1-3話
『ヒメ、夕方、時間ある? 国会前のデモに参加してほしいのよ』
スピーカー越しの声音で、純子が両手を合わせて懇願する姿が想像できた。
「デモ、ですか?」
『原発反対、劣化ウラン弾反対のデモよ』
東日本大震災から数十年たっても原発反対運動は続いていた。が、相変わらず原発は稼働し続け、福島第一原発事故の記憶も風化の一途をたどっていた。
ところが半月前、政府が隣国の軍事力増強への対応と、使用済み核燃料の削減を図るために、劣化ウラン弾製造の検討を始めた、という報道が流れた。政府は報道を否定したが、多くの国民は信じなかった。だからといって声を上げるわけではない。国民の関心は悪化する経済にあった。
若者は違った。劣化ウラン弾が使用されれば環境が汚染される。学生を中心に抗議運動が広がった。姫香も劣化ウラン弾には反対だが、デモ行進のような活動には抵抗があった。そうした直接行動を両親が好まないと知っているからだ。
ふと、眼の前の比呂彦に目を向けた。彼はどう考えるだろう? 彼と一緒なら行っても良いかな、と思った。
「諏訪部長から、国会前のデモに来てほしいって」
伝えると、彼が小さくうなずいた。
「わかりました。住吉君と行きます」
『一緒だったのね。連絡の手間が省けたわ』
純子がそう言って電話を切った。
「劣化ウラン弾なんて最低よね」
そう口にしながら、姫香はワクワクしていた。比呂彦とは歴史以外の話をしたことがなかった。これをきっかけに、彼の心の内や家庭のことなどを訊いてみようと思った。
「鋼鉄製の砲弾より貫通性能が上がりますから、使いたくなるのは自然なことです。おまけに使用済み核燃料のリサイクルというのが耳触り良い。最終管理施設を持っているのは数か国にすぎないから、それを持たない国にとってはリサイクルは魅力的です。アメリカでさえ、まだ砂漠の中間管理施設に置いている状態のようです。しかし、リサイクルなどといってもウラン235の半減期は7億年。劣化ウラン弾が使用された場合、環境への負荷が大きい。……アメリカは世界一の原子力大国。何でもアメリカに追随する日本が劣化ウラン弾を作っても、僕は驚きません」
評論家のように話す彼を、まじまじと見つめた。
「住吉君って、不思議な人ね」
正直に告げた。
「そうですか?」
「何でも知っているし、話し方は堅苦しくて年寄り臭いし……」
軽くからかったつもりだった。
ところが彼は顔を曇らせ、「すみません」と謝った。
「謝らないで。冗談よ」
本当にカワイイ。こんな弟がいたら良かったわ。……兄弟のいない姫香は残念に思った。
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