僕だけが彼女と秘密を共有している

ネリムZ

幸せの向こう側

 病院の一室、そこの一番窓側のベットに座るのは僕の妹の彩乃。

 彩乃のお見舞いに今日も来ている。


「それでねぇ」


 嬉しい事に先週から増えた患者の一人と友達になり、その人の話をしている。

 とても嬉しいのだろう。彩乃の顔は晴々として笑顔が途切れない。

 ただ、兄として不安なのは、その相手が男の子と言う事だ。

 現在はトイレに行っており、僕は一度もその人の姿を見た訳じゃない。

 もしも彩乃に近づく悪い虫だったら正々堂々と制裁するつもりだ。


「彩乃ちゃん!」


「あ、凛くん! お兄ちゃん、あの子がその友達の凛くんだよ!」


 同い年──小学四年──の凛くんとやらが病室に元気に入って来る。

 彩乃を見た瞬間に笑顔を作っており、その瞳は純粋無垢な子供だ。

 この子なら、大丈夫だろう。

 ま、子供の内ってだけで、大人になったら再び審査だな。


「病院で騒いじゃダメでしょ」


「えへへ、ごめーん」


 その凛くんと呼ばれた男の子の後ろには姉らしい人が立って居た。

 サラリと伸ばした黒髪に何時も無表情の顔、そして何よりも特徴なのは氷河期と同程度の冷たさを纏った瞳。

 と、言うのが学校での皆での印象だ。

 僕が見た感想ではそうだな。

 ブラコン⋯⋯だろうか。


 凛くんが彩乃に反応した瞬間に敵意の籠った目を彩乃に向けていた。

 そして、凛くんに近過ぎると言える程に密着している。

 僕達は学校帰り、同じ学校なので当然制服も同じ。

 ま、僕は気づいても相手には気づかれないだろう。


 相手は有名人だから僕が知っているだけだ。


 そんな中、凛くんが自分のベットに座り込み、僕の方を向いて来る。


「この人が彩乃ちゃんのお兄さん?」


「うん。そうだよ!」


「初めまして! 二階堂凛です!」


「初めまして。東條天音です。偉いね」


「えへへ」


 きちんと挨拶出来る事を褒めたら普通に喜ばれた。

 子供ってこう言うのは些細な事でも喜ぶから良いよね。見てて微笑ましいと言うか、なんと言うか。


「彩乃、君も挨拶しな」


「うん。初めまして凛くんのお姉さん!」


「初めまして」


 冷たい。とても冷たい。


「彩乃ちゃんにそんな態度取るお姉ちゃんキライ!」


「えちょ、ま! ゴホン。改めて初めまして彩乃ちゃん。何時も弟と仲良くしてくれてありがとうね」


「いえ、こちらこそ。毎日楽しいです!」


 彩乃の屈託の無い笑みを見て、黒く澱んで居ただろう相手の心が晴れた様で、少し口を緩めた。

 そのまま僕の方を見る。制服が同じな事に気付いた様だ。

 そして、何か考え込む素振りを見せる。


「あ、サンドメガネ」


 僕のあだ名を堂々と言って来た。

 成程、僕の様な存在になると良い意味での有名人にも存在が知られる様だ。

 そのあだ名に疑問符を浮かべる彩乃に、僕は深堀されない為に自己紹介をする事にした。


「びっくりですね。彩乃の友達のご家族と同じ学校なんて。初めまして、東條天音です。何時も彩乃がそちらの弟さんにお世話になっている様で、感謝しております。彩乃が何時もよりも元気ですので」


