6-6話

 天鳥船の原子力機関を見たいという気持ちは、物理学の研究者として倫子も同じだった。が、今は捕らわれた比呂彦が心配でそれどころではなかった。浮かれる福井博士を冷めた目で見てしまう。


「……しかし、その学生は、どうして天鳥船が原子力機関を内蔵していると知っていたのでしょうなぁ?」


 彼の顔から笑みが消えた。


「さぁ……」


 倫子の胸はドキドキ鳴っていた。まさかここでアインシュタイン博士を引き合いに出すわけにはいかない。彼が何者なのか、説明しようないのだから。


「国家安全保障会議を訪ねてみます」


 倫子は逃げるように腰を上げた。


「海野さんには、私から訊いてみましょう」


「よろしくお願いします」


 頭を下げてその場を去ろうとすると呼び止められた。


「ちょっとお待ちなさい。国家安全保障会議は総理を筆頭にした形式的なものだ。当たるなら国家安全保障局です。そこが実務を取り仕切っている」


「そうですか。お詳しいのですね」


 思わず嫌味がこぼれた。


「いや、世間話で聞くだけです。伝手はありませんよ」


 彼が一瞬、顔を強張らせて右手を伸ばした。


 倫子がその手を握ると、彼の顔に作り笑いが浮かぶ。改めて感謝の言葉を述べて研究室を後にした。


「国家安全保障局……、国家安全保障局……」


 大学内の美しいオープン・カフェ、パラソルの下でブツブツ言いながらその場所を検索する。


「エッ、官邸内……」


 局長は結城ゆうき利尚としなお、その居場所を知って汗が引いた。中に入るだけでもハードルが高そうだ。だからというわけではない。そこを訪ねる気持ちが消えた。拉致した大学生をそんな場所に監禁しているとは思えない。


「すると自衛隊の方かぁ」


 核戦争に対応する部隊って、どこにあるのだろう?……調べ始めた時、電話が鳴った。比呂彦からだった。


「住吉君、どこにいるの?」


『今、解放されたところです。東京駅です』


「東京駅?……無事なのね?……怪我はしていないのね?」


 どうしてわざわざ人の多い場所で解放したのだろう?……納得しがたい状況だった。


『はい。天鳥船のことをあれこれと尋ねられただけです。結局、何も信じてもらえませんでしたが』


 彼は監禁場所から東京駅まで、目隠しをされ車で送り届けられたのだと話した。


『まるでスパイ映画です』


 その声が笑っている。こっちは死ぬほど心配していたのに。……少し腹が立った。


「ひとりで帰れる?」


『もちろん……』


 彼が電話を切った。


 日本政府が天鳥船の重要性に気づいたらしい。だからといって、そのために一般人を拘束するなんて乱暴すぎる。……倫子の胸に不安と憤りが嵐のように吹き荒れた。

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