第3話 1階層

冒険はいつでも側にあって

#歩みは次第に強くなる<クロード・セイ>


西暦2023年7月13日 夜

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階層都市1階 ドーム

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クロード・セイとエスタフ・ハツの2人は、入り口から入って、正面の受付から右の通路を通る。通路の両側には、青白い光が等間隔に置かれている。退屈そうに腕を頭の後ろにエスタフは組む。


「はぁ、嫌だなぁ」

「エスタフ?」


クロードは、そんな友人の姿を意外そうに見る。彼は黄色に癖っ毛を揺らしながら、ツナギのような格好で僕の横を歩いていた。と言うか僕も何だけど。


「いやさ、別に研修だからって言われた仕方ないけど…」

「ああ、そう言うこと」

「はぁ〜、お目付け役がいるんじゃ、今日1日は夢の中で自由に動けないね。」

「エスタフ、僕は不安だよ。」


ポツリと言葉がこぼれ落ちる。すかさずエスタフの肘打ちが脇腹に入る。


「…痛いなぁ。何で、こずいたの…」

「不安になんてならなくてもいいんだぜ。全部俺に任せとけって、この俺にさ。」

「はぁ、そう言うことじゃねぇよ…というか頼むから変なことしないでくれ…」

「そういえば、なんで、長袖長ズボンにブーツ姿でって指定なんだろうね。」

「さぁね?行ってみればわかるんじゃないかな。」


トンネルを抜けた先、透明な扉を潜ると、その先はジャングルだった。

木が生い茂り、熱が周りを満たしている。ジャングルはドーム全てに茂っているのか、天井にまで蔓が伸びている。エスタフがその光景に声を漏らす。


「何これ…」

「何で、ジャングルが…」

「ようこそ、1階ドームは初めてですか?入館される際はこちらで手続きを行なってください。ホルダーの認証カードを提示、こちらの紙に名前を書いていただくだけで結構です。」


桃色の髪の女性がこちらに話しかけてくる。戸惑いながらも2人は、受付で書類に名前を記載する。クロードとエスタフは物珍しそうに、空を見上げる。そんな2人の様子に受付の人はクスリと笑みをこぼした。


「どうだ、ドームは気に入ったかね。」


急に、後から声がかけられ振り返ると、青い短髪の大きなザックを背負ったサングラス姿の短髪アロハシャツの男が現れる。


「初めまして、今日君たちのガイドを務める。ジェス・コウだ。階級はB級。」


ハキハキとした言葉遣いで、背筋もよく伸びている。その為、カッコとは裏腹に軍人のような印象を受けた。そして、僕たちに何かを促すように視線を向けてくる。そして、観察しているのか、上から下まで…その視線に僕らは戸惑ってしまう。


「なんだ?君らの先輩が名乗ったのに、何もなしか?」


強いプレッシャーを受け、僕らは自然と背筋が伸びる。急いで答えようとするが、焦っているせいで言葉が中々出てこない。


「っす、っすみません!本日からF級ホルダーになりました。クロード・セイです。よろしくお願いします。」

「同じく、本日、F級のエスタフ・ハツ!早く、A級のお肉が食べたいです!」


つい、自分の口から「…おい」と言う声が漏れてしまう。ふざけてるのか、真面目にやってこれなのか緊張なのか何なのか、エスタフは変な自己紹介になっていた。ジェス・コウはエスタフの方を見ると、顔を近づける。サングラスの下には獰猛な青い目が見える。エスタフの口から僅かに息がもれ、つられてこっちまで息が止まってしまう。何とか「あっ」とか「う」とか口から音が漏れていた。そんな緊張した雰囲気から、ジェスの顔に笑顔が浮かぶ。