「⋯⋯はっ! 初めまして。こちらこそ凛がそちらの妹さんと仲良くして貰っているようで。二階堂陽菜です」


 それから子供二人の会話を二人で聞く。

 そして、自然と僕達に話が振られた。


「お兄ちゃんと陽菜さんって同じ高校でしょ? 同じクラス?」


「違うよ。今初めて知り合った」


「そうなの?」


「そうなの」


 互いに兄妹と会話し、同じ時間で帰る。

 本当に、何時もよりも彩乃の表情が明るく元気で嬉しかった。

 それ程までに凛くんと言う存在が大きかったのだろう。


 男女共に人気の陽菜さんとこんな所で会ったとしても、僕の学校生活は変わる事は無い。

 その事だけは分かる。


「それでは」


「あ、はい。それでは」


 相手から別れの挨拶をして来たので、僕も返事をする。

 翌日の学校。


 僕の昼は毎回屋上である。

 僕は毎日四人分の弁当を作る。


「何見てんだよサンドメガネ、早く下に着け」


「はい」


 僕は龍王りおに命じられるままに四つん這いになり、僕の背中に足を乗せる。

 その時にわざと高く上げて勢いを付けて下ろすので、気合いを入れないとダメだ。


「うっ」


 溝に入った。これが僕の人生だ。

 それになんも変わりない。


「ほら、報酬だ」


 陸斗が僕が作った弁当の中の卵焼きを顔の下、屋上の汚い床に置く。

 それを犬が餌を食べる光景を見る様な目で見守る。


「ほら、早く食えよ。折角陸斗が恵んでくれた報酬だぞ?」


 塁斗るいと、陸斗の双子の弟であり、催促して来る。

 ここで拒否したらどうなるのか分かっているので、そのまま食べる。

 屋上に着いて居る砂や汚れが付着したせいで、変な味がする。

 今となっては胃も強化されたのか、この程度では腹を下さない。


 四人分の弁当はかなりの時間が掛かり、自分の分は作れない。作っても奪われる。

 そんな時間が続き、陸斗が叫んだ。


「おい龍王!」


「なん?」


「あそこ、二階堂さん居る! 居る!」


「何!」


「がふ」


 僕を蹴飛ばして屋上のフェンに手を掛ける。

 ちなみに屋上は本来来てはダメな場所である。

 痛みに悶えながら、龍王達の会話に耳を傾ける。


「まじかー何時も一人で教室で食べてんだろ? なのに今日は中央の庭で食べてんのか〜」


「ここからでも分かるオーラパナイ」


「陸斗、告って来い」


「嫌だね。サンドメガネを半殺しにするまで殴らないと立ち直れない。塁斗、お前が行け」


「同じ結果だわ。龍王は?」


「⋯⋯何時もはいつの間にか居なく成ってるけど、今なら行けるかもしれない」


「そういや龍王は中学の頃から好きなんだっけ? がんばー」


 龍王が屋上から早足で出て行く。それを追い掛ける二人。

 残った最後の一人、優希ゆうき君が僕に駆け寄って立ち上がらせて来る。


「ごめんね。毎回」


「大丈夫だよ優希君。僕は慣れてるから。それに、優希君がいじめられる寄りも、全然良い」


 それに涙を流す優希君。

 僕と優希君は友達だ。


「相変わず料理上手いね。腕上げたんじゃない? はい、半分。あと、僕の弁当も半分あげるからね」


「こんな事して、バレたら大変だろ」


「大丈夫だよ。今日は滅多に起きない事も起きたし、何時もみたいにコソコソする必要は無い」


 僕は優希君から半分になった弁当を受け取り食べる。

 床には三人の食べ散らかした残骸が置かれている。


「はい、卵焼き。あーん」


「おま、それ彼女とかにやれよ」


「友達だし問題ないだろ?」


「そうかい?」


 食べる。自分で作った方が味は上だろうが、何故かこっちの方が美味しく感じる。

 人間とは不思議なモノだ。


「だいぶいじめの証拠集まって来たよ!」


「教師に出すなよ? 君まで巻き添えを受ける方が、僕は悲しいからさ」


「大丈夫。教師は信用出来ん。県外の教育委員会に匿名で送るから! それで対応してくれないなら、大手の配信サイトで載せるし。それか晒し系配信者に相談するしね。」


「おま、後者はまじで止めろよ? 大事に成り過ぎる。世間は冷たい。味方をした優希君にも『怖気付いた裏切り者』と呼ばれるだけだ」


「大丈夫だって。それに、そうなったら因果応報だよ」


 そんな会話をしながら、彩乃の話に成る。


「彩乃ちゃんはどう?」


「元気元気。びっくりするぐらいに元気だよ。一度見に来る? 最近顔出して無いでしょ」


「いや。今の状態じゃ、彩乃ちゃんに合わせる顔が無いよ」


「そっか」


 それから時は流れ学校が終わり、僕は急いで病院へと向かう。

 放課後はあの四人は四人で遊びに行く為、僕への被害は無い。

 病院へと向かっている途中で、とある人物とすれ違う。


