第3話 親心
それからは川上さんからゲームの進捗状況を訊くことが何度かあった。その都度詳細な報告と連絡をしてくれたが相談はない。
先日は「今4周目です」と言っていた。一度クリアしたら終わりじゃないのか?
川上さん曰わく、裏シナリオがあるのだという。実績解除という謎の言葉があるらしいが、ゲームの中で特別な鍵か何かを手に入れるということだろうか。
やはり、私には理解のできないことばかりだったが、何度も話を訊くうちに妙に気になってしまうのは不思議なことだ。
帰宅して夕食時にそのゲームのことを妻に話した。妻もそういう文化には疎いようで、なんのことかさっぱりという感じである。
ただ、娘は「あーそれ今やってるよ、『流麗なる時に流れて私はバラード王国』でしょ? 通称『
何度聞いても一度で頭に入ってこないタイトルである。
「これね」と言って、娘はスマホの画面を見せてきた。老眼なのでなかなか見えづらい。
今風の綺麗な画だ。赤い髪、青い髪とカラフルで髪型も奇抜なのは気になるが、そういうものか。
人気のある絵師がイラストを担当しているという。「絵師」とはまたずいぶんと古い言葉を知っているものだ。
ミュート解除してボイスも流してくれたが、台詞の文脈が今ひとつわからない。
ただ、とても快活で良い声だと思う。そうか、こういうプロが命を吹き込んでいるんだな。耳を喜ばせるというのはとても素敵な仕事だと思う。
川上さんの時と同じく、物語の内容を娘は語った。
断罪される悪役のアリーシャがとても不憫で、それがいい。
(それがいい? ちょっとお前、大丈夫か?)
しかもその悪役令嬢は二度も婚約破棄される。9歳の時、そして17歳の時にそれは行われる。
(9歳!? しかも二度の婚約破棄? 信じられんことだ)
また、アリーシャには兄がいて、満たされない愛を妹に向けてしまい、一途に守っていく姿もいい。
(妹を懸命に守る兄、うむ、これなら理解できる。良い兄じゃないか)
兄は養子だから、アリーシャと婚約するファンディスクもある。
(どうしてそうなってしまったのだ、兄よ。ファンディスクとはなんだ?)
私も妻もぽかんとして聞いていた。
どういう観点で物語をまとめるのかで語り手の興味関心というのがわかる。娘と川上さんとのまとめ方もやはり違うようだ。
いつの間にか子どもというのは手の届かないところにいくものだと思っていたが、これほどまでとは思わなかった。同じ家に暮らしていてもそういうものか。他人である妻の方が血のつながった娘よりも近く感じられるのは世代というものなんだろうな。
川上さんよりも娘の方がやりこんでいそうだ。川上さんからは、そのファンディスクという言葉は聞いたことない。
川上さんの話では娘が話した悪役令嬢の話はあまりなく、ヒロインとその相手の話だった。一人ひとりに逸話があった。
重責に堪えられないが周りから評価されなくてはならない男、一人だけ才がなくそれを負い目に感じる男、身分差という現実にうちひしがれる男、家を重んじる男、飄々とした性格で周りには人が多くて孤立していないのに孤独を感じる男、それをヒロインが癒すのだという。
ヒロインは高校生だったはずだが、万能な心理カウンセラーか何かなのだろうか。何にせよ、ヒロイン以外にそういう人がいないのは、哀しいことだな。
すべての男と親密になって幸せになることもあるようだ。不貞行為より、婚約破棄よりも酷いことをするもんだ。
一方の娘の話は、悪役令嬢やその家族についてのものが多かった。
それでも案外、二人は仲良く話ができるのかもしれない。
川上さんの話を聞いた後の説明なので少しだけ詳しくなった。この話を明日川上さんに振ってみようと思う。
「それにしても、娘がそんな仕打ちにあったらたまらんよなあ」
寝る前に妻に言うと、妻も「親としてはそうよねぇ。9歳なんて可哀想よね」と返事をする。私と同じ思いでほっとした。私の感覚がおかしいのかと思った。
まあ、あんな娘でも小さい頃から大切に育ててきた子だ。9歳の頃も可愛かった。
親のひいき目かもしれないが、素直で元気で根が優しい子だと思っている。いまだ独身で小生意気だが、いてくれるだけでいい。
そんな子が一方的に断罪されるなど、親としては想像するだけでも恐ろしいことだ。
もし、そんな無礼な人間がいたとしたら、私はどうするだろうか。
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