「プッ…、悪ふざけが過ぎたな、過度な緊張させてしまったみたいで、すまないことをした。いい自己紹介だったと思うぜ。」

「…この人、いい人かもしれないね。」


そんな惚けたことをエスタフはいう。


「ジェス!!!」


ドームの入り口から声が聞こえる。すると入り口に、大きな荷物を3つ引き摺ったメガネ姿の女の人が汗なのか涙なのかよくわからない状態で、こちらに向かってくる。


「おぉ、ライナス!新人の2人もう来てるぞ。一体どこで何をしていたんだ。」

「誰のせいだと思ってるんだ!誰の!」

「何言ってるんだ。ここまで持ってくるのは、設備課の仕事だろ?」

「本来はそうだねっ!ただ、自分で持っていくって言ったのは君だろ!鵜呑みにした僕は、運送依頼も出してないっ、人員もいないからわざわざ引っ張ってきたんだぞ!」


ああ、そうだっか、すまんとだけ言うと、ライナスに近づき、重かっただろうと言うと、荷物を受け取り、こちらに歩いてくる。ライナスはというと。そのまま疲れ果てたのか青天になっている。ジェスは、リュックをこちらに投げつけてきた。突然でしかもかなり重い荷物が、体にのしかかる。つい2人はリュックに押し潰される形で地面に転んでしまった。


「とりあえず、今日はそいつを背負っておけ。」


これを?こんな重いものを一日背負わせてなにをさせようって言うんだ。中に何が入っているのか不明だが、持ち上げ、肩から背負わせるだけでも相当の労力がいると思われた。


「いや、無理でしょ。無理、無理だよ。」


そんなエスタフを無視して、ジェスは続ける。


「まず、この階層の説明しよう。私たちの周りを囲っているドームの中に夢に類似した世界を構築することで、1階層は簡易的な集合夢を作ってる。ここには、爬虫類系の蛇とか、ワニとか、亀とか、トカゲとかそういうの夢の主と種子が集まってきてる。ここは夢魔の空間だから夢の主と種子だけ運ばれくる。」


集合夢は確か、多くの人の夢の集合体であり、夢の種子は一つであるはずだ。それなのに、今の話だとここには複数の夢の種子があることになる。それはおかしい…


「ジェスさん、集合夢の種子は一つじゃないんですか?」

「よく勉強しているな。その通りだ。基本、私たちがダイブする人間の集合夢には夢の種子は一つしかない。だが、これは高度に発達した知能だけに見られる現象で、爬虫類たちの小さな脳みそじゃ、基本、集合夢は作れないんだ。」

「ねぇねぇ、猿は?猿は集合夢作れないの?」


緊張感がなく、そんなふうにエスタフは問いかけている。ジェスはその態度に全く気にしないといったようだった。あまり上下関係に厳しいわけではないのか…


「ああ、猿は作れるよ。高度に発達した知能に彼らは含まれるからね。ただ、何事にも例外はある。」

「例外ですか?」


人間の脳の大きさなどを思えば、そんなことはあり得ないのではないかと思ってしまう。そのため興味で問いかけが出ていた。


「あぁ、人間の夢がここ1階層に落ちてくることもある、所謂ボケだな。基本は落ちても落ちても3階層、もしくは2階層だけどね。今はとりあえず、ここにあるのは集合夢であって集合夢ではない。それだけわかっていればいい。詳しいことは、後でライナスに聞くといい。アイツはオタクだからな。」

「…オタクッ、まぁいいけどさ。」


ライナスはいいように少し引っかかったような顔で髪をくるくるしていた。設備課との話だったからてっきり装備とかそう言うのに詳しいと思っていたが、何とくなく意外だった。


「あっ、ちゃんと装備についても詳しいから気になったらガンガン質問していけ、喜ぶから。」

「はい、わかりました。」

「は〜い。」


隣で気の抜けた返事が聞こえる。…エスタフお前、本当にしっかりしてくれよ。


「よし、早速それでは、君たちには、この簡易的な集合夢で夢の種子を回収してもらう。」

「え?…いきなり実践ですか?教官が取るところを見るとか、それこそ訓練とか…」

「これが訓練だよ。」

「いやこれって実践じゃ…」

「ヤッタァ!」


そう言って、教官を止めに入ろうとするが、エスタフは隣でキラキラと目を輝かせていた。ああこれダメだ。ライナスさんはこっちにごめんって感じで手を合わせてるし…流されるか。