「あ、天音さ⋯⋯」


 僕は返事をする事も無く素早く移動する。

 一秒でも早く彩乃に会いたい僕は何時も走っている。

 お陰様で、体力はそこそこある。


「ちょ、なんで逃げるんですか!」


「いえ、逃げているのでは無く、早く彩乃の所に行きたいからと言う思いの強さが⋯⋯」


「それだったら、私だ、て、凛、と、はぁ、わっ!」


 途中から息が切れてスピードが落ちた陽菜さんは転けた。

 僕は流石に止まり、陽菜さんの元に向かう。


「大丈夫ですか?」


「いえ、私が足を踏みいつ」


「ありゃま」


 膝から血が流れていた。

 素早くカバンから消毒液等を取り出し、拭いてから絆創膏を貼る。

 痛そうな声を出したが、我慢して貰う以外に方法は無い。


「どうしますか?」


「今日も行くって約束してるよ。だから、行く」


「それでは、責任を取りますか。乗ってください」


「⋯⋯なんの真似?」


「普通におんぶですが?」


「は、はぁ?! 同い年の女の子をおんぶするとか、あ、頭おかしいんじゃないの?」


「早く行きたいのなら、僕に乗ってください。それに、まだ痛むでしょう?」


「うぅ、背に腹はかえられぬ」


 望んでも叶わない事だが、僕はいずれ彩乃をおんぶしたいと言う欲望がある。

 その時、安全におんぶ出来る様に、そして日頃の耐性の為、筋トレをしている。


「思っていた以上に重い⋯⋯」


「殺すわよ?」


「わー、紙の様に軽いー」


「それで良いのよ」


 そのまま僕は走る。

 通行人の視線が気になったが、僕は足を緩めない。

 ただ、背中に乗っている陽菜さんは別で、顔を下げて長い髪を活かして顔を見られない様にしていた。

 がっしりと掴まるので、背中に柔らかく暖かい感触を一瞬感じる。

 だけど、彩乃の姿が浮かび、何も感じなく成った。

 きっと陽菜さんの顔は真っ赤だろう。僕は真顔だが。


 病院に着いたら流石に下ろす。

 普通に歩ける様なので、そのまま二人で面会へと向かう。

 僕達が二人で入って来た事に何を勘違いしたのか、二人は同じ、ニンマリとした笑みを浮かべる。


「お兄ちゃん、リア充」

「お姉ちゃん、リア充」


「「全く違う」」


「「息ピッタリやん。ラブラブやん」」


 二人でハート型を手で作る。

 僕、陽菜さんは同時に膝から崩れ落ちる。


「「どうしたの!」」


 凛くんだけは駆け寄って来る。

 きっと僕達の考えは同じだろう。


『手を、触れ合った』それだけでも絶望的過ぎる。

 陽菜さんと顔を見合わせる。そして、二人でクスリと笑う。

 この二人が幸せならそれで良いじゃないか。そう考える。


「大丈夫だよ凛」


 彩乃が駆け寄って来ない事に、『貴方はそのくらいしか愛されてないのね』って言う勝ち誇ったドヤ顔をされた。

 大きな誤解なのだが、訂正するのも面倒及び凛くんの為に何も言わない。

 まぁ、ほんのちょっと、本当にちょっと、原子核レベルの大きさだが、悲しかった。


 それから彩乃が『桃太郎』の話をして欲しいと言って来たので、僕はする事にした。


「昔昔ある所に、おばあちゃんとおじいちゃんと桃太郎が居ました」


 陽菜さんがツッコム。


「あれ、冒頭から桃太郎って居たっけ?」


「これは僕の創作ですよ。ある日、その三人が暮らしている家に隕石が落ちました」


「凄い確率ね」


「おばあちゃんは若返り天使と成って幸せに暮らし、おじいちゃんは若返り悪魔と成って幸せに暮らしました」


「訳が分からない」


「桃太郎は新たな肉体を得て違う世界に転生しました」


「まさかの異世界転生!」


「お姉ちゃんうるさいよ!」


「ごめんね凛くん〜」


 涙目の陽菜さん。


「桃太郎は途中から記憶を思い出し、悪しき鬼を倒す事使命を思い出しました。そこからの桃太郎は赤ちゃんにも関わらず、必死に努力し強くなりました。桃太郎は村の人々に誓います。『この腕力は悪を潰す為に、この知能は正義の為に、振るうと』」


「村生まれ⋯⋯」


「桃太郎はまず悪しき鬼を倒そうと鬼が暮らしている」


「鬼ヶ島ね」


「鬼の里に向かいました」


「なんそれ」


「お姉ちゃん!」


「⋯⋯」


「そこで桃太郎は見ました。鬼が家庭を持って、平和で笑顔溢れる幸せな暮らしをしている事に。人間である桃太郎を向かい入れ、桃太郎は鬼達の生活に触れました。桃太郎は鬼を倒す事を諦め、帰ろうとした⋯⋯だが、そこに来たのは魔王軍幹部。魔王軍幹部はこう言いました『下に付け、さすれば富をやろう。だが、反抗するなら皆殺しにする』と。鬼はプライドの高い生き物でした。下僕に成るくらいなら戦って死ぬと決意を固めて魔王軍幹部に攻めました」


