第9話 内政〔1〕

「思ったよりは悪くないな……いや、むしろ良い方だ」

「はい。先々代の頃から税率も緩やかなものです」


 ロータスの調べでは他の領地よりは住みやすいと評判のようである。これはバカラの記憶とも一致する。

 各地から丁寧な報告書がまとめられている。実際にはロータスの部下が作成したらしい。



 ソーランド公爵領の人口は100万人を超えている。その数は日本のいくつかの県よりもまさっている。


 それにしても、と思う。

 ゲームの中には出てこないんだろうが、みな一人ひとりに血が通い、顔を持ち、その場所場所で生きている歴史を持つかけがえのない人間なんだろうなと思うと、急に胸をしめつけてくるものがある。


 私たちは卑弥呼とか藤原道長とか源頼朝とか織田信長とか徳川家康とか坂本龍馬とか、歴史といえばそういう重要人物を中心に理解していく。

 けれど、歴史において重要人物かどうかなんていうのは本来ありえないことだと思う。

 もちろん、歴史の大きな流れに生きていた影響力のある人間はいただろうが、それ以上に無数の語られない人々がいたはずだ。

 一人ひとりが例外なく歴史的存在であり、歴史を作ってきたのだ。


 私だって1000年後から見れば、「1000年前の人たち」でまとめられる存在になっていたのだろう。テレビや新聞を賑わしている有名人だって、同じくくりになる可能性は高い。

 私たちは、いわば必然的に古典だ。

 そんなことを思うと、ますますこの地に住む人たちに慈しみを抱き、守りたいと思う。

 ちょっと前まで会社員だった男が何を偉そうに、と言われるかもしれないが、嘘偽りのない気持ちだ。



 さて、公爵領では農業の割合が多く、それはこの地の作物がよく育つことに起因する。他の領地や他国に幅広く輸出しているようである。

 ただ、安く買いたたかれている感もなきにしもあらずだ。

 他にもいくつか産業はあるが、公爵領の内部での取り引きが多い。

 目についたのはそのくらいか。


 それでもソーランド公爵家の金庫が潤っているのは良かった。先々代や先代は、何かの時のためにすぐに大量に使える貨幣を用意していた。

 バカラも変な投資もせず、浪費家でもなく、公共事業などに目を掛けていたと思しい。

 この資金は必ず無駄にせずに活かしていきたい。


「新しい事業は苦痛になるか。今に不自由しないのなら、そりゃそうなるか」


 欲望を刺激するのが資本主義の原則だ。

 今に満足しているなら、今を満足できないほどに新しい欲望の対象を絶えず生み出してちらつかせれば人は動く。現代日本は良くも悪くもまさにそういう欲望だらけだったと思う。


 もちろん、道義上の是非はある。環境問題だって考える必要があるだろう。

 そのギリギリをどう攻めるか、非常に悩ましい。

 ゲームの世界とはいえ、生身の人間がそこに生きているんだ。また一からやり直せばいいなんて楽観視はできない。

 しかし、これはどうしても乗り越えなければならない問題だ。

 世の中には金で買えない尊いものはあるが、金で買えるものの方が圧倒的に多い。いや、愛ですら金で買えてしまえるのが人間の哀しいところかもしれない。

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