平等な世界を、誰よりも夢見て

日向 満家

Case1  令和のスコルピオの場合

 きっかけは、高校の地学の授業だった。


 地球がある太陽系が属する、一千億ほどの恒星からなる銀河系は、他の六十個ほどの銀河と共に局所銀河群を形成しているのだという。

 銀河群よりはるかに多い銀河がある場合は、その銀河の集団は銀河団と呼ばれる。

 さらに、銀河群や銀河団がいくつも集まったものは超銀河団とされ、一億光年ほどの大きさを持つ。そしてこの宇宙は、そんな超銀河団と、逆に何億光年も全く銀河が存在しないボイドと呼ばれる空洞が、バブル状に無数に分布している構造となっているらしい。

『スター・ウォーズ』だって、一つの銀河の中だけの話だ。あの夢の世界とも比べものにならないほど大規模なこの宇宙の構造を知ったとき、僕は思った。


 なんだ、神などいないじゃないか。

 

 いや、仮にこの世に全宇宙を統べる全知全能の神がいたとしても、その神が、こんなちっぽけな惑星の、ちっぽけな生命体の一つである自分のことなど気にかけるはずがない。人間一人一人の行動など、一々見守っているわけがない。

 それを悟ったとき、僕は大きな混乱に襲われた。子どものときから、今まで触れてきたどんな小説にも、どんな漫画にも、どんなアニメでも、神を否定されたことはなかった。

 善人が報われ、悪人は罰せられる。正直で勇敢な人が成功し、人々は皆そうあるべきだった。そういう人がどれだけ困難にぶつかっても、最後には絶対にうまくいく。

 だから僕は、常にそういう人間であろうとしてきた。目の前で誰かが何かを落としたら必ず届けに行き、人が気付いていない後片付けを率先してやった。人を決して傷つけず、人に決して迷惑をかけないように注意した。

 そういう陰で行っている努力や善行は、人が見ていてくれていなくても、超自然的な何かが見ていてくれて、いつか絶対報われるものだと思っていた。逆に悪行は、その存在により罰せられる。場合によっては、死後の世界で。だが、そんなことはないのだ。

 

 人間とは、勝手に生きているだけ。

 この星に勝手に生まれ落ちて、大宇宙全体の営みとは一切無関係に生きて、死んで、朽ちていく。ただそれだけの存在だ。

 そんなちっぽけな人間には運命などといった大層なものは存在しない。そこにあるのは運だけだ。

 運が良い人間は成功し、運が悪い人間は失敗する。運が良い人間は幸せになり、運が悪い人間は不幸になる。運が良い人間は生き、運が悪い人間は死ぬ。超自然的な関与は、一切そこにはない。

 そういった意味で、この地球というのは、完全に人間の世界だ。人間が全てを管理運営していくしかない。人間の命だって、人間が握っている。人が生きようが死のうが、神はそんなことに関心があるわけがない。

 人が人を殺したときに、それを気にするのは人だけだ。事故や災害、病気など、運の悪さ故の死以外に、人の命を奪うのは人だけだ。

 なら、僕が殺したっていいじゃないか。



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