「頑張れ鬼さん!」


 彩乃が応援する。


「だが、鬼達は攻めて行ってもすぐにやられてしまう。魔王軍幹部は無駄だと分かり、その里を滅ぼそうとしました。鬼なら倒せない相手では無い⋯⋯だが、誤算がありました。そう、桃太郎がそこに居たのです。桃太郎は刀を持ち、悪しき魔王軍幹部に攻撃を仕掛けました」


「桃太郎さん!」


 凛くんが手を組む。


「桃太郎は激しい戦闘の元、鬼達と共闘して魔王軍幹部を倒しました。そして決意します、世界の悪である魔王を倒し、世界を平和にすると。桃太郎は魔王軍被害者の会を立ち上げ、様々な種族と共に魔王を倒しに向かいました。そして、桃太郎はいずれ勇者と呼ばれる様に成るのでした。おしまい」


「お兄ちゃん最後の展開雑だよ」


「これは冒頭なの。先を楽しみにする為に最後はそうつけ加えただけ」


「なら続きがあるの?」


「あるある。きちんとストーリー作ったら話すよ」


「楽しみにしてるね!」


「あぁ」


 凛くんは楽しそうに笑っていたが、陽菜さんは意味が分からないと言う顔をしていた。

 それから帰り、陽菜さんと同じ方向から帰る。

 これはたまたまでは無い。本来は同じ方向だったのだ。

 昨日はたまたま陽菜さんが後からの予定の為に違う方向に行ったらしい。


「にしても変な話しね」


「まぁ、そうですね」


「でも、凛が嬉しそうだった。ありがとうね」


「別に感謝は要りませんよ。妹、或いは弟の笑顔は、最高じゃないですか」


「語彙力が低いわね。⋯⋯ね、貴方は今の生活で満足なの?」


「どうしてですか?」


「サンドメガネ、私は基本的に他人に興味が無い。だけど、その言葉だけは色々な人が言って、嫌でも覚えてしまった。なんでそう言われてるの」


「陽菜さんには関係ないですよ」


「そうかもね。ただ気になったの。⋯⋯ね、また明日も行くんでしょ?」


「そうですね」


「同じ目的だし、明日も一緒に行かない?」


「別に構いませんよ」


「そう。これ、連絡先。一応ね」


「分かりました」


 人生家族含めて初めての異性の連絡先。

 僕は家に帰った。


「ただいま」


 おかえり⋯⋯そう言ってくれる人は居ない。

 僕の母親は彩乃を産んでからこの世を去り、その悲しさを隠す様に父は仕事に没頭している。

 彩乃の事は月一で顔を見に行っては泣いているので、家族愛が無くなった訳じゃない。

 仕事が父の悲しみを埋めてくれるなら、僕は何も言わない。


「晩御飯何にしようかな」


 料理も母から教わり、居なく成ってから独学で頑張った。

 いずれ彩乃と食べれたら嬉しいと思っている。


「今の生活に満足、か」


 僕は笑う。


「満足な訳ねぇだろボケ! 僕はどんな目にあっても構わねぇよ! だけどな、なんで、なんで家族が酷い目にあわないといけないんだよ!」


 ただ誰も居ない家で叫んだ。


「なんで母さんは死なないといけなかったんだ! それで父さんがどれだけ悲しんだか! 産まれてからずっと病院から出れてない彩乃がどんだけ寂しい思いをしたか! 満足な訳無いだろ!」