「…わかりました。」


ジェスはそんな僕の様子に、満足したように頷く


「よし、種子を回収しようとすると夢の主が襲ってくるから気をつけろ。それ以外でも、夢の中の異物と感じると奴ら襲ってくる。万が一、何かあれば助けてやる。」


エスタフが手を上げる。


「実際に夢の種子ってどんなものなんですか?形とか?匂いとか?」

「匂いはないだろ。」

「あるよ?匂い。」


僕が突っ込むと何でもないようにライナスがエスタフの言葉を肯定してきた。…あるんだ匂い。


「諸君、気になるだろうが。説明は無しだ。百聞は一見にしかず、入ってみればわかる。今渡したザックを背負ってついてきてくれ。」


そう言うと、ジェスは、ザックの横から長い棒を取り出し、草むらをかき分け、ズンズンとジャングルの奥地へと向かっていこうとする。いつの間にか回復したライナスはその後に続く。置いていかれないように、急いで、立ち上がり、リュックを背負う。体重が倍になったかのように身体に負荷がかかった。草木を掻き分けてくれいるものの、足場が悪く進みづらいため必死に歩く。30秒程歩くとジェスが全員を手で静止させた。手で僕ら2人を呼んでいる。促されるままでにライナスを追い越し、前に出る。


「2人とも…目の前の木の根が見えるか?」


手で、木の隙間を見るように促され、そちらを見るとネズミの死骸が転がっていた。続け様にジェスは指を向ける、その先には、もう一方の獲物、一つ木を指さすとそこには鳥の死骸が転がっていた。


「君たちにはあの死骸を…夢の種子をとってきてもらう。」


おかしな話だが、全く夢の種子に見えない。ただの死骸。でも、ジェスが言っている以上間違いなくそうなのだと思い込む。ただ、エスタフは「うそだぁ…」と声が漏れている。ジェスは更に、木の上を見るように促してきた。見た先には…


「蛇が木の上にいる。奴らが夢の主だ。わかっているだろうが、近づけば、間違いなくバレる。ザックの側面には、さっき使ってみせた伸縮式の棒がある。一方が、それで牽制しながら、もう1人が夢の種子を回収するんだ、わかったな?」


その言葉に、僕ら無言で頷く。すると少しだけジェスの口角が上がっているのがわかった。


「まずは、回収がクロード、牽制がエスタフだ。」


隣を見るとエスタフが、汗をかき、その棒を握る手には緊張がうかがえる。


「牽制する側は、蛇の視線に入るように、ゆっくり近づいた後、棒で蛇の頭部をコントロールしろ。木の上から威嚇しいてる時は基本それで問題ないはずだ。下に降りて来た時は、棒で牽制しつつ、可能なら、頭部のすぐ後ろを掴んで捕まえろ。飛んでくる個体もいるから、棒は蛇から逸らさないように。回収側は姿勢を低く保って、ゆっくりと移動するんだ。…そして、知っているだろうが大事なことだから、よく聞いて欲しい。夢の主を必要以上に傷つけるな。傷付けば、しばらく夢を見なくなり、夢の種子は生まれなくなる。いいか?準備ができたいけ。」


僕らは頷き、確認を終えると。草むらから出て、夢の種子の回収に向かう。大回りをしてなるべく蛇の視界に入らないように進む。低い草に万が一にでも足を取られないように気を付けながら、姿勢を低く低く保って移動していく。どうやら予定通りエスタフは、蛇の前に出て、威嚇をする蛇に対して牽制を行っているようだ。怒りに目を燃やす蛇は、牙をむき、エスタフに吠える。そして何故かエスタフも吠える。


