。
実際には私と妻が材料を用意して、大部分に手を出してしまったのだが、それが学校で良い評価を受け、さらにあわや県の優秀賞になりそうだったから二人して焦ってしまった。
当の娘は「参加賞か、残念」と、まあそんな反応だった。
親は子どもの宿題に手を出さない方がいい、そう思えた我が家の事件だった。時折その頃の話を妻とすることがあった。
そういうことがあったので、手順や流れはある程度わかる。それに田中哲朗の会社員時代の記憶もある。
それにしても、あの自由研究からもう20年近く経つのだと思うと、感慨深いものがある。
「苛性ソーダなんてこの世界にあるんだろうか。いや別のもので代用できるか」
これでも50歳までは製品開発部門にいたんだ。なんだったらこの世界の物質から作ることだってしてやる。娘のためだ。いや、私自身のためだ。
「しかし……」
そもそもの前提として、地球の知識を持ったヒロインがやって来たとしてもよほどの人間でなければ詳しい石けんの作り方なんて知らないんじゃないのか?
ヒロインは日本の高校生という設定だというが、今時の高校生が石けんの作り方を一から説明できるとは到底思えない。一度作っても娘は忘れていたくらいだ。川上さんだって知らないだろう。
たとえば、その高校生が化学や生物などの科目をある程度先取りしていたり、日常に溢れている化学物質や構造式など知っていたのなら、話はわかる。
もしかしたら、今時の教科書とか資料集には「石けんの構造」とか「身近な材料で作れる石けん」みたいなものだってあるのかもしれない。
そうでない限りは、なかなか知りようはないだろう。
まさかこういうゲームをやっていて自然と知り得たということなのだろうか。
ふむ、確かに今時のゲームやアニメ、漫画は馬鹿にできない。
科学的な現象を軸にした物語、細胞の仕組みなども漫画になっており、多くの若い読者が読んでいたという話は聞いたことがある。良い時代になったものだと思ったものだ。
あるいはそのことも込みの設定ヒロインだというのなら話はわかるが……。
これは疑わしい。調査すべきだろう。
つまり、現段階の仮説としては、そのヒロインの発したアイディアや断片的な情報から着想を得て、石けんを作り上げるだけの科学者がすでにいたはずなのではないかということだった。
研究していてモヤモヤしていた時にヒロインの言葉でヒントを得た、そういう人間がいたんじゃないか?
そんな人間を見つけ出して先に抱え込んで、そのヒロインよりももっと質の高いものを作ればいい。
ロータスからこの世界の技術者について訊くと、王立の研究所に勤めている者が代表的で、あとは商人が商品開発をしていたり、あるいは在野にも研究をしている者がいるという話だ。他国もそうらしい。
すぐに手配をして、どういう研究をしている者がどこにいるのか、ロータスに調査をさせた。どんなに小さな研究でもいい、幅広く集めさせて、リストにするよう命じた。
これは可及的速やかに行うもので、優先第一事項だ。
時間はない、リストを見ればこの世界の科学技術がどの程度かの概略もわかるだろう。
ロータスたちには労働基準法を鼻で笑うように働かせてしまって申し訳ないが、今欲しい情報だ。
併行して実験器具や材料なども少しずつ調べて集めさせたり、近々必要となる特別な研究所も建築させたりしていった。商会や職人などの情報も幅広く集めていった。
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