 クソ! と、冷蔵庫を殴る。

 反射する僕の顔に向かって叫んでも、何も変わらない。だからスッキリもしない。

 今の生活が満足な訳が無い。


「オムライスにでもするか」


 翌日、今日の昼は最悪だった。

 公開告白した後に盛大に振られた龍王は盛大に恥をかいた。そのストレスを僕をサンドバッグにして発散する。

 腹を殴られ、顔を殴られ、腹を蹴られ、髪を引っ張られ床に顔面を当てる。

 流石にやり過ぎ⋯⋯そろそろ止める所を誰も止めない。


 僕が鼻血を流せば笑い、加勢する。

 優希君はその光景をカメラで収める。これで証拠は十分になるだろう。

 屋上から出て行く三人。


「立てる?」


「なんとか、な。ゴホゴホ」


「⋯⋯ぐっ」


 拳を固める優希君。


「止めろよ?」


「もう十分の筈だ。これで、この生活から開放される筈だ」


「そうだと嬉しいね。ま、どうせ対応には数日掛かると思うけど」


 終わり後、彩乃の元へ向かう。

 学校の門に人が集まっていた。


「天音さん。遅いですよ。早く行きましょう」


「なんで校門?」


「この方が分かり易いかと。行きましょう」


「は、はあ」


 病院、四人で会話を頼んじている途中で陽菜さんが呼ばれた。

 そして、帰って来て僕達はそのまま帰る事にした。

 陽菜さんは終始笑顔を崩さず、機嫌が良さそうだった。


 翌日の学校で昨日の事が既に話題に成っていた。

 教室だと言うのに、龍王が僕の机を殴った。怒り心頭の様子。


「なんでてめぇが二階堂さんと一緒に帰ってたんだ、あぁ!」


 ドン! と机を殴りクラスメイト達がビクッとする。


「⋯⋯」


「シカトかお前、随分偉く成ったモンだな、サンドバッグクソメガネがよぉ!」


 あだ名のフルネームを呼ばれ、拳を振り上げる。

 その拳を弁当箱が入っているであろう袋で制す。


「なん、で」


「あぉ、前に人目も構わず想いを伝えて来た男ですか。⋯⋯天音さん。少しお話があります。一緒に弁当を食べませんか?」


「え、いや」


 僕の弁当は四個、付いて行って良いものか。


「二階堂さん、なんでこんな奴を! そ、そうだ、俺達と食べましょ! その方が絶対に美味いですよ!」


「うるさいですね。私は天音さんを誘いに来たのです。ダメでしょうか?」


 手を伸ばして来る陽菜さん。龍王は『触んなよ』と言う鋭い視線を向けて来る。

 僕はその場で立ち上がり、カバンを持って陽菜さんに付いて行く。

 怒りを表に出した表情をしている龍王を置いて、僕達は外に出た。


「で、なんですか?」


「えっとですね。凛もだいぶ貴方に懐いたと思うの」


「それで」


 珍しく普通に弁当を食べている僕。


「えっと、昨日凛の退院の日が決まったんだ。だからね。その、その祝いのプレゼントを買いたくて、懐いている貴方にも選んでくれるともっと喜ぶと思うの、だからね。今度の土曜日、一緒に、その、プレゼントを買いに行かない?」


「⋯⋯良いですよ」


「ほんと! 退院祝いのパーティもする予定なの。その時も来てくれると嬉しい」


「それは遠慮します」


「そう? ね、彩乃ちゃんは決まってないの? だいぶ前から居るでしょ? それにあんなに元気なのに」


 僕は少し震える。

 だけど、心で僕は彼女を信頼していると感じた。

 だから、自然と言葉が出て来た。


「ありませんよ」


「え?」


「彩乃に、退院なんてありません。死ぬまであそこに居るんですよ」


「え、え?」


「知ってましたか? 彩乃は一度もベットから降りてないんですよ。少しでも激しい動きをすると悪化するから」


「その」


「産まれ付き病持ちでして、しかも最悪な事にそれは新種、誰も医療方法を知らない。多分、今でも研究は続いている。今後の為にも。彩乃が生きている間に解決しないかもしれないって言われてる」


