Case1―Scene8 逃走
こんな弾が当たるわけない。そんなことは分かっていた。だが、怖かった。あの男が怖くて怖くて仕方がなかったのだ。
車は、あのビルの地下駐車場に置いたままだった。最後に乗ったあのエレベーターが地下まで通じていなかったということもあったが、何よりもあんな化け物を父の車に誘導する気にはなれなかった。
しかし、滝野はこの選択をすぐに後悔することになった。
あんな身体能力オバケと鬼ごっこをしている。夢なら頼むから覚めてくれ。なあ、夢なんだろ。頼むよ。
息が上がりきり、肺が石と化す。心臓も爆発しそうだ。普段からの運動不足が、ここにきて致命的なダメージを滝野にもたらしていた。
撃ち、また撃つ。エレベーター内で新たに装填した弾も、たちまち撃ち尽くしてしまっていた。
あの男は今まで遭遇した何より怖かった。自分を追う警察よりも。自分を弾く社会よりも。
たった一人であの男を戦わなくてはならない。その恐怖から、滝野の足は自然と人通りの多い駅へ向かっていた。
***
JRと東京メトロ、ゆりかもめが乗り入れる新橋駅は、平日の昼間でも多くの人間が利用していた。しかし朝夕と違い、どことなくゆったりとした空気が流れている。
そんな平和で平凡な日常を打ち壊す怪物が2匹、突如として現れた。
長い棒を持ったゴリラが走ってきて、地下鉄へと続く階段を降りていった。次に、頭にポスターを巻いた大男がそれを追いかける。
滝野は電車に乗ろうと、ホームを目指した。
しかし、広い駅ではいくら走っても、改札にすらなかなか到達できない。天井にある表示を見ても、なかなか道がわからなかった。
ある時を境に、あの男は何故か撃って来なくなっていた。
滝野自身も実はすでに予備の弾丸をきらしていたので、やはりあの男はこっちの全てを見透かしているのではないかと不安になる。
滝野はしばらくの間、振り返ることもできずに走っていた。しかし、ようやく改札にたどり着いたとき、とんでもないことに気が付いた。
その日、普段は持ち歩いているICカードを家に置いてきてしまっていたのだ。滝野は途方に暮れた。切符の買い方など、とうの昔に忘れてしまった。
絶望に胸を支配され、息も絶え絶えに滝野は振り返ったが、そこにあの男の姿はなかった。
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