Case2―Scene4 日常
SNSでいち早く〝やつ〟の出現を察知し、ハヤブサを駆って狙撃ポイントへと急行する。
未だモバイルWi―Fiすら手に入れていない荒木は、公共のWi―Fiが使えるところでしか、リアルタイムの情報を得られなかった。だが、少しでも動き出せる時間を早めるために、ホテルの自室ではなく大都会の真ん中の一角にある洒落たオープンカフェに陣取っていた。
今回は偶然そこからほど近い場所が現場となったこともあり、素早く駆けつけることができた。しかし、〝やつ〟にはすでに逃げられてしまっていた。赤坂にあるそのビルの屋上には、警察の手入れが起こった後では見ることのできないような、そこに狙撃手がいた痕跡がしっかりと残っていた。
薬莢はさすがに回収されていたが、強い反動で擦れたことによってわずかに残る布の繊維、へりに残るほんのわずかな木片。〝やつ〟は片足を立ててしゃがみ、腰より少し低いくらいの、コンクリート製のへりに直接木製の銃身をもたれさせて撃ったのだろう。硝煙のにおいに、荒木の血の記憶が滾る。
狙撃場所はここで間違いない。当然だ。あの場所を撃てるほど距離があって、一番高い建物はここしかない。
荒木は被害場所を覗くために一瞬ビルのへりに近付いた。下界では、少し見ただけでは数えきれないほどのパトカーと救急車が、大量の野次馬に阻まれ立往生する、とてつもないカオスとなっていた。赤坂にあるテレビ局を数十メートル先に臨める、商店街の一筋だ。
狙撃が起きた時間を考えると、〝やつ〟に鉢合わせしないのが不思議だった。狙撃手がビルを離れる時間はなかったはずだ。
監視カメラや人通り、従業員の動線を即座に見極め、地下駐車場から屋上に至るまで最もライフルを運びやすいルートを即座に見極めたつもりだった。
どこかで行き違ったのだろうか。やはり地下駐車場で待ち伏せをするのが正解だ。しかしそれでは面白くない。
***
数日後、再び狙撃事件が起きた。同じように最速で駆けつける。しかしやはり〝やつ〟に鉢合わせることはなかった。
SNSによる検知では、やはり限界があるか。いや、もしかしたら、気付かれたかもしれない。
荒木は、もう何ヶ所目の拠点になるかわからない、小さなビジネスホテルの一室に戻った。
〝やつ〟が狙撃を行うのはなぜか白昼、午後1~3時位だった。まったく、なんでこんな目立つ時間に撃つんだ素人め。おかげでこっちは、夜はぐっすり眠れるが。
荒木はいつも、起きるのは午前十時ころだ。はるか昔、この国で学生をしていたときは、休日は昼過ぎまで寝るのが夢だった。古武道の修行地獄で一度も実現したことはないが。
しかし、もうこの齢になると、頑張っても太陽が昇りきる前に目覚めてしまう。
目覚めてからしばらくベッドでゴロゴロして、ファミレスで昼食、そしてなるべく身動きがとれやすい店で午後を過ごす。娯楽は無料の動画サイトだ。
これでも海外にいる時には、インターネット黎明期から最新の機器を使いこなしてきた。技術的には浦島太郎状態になっていたわけではない。
事件が起きればすっとんでいくが、基本的には何もないので夕方になるとコンビニで色々と買い込んでホテルに戻る。そこからはテレビ三昧で丑三つ時まで粘るという生活を、荒木はここしばらく続けていた。
至福だ。今までずっと戦場にいたので、こんなに平和に暮らせる日常は、荒木にとって革命だった。
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