「そんな、そんなのって」


「気にしないでください。僕も、父も、彩乃も受け入れてます」


「それで、貴方は良いの?」


「良い訳無いでしょ! なんで母が命を掛けて守った彩乃がそんなので死なないといけないんだ! 確かに事実は受け入れるさ! だけど、納得出来る訳が無いじゃないか!」


 陽菜さんに叫んでも意味は無い。

 なのに、どうしても叫んでしまう。

 自分の溜め込んでいた思いが吐き出せたからか、少しだけ心が和らいだ。


「貴方が研究するって道は?」


「余命残り一年。医学の知識ゼロの平凡なサンドバッグクソメガネである高校一年が助けられると思いますか?」


「ごめん、なさい。私、そんなつもりじゃ」


「大丈夫ですよ。分かってますから。土曜日ですね。詳しい日時はメールで教えてください。それでは、また」


「⋯⋯ええ」


「あ、弟さん。おめでとうございますね」


「ええ。ありがとうね」


 教室に戻って行くと、全ての人に不思議な物を見る目を向けられた。

 陽菜さんが好きな人から嫉妬と殺意の籠った目を向けられる。

 だけど、今の僕にそれを気にする余裕は無かった。


 土曜日、僕達は待ち合わせをしている。

 待ち合わせ場所には既に私服の陽菜さんがいた。

 純白のワンピースにヒール。

 何時もの冷血な感じとは真逆の柔らかい花畑の様な雰囲気を纏っている。

 そして、僕に気づいた。

 陽菜さんの美しさは周りを魅了しており、その視線は自然と僕に向かって来る。


「お待たせしました」


「いえ。私が予定よりも一時間早く来ただけですから」


「まじですみません」


「気にしないでください。それでは、行きましょう」


「何か決めているんですか?」


「そうですね。私はパーティの時に渡す用、天音さんは凛くんの喜ぶ物を選んでくれると嬉しいです。私は、両親と相談して既に決めてますから」


「そうなんですね」


 場所はゲームショップ。

 最新作のゲーム機、任魔堂から発売されている『ニンマドースナッチ』と言う、テレビゲーム機と携帯ゲーム機にも成る二千十七年から発売されている大ヒット作だ。

 今でも大人気である。

 そして、ソフトとして『スラプトゥーン3』と本体を購入するらしい。


「成程。なら、僕はおすすめのコントローラーでも選びましょうかね」


「ちょっと、それはお父さんが選ぶ物!」


「なら、本体ケース!」


「それはお母さん」


「なんて仲良し家族だ」


「それに、そしたらパーティで渡す物がバレちゃうじゃん。喜びが減っちゃうよ」


「確かに。もしかして何かダミー用意してる?」


「それは勿論! 勉強にも使えるって事で、ノートパソコンだね。兄さんが詳しいから、専門店で必死に選んでるよ。それでゲームはやらせるつもりは無い。あくまで調べ事や勉強用に渡すって。そう言う制限も掛ける予定だよ。家族全員で渡すって言えば、良いダミーじゃない?」


「陽菜さんの家金持ちですね」


「そうかな? まぁ、なんか給料の半分が税金で吹っ飛ぶって酔っ払いながら泣いていたお父さんの姿は見た事あるけど」


「やばすぎぃ!」


 ならば僕は何を⋯⋯良い物があるじゃないか!

