第5話 情報収集

 この世界の知識が今の私にないということは、それはバカラがほとんど蓄積してこなかったということか? 

 バカラはいったいどこまで無関心の男だったのか?


 このあたりの思考の記憶は都合良く抜け落ちているように思える。一人の身体に二人分の記憶があるというのも不都合で、何かしらの記憶がないということだろうか。


 そういえば、川上さんが物語のシナリオについて「ご都合主義」と言う言葉を使っていた。今の私に起きていることがそれなのだろうか。しかし、こうして現実になると深刻である。

 ジタバタしても仕方あるまい。

 まずはそれらを埋めるための情報収集が必要だ。現状分析は情報を集めてからだ。


 私はすぐに忠実な部下であるロータスを相談役として、ソーランド公爵領の運営、わが公爵との政治的な関係にある貴族たち、財政状況や国内問題や外交問題について聴き取りをしていった。


 このロータスは田中哲朗くらいの年齢だろうか、50代半ばで、先々代から長く勤めている家宰かさいであり、バカラが信頼していた数少ない人間のようだ。


 領内における仕事は凡事ぼんじ徹底てってい、つまり当たり前のことも気を弛めずに行い、さらに諜報活動にも明るい。

 先々代からその腕を見込まれて雇われ、その後先代を補佐し、今ではバカラの腹心とも言えるようである。バカラが引きこもっていてもなんとか運営ができていたのもこのロータスの手腕があると見た。


「旦那様、いったい何がご不満なのでしょうか?」


 あれこれと根掘り葉掘り訊く私の姿はロータスには奇異に見えただろう。

 仕事らしいことをしてこなかった人間が突如として前向きになっているんだ。いぶかしがるのは当然の反応だ。


「いや、私も公爵として自分の任を果たさねばならないと思ってな。だが、私は遅すぎた。だからロータス、遠慮なく言ってくれ。馬鹿な質問をした場合は笑ってくれてもいい」


 バカラはロータスに対してはこういう言葉遣いだったと記憶しているが、言葉遣いの問題ではなく、積極的に外に関わろうとしている私に違和感を覚えたらしい。


 恥をかくのは長年の会社勤めで慣れている。大事なのは本当に恥をかいてはいけない場所でその姿を見せないことだ。

 それ以外の場所では、自分のちっぽけなプライドで収まるのなら土下座でもなんでもしてやるつもりだ。知りたいことを教えてもらい、知らないことを埋めていく。今はそれでいい。


「それはようございます。旦那様の仰せのままに」


 最初にそれだけを言うと、ロータスは私の質問に対して一つひとつを答えていった。


 話は数日後に行われるこの国の王子の15歳の生誕祭になった。

 15歳というのがこの世界の成人であるようだ。

 今の王には3人の子がいて、一番上がキリル王子で今度の生誕祭の主役である。

 その下にカトリーナ王女、そしてアベル王子と続いていく。上から15歳、13歳、9歳である。


「それに参加、か」

 

 公爵家として自分が参加しなければならないようだ。最低限度の礼儀作法はバカラの知識にある。だが、バカラは王家主催のもの以外にはほとんど参加することがなかったようだ。


「アリーシャ様もアレン様と参加なさります」

「そうか」


 アリーシャは9歳であるが、同じ公爵家の2番目の子であるアレン・バーミヤンと1年ほど前に婚約をしていた。アレンは15歳だという。

 最初は耳を疑った。

 中学生3年生の男子と小学生3、4年生の女子が婚約するのは、田中哲朗の感覚では理解できないが、バカラの感覚では変な話ではない。


「公爵家には三家ありまして……」


 釈迦に説法などと皮肉も言わず、呆れもせず淡々と懇切丁寧に説明をする。

 早めに情報は頭にたたき込まなければならないな。


 そう思ってメモもとっていたが不思議と頭に入ってくる。うっすらとした書かれた字のお手本をなぞっているかのようだ。知っていたことのような気がする。

 いや、このバカラの記憶力が抜群ということなのかもしれない。

 いずれにせよ、好都合だ。

 それからもスポンジのようにロータスの話を吸収していった。

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