 陽菜さんの用事が終わり、僕達はとある場所に向かう。


「予約していて正解ね。発売からまだ四日程度なのに完売してたわ」


「そうですね」


 そして僕達が来たのはブランド品店である。

 そこに入る。


「待って、なんでこんな所に?」


 ちなみにこの店のカバンを陽菜さんは使っている。

 僕はその店の裏へと向かおうとして、店員に止められた。

 僕はとある手帳を取り出す。


「へ? あ、えと、どうぞ!」


 良かった。正社員の様だ。


 陽菜さんの戸惑った様子を放置して、裏に居る人に僕は話をする。

 そして了承を得た。


「三日で終わるそうですので、三日後に渡しますね」


「わ、分かったわ?」


 それから月曜日、再び陽菜さんと待ち合わせて一緒に病院に行こうとした。

 だが、今日はそうは行かなかった。

 朝から何時もの三人の姿が見えず、全生徒が体育館に集められた。

 内容は集団いじめの話だった。


「そっか、始まったのか」


 それから三十分の話が始まった。

 それが終わり、僕は別室に呼ばれ、そこには龍王、陸斗、塁斗が居た。

 三人とも不服そうだ。先生に言われ、謝って来た。

 でも、僕は許すとは言えなかった。


 向かっている途中で陽菜さんが会話を初めてくれた。


「良かったね。聞いた話では三人とも退学処分なんでしょ? なんか万引きとかもしていたらしいわよ」


「それは単なる噂だな。アイツらは外部ではそんな事はしないから」


「そう? でも、貴方をいじめていたのは四人でしょ?」


「ううん。三人だよ。一人は、泣く泣くやっている。僕の友達だよ。多分、先に病室に居る」


「そっか。⋯⋯もしも、私達がもっと早くから知り合っていたら、私は貴方を助ける為に行動していたかもしれないわね」


「それは無いね」


「なんで言い切るの!」


「そんな気がする」


「何よそれ!」


 プンプンする陽菜さん。ちょっと可愛いと、思った。

 病室に行くと、彩乃と優希君が会話していた。

 凛くんも混ざっている様だ。

 優希君は空気が読める。彩乃に僕の学校の事は喋ってないだろう。

 彩乃に無駄な心配事は与えたくない。


「⋯⋯な、なんで二階堂さんと天音君が、いっ、一緒に」


 心底驚いた様子で震えている指で指しながら喋って来る。

 そこまで驚く必要⋯⋯あるか。

 誰とも関わらない一匹オオカミとも称された二階堂陽菜なんだから。


「初めまして」


「は、初めまして! 僕、天音君の友達をやらせて貰っている、高円寺優希です! 以後、よろしくお願いします!」


「遠慮します」


「ですよね!」


 それから珍しく五人で会話して、三人で帰る。

 そして、今は目の前に三人居る。


「優希〜なんでてめぇがそっち側なんだよ。同罪だよなぁ?」


「あぁ。なんで俺らが退学なんだよ!」


「自業自得だろ!」


「裏切り者は黙ってろ! なぁサンドメガネ。なんでてめぇが二階堂さんと一緒に帰ってんだ、あぁ!」


 この中で一番怒っているのは龍王だった。

 陸斗や塁斗もキレている様子だ。

 優希君もあっち側だと思っていたのは、あの三人だけ。


「なぁサンドメガネ、なんか言えよ」


「⋯⋯僕達は帰っている。そこを退いてくれ」


 そう言うと、龍王は完全にブチ切れ、怒りのままに襲って来る。

 優希君は僕を守ろうと前に出て来て、陽菜さんは怯えと恐怖と心配を混じえた瞳に変わって行く。

 優希君を退かして、僕は足を上げた。


「ごふ」


 顎を蹴り上げ、腹を蹴り、龍王を蹴り飛ばす。

 龍王の身長は195センチはあり、僕は175センチ。

 体格も圧倒的に相手の方が上であり、今まで一方的にやられていた僕に吹き飛ばされた光景に陸斗達が腰を抜かした。

 血を口から出して、龍王がフラフラと立ち上がる。


「本当は見せたくなかったんだけどさ。優希君、嫌いに成らないでね」


 僕はメガネを外し、カバンに仕舞う。

 優しくカバンを地面に置いて前髪を搔き上げる。


「どうした? 何時もみたいに来いよ」


 煽ると分かりやすく怒りを表して、龍王は直線的に攻めて来る。

 実は僕の視力は測定不能である。

 圧倒的な視力は僕の動体視力を上げる。

 ただ、その為に一秒間で得る情報量が多くて脳に負荷が掛かるから何時もは父親が特別に作ったメガネを掛けている。

 そして、龍王の素人と同じパンチは、柔道、合気道を習っていた僕には意味が無い。

 相手の力を利用して投げ飛ばす。


「⋯⋯」


 相手にゆっくりと近づいて、見下ろす。

 完全に怯え、恐怖を感じてい目を僕に向けて来る。

 地面に倒れた龍王は動こうとしない。或いは動けないのか。

 僕はただ冷えきった瞳を龍王に向けていた。


「どうだった、今までの茶番は? 楽しかっか? 僕はね、弱い者を相手にしても、ちっとも楽しくないよ」


 足を振り上げ、龍王の顔に向かって下ろす。

 止めに入ろうとするのは陽菜さん。

 僕の足は龍王の顔の横を踏み付け、鈍い音を鳴らした。


「二度と僕達の前に現れるな。次は無い。陸斗、塁斗、お前らもだ!」


 陽菜さんが安堵する。

 僕達はそのまま三人を放置して帰還した。


 それから後日、頼んでいた凛くんに渡す物が届いたので持って行く。

 カバンから箱を取り出す。この中身は陽菜さんも知らない。


「退院決定おめでとう凛くん。いずれ使う事に成るから、大切にしてね」


 僕が渡した小箱をワクワクしながら受け取り、開ける。

 中に入っていたのは腕時計である。凛くんの名前が刻まれている。


「時計?」


「うん。時計はいずれ役に立つ。それにカッコイイだろ? クールな大人感が出てさ」


「確かに!」


「天音さん、それは⋯⋯」


「父が有名ブランドの現社長でね。そのツテで特別に作って貰ったんだ。デザインは父が直々に仕上げた物で販売する予定は無いから、世界に一つしかない時計だよ。代々引き継がれた会社だし、父は有名だしね。結構な値段はすると思うよ。軽く百万は超える」


「そんな物をプレゼントって⋯⋯天音さんの家庭はおかしいですね」


 クスクス可愛らしく笑う陽菜さんに僕は思う、ダミーにパソコンを渡す君達は違うのかと。

 しかも、調べたら軽く五十万はするパソコンだぞ?

 色々と付けているだろうし、さらに高いぞ。

 それをダミーだぞ?

 合計五万近くのゲーム機が霞む高価な物を渡している貴女方が言いますか?

 そんな疑問が沸いた。


 そして、テイミング良く僕は先生に呼ばれ、病室を後にした。

 僕に言われた先生の言葉に、僕は迷わなかった。


 翌日、陽菜さんをとある場所に連れて行く。

 そこは周りは木々に囲まれ、隠す様な空間に成っている。目立つ用に大きな木が一本中心に生えている。

 そんな一種の幻想的な空間に呼んだ。


「どうしたんですか?」


「陽菜さん。僕達、海外に行きます」


 陽菜さんの少し頬を赤らめていた顔が固まる。

 それから焦った様に喋り出す。


「な、なんで!」


「彩乃が持っている病の研究が進んで、治療可能と言う判断が出たんだ。そして、彩乃と父と相談して、行く事を決めた。この世界で唯一の病を彩乃は持っている。もしも成功したら、それは世界の為だし、何よりも彩乃が助かるかもなんだ」


「そっか。だね。良いと思う。私も賛成だよ。ただ、折角、仲良く成ったのに、こんなに、早く離れるって、なんて言うか、寂しいね」


 静かに泣き出す陽菜さん。

 僕はその姿を見て、自分の想いを伝える事は止めた。


「何時、帰って来るの?」


「分からない。少なくとも一年はあっちに居る。父も海外に新たな支店を出すと言っているしね」


「そっか。時々、メールでやり取り、しようね」


「あぁ。その時は凛くんも」


「うん。うん! そうだね。天音さん。いえ、天音君」


「はい」


「絶対に、電話したら出てね。メールしたら、返してね」


「ああ」


「⋯⋯彩乃ちゃん、元気に成ったら、教えてね」


「勿論」


「約束だよ」


「ああ。母との思い出のこの木に誓う」


 ◆


 あれから三年近くの月日が経った。

 あれ以来、天音君との連絡は取れてない。凛も退院して、元気に今は医者に成る為に勉強している。

 あれ以来医者に憧れたらしい。嬉しい事だ。

 天音君とは、メールを送っても、電話をしても、返事は無かった。

 そして、連絡が無いまま、卒業式となった。


 あの日、私が自分の想いを伝えていたら、少しは未来が変わっていただろうか。

 今でも自分の想いは変わらない。否、会えない分さらに膨れ上がっている。

 あれ程、自分が自分らしく居られる人は居なかった。

 また、一度でも良いから会いたい。


 卒業式が終わり、私はとある場所に凛と共に向かう。凛は天音君から貰った腕時計を付けている。

 私は公立の推薦を得ているので受験勉強をする必要は無い。


「姉さん、何処に向かってるの?」


「最後の、思い出の場所」


 ただ、少し行きたいと思った。

 卒業したから、その事を伝えに。本当に伝えたい人に伝わるかは分からないけど。

 それでも、ただ無心に向かった。


 到着した。既に先約が居たようだ。

 ここは森の中、人なんて来ないと思った。

 二人の人影、男女の様だ。


「こんな所に珍し⋯⋯」


 凛が走る。

 私も後から気づいて走る。


「彩乃ちゃん!」


「おっひさー凛くん!」


 私は男の方に近づく。

 懐かしい後ろ姿。何時の日かその背中が私の隣に居るのが普通だと思ってしまった姿。


「天音君⋯⋯」


 私は今度こそ、自分の想いを伝えるんだ。

 それでどんな答えが返って来ようとも、それを受け入れる。ゆっくりと振り返るその男に。


「あの、天音君!」


「陽菜さん。お久しぶりですね」


 手を伸ばされ、私はそれを受け取る。

 そして、隣まで引っ張られる。

 二人して、何も語らず、風に揺らめく大きな木を見る。


「卒業、おめでとうございます」


「彩乃ちゃんの退院、おめでとうございます」


「退院パーティをしたいので、その時のプレゼントを一緒に選んでくれませんか?」


「喜んで!」


 私と彼は見つめ合い、互いに薄らと涙を浮かべ、そして笑い合う。

 互いの幸せを噛み締めて、互いの想いを確認し合う。

 きっとこの想いは伝える必要は無い。

 短い時間共にしただけても、その想いは伝わった。だって、私にも伝わったのだから。

 だからこそ、今は退院パーティに集中しよう。


「天音君」


「なんですか?」


「おかえり!」


「⋯⋯はい。ただいまです!」



 ◆

 お読み頂き感謝致します!!同時にお疲れ様でした。

 ちなみにやり取りが出来たかったのは、天音君がスマホを壊し、データの復活が不可能だったからです。


 そして、本来考えていたエンドは彩乃ちゃんの手術は失敗し、絶望した天音君が自〇を行うが失敗し、精神的に病み、海外でずっと治療しながら暮らす。その事を知る事も無く陽菜さんが寿命を終えると言うモノ。天音君の父は絶望し過ぎてこの世を去る。ストレスが限界突破した結果ですね。天音君が病んでしまう原因の一つでもあります。

 その場合、天音君にも陽菜さんにもパートナーはいません。

 流石に胸糞悪いと言うか、不完全燃焼に成ると思い完全ハッビーエンドに切り替えました。

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僕だけが彼女と秘密を共有している ネリムZ @NerimuZ

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