「シャーッ!!!」


心の中で、お前は吠えなくていいんだよ。とツッコミを入れながらも牽制に感謝しつつ、ネズミの死骸に近づいてゆく。そうして、物の数秒で、ネズミの死体のとこまでくると、それを回収するために触れた。すると、死体は小さな光の塊に変わり、手の中で重さのほとんど無い何かに変わる。その瞬間、蛇は夢の種子が奪われそうになっていることに気がつき、標的を変えようとするが、エスタフの長い棒がそれを阻み、仕方なく木の上に逃げていった。


僕たちが戻ってくると、僕からジェスは夢の種子を受け取る。


「よし、それじゃあ、エスタフ、クロード、交代してやってみようか。」


草むらを出て、今度は牽制に向かう。木の上の蛇に棒を向け牽制すると先ほどと同じようにこちらを威嚇してくる。


(棒を逸らさない!棒を逸らさない!)


緊張した時間が過ぎて、取れた!と言った声が後ろで聞こえる。すると、蛇はまた木の上に逃げていった。ほうっ、と腕の力が抜ける。2人で1つずつ夢の種子を取って帰ってくる。ジェスは先ほど預かった夢の種子を返してくれる。手を胸に当てるとまだ心臓がバクバクいっている。


「緊張した…」

「これが夢の種子なんだね。」


透かすようにして、エスタフは夢の種子を見ていた。


「よし、初めてにしては2人ともよくやったな。それじゃあ、今、取った種子をこの袋に入れるんだ。出したら、横のボタンを押して吸い込ませろ。」


ジェスは、ザックの中から、先の細い水筒のような見た目をした袋を取り出し、説明する。いつ取ってきたのか、僕らと同じサイズのジェスの手には夢の種子が握られており、それを中に吸い込ませた。


「クロードこれ、小さいね。」


エスタフは不満そうに、手の上で種子を転がす。その様子に気づいたジェスが、エスタフに近づき、夢の種子を指して言った。


「ここにあるのは爬虫類の夢だ。小さい脳みそには、小さい種子。相対的に小さくなるわけだな。」


夢の種子は普段僕らの生活を支えてくれている。だが、この種子はあまりにも小さくどういう用途で使われるのかイマイチ想像が出来ない…そんなことを考えてると先にエスタフが質問した。


「…ちなみ、これで何が作れるんですか?」

「ふむ、エスタフ、君、卵は好きか?」


質問の意図はわからないが、エスタフは反射的に答える。


「好きだよ」


ジェスは、エスタフの夢の種子を取り、手をかざすと小さな卵が現れる。そして、その小さな卵を再び、エスタフの手のひらに乗せる。


「蛇の集合夢に君たちは入ったわけだが、この夢の種子は蛇が知っているものしか変わらないんだ、基本的に大きさ=質ってわけでもないが、大きい種子はその分大きな物質に変わる。今回だとこんなものだね。」


そして、ちなみと言葉付け加える。


「この1階層ドームでは、夢の種子の加工は許可されいるが、ゲート内、他の場所では加工はダメだ。違反行為で罰金悪いと…」

「悪いと?」

「捕まる。」

「捕まるのか。」


エスタフお前、もう完全に砕けてるな。こいつのこう言うところ、すごく…羨ましい。


「…クロード、君は吸い込ませてみろ。」


促されるまま、横のボタンを押すと収納袋に夢の種子が吸い込まれて行く。不思議そうな顔して2人で中を覗きこむが、真っ暗で何も見えない。光を遮断しているようだ。パンッと手を叩く音がする。


「よし、それじゃあ、次はゲートの中に入ってもらおうか。1階層とはいえ、今度は本物の夢の中だ。ちなみに、これが終わったら休憩だ。BUGの飯は美味いぞ。」

「おお、ご飯っ!」


エスタフがキラキラと目を輝かせる。その様子についエスタフの頭を小突いてしまった。


ジャングルを進んでいくと、目の前に豆腐小屋が現れた。その扉を開くと中にはゲートと呼ばれる門があった。渦巻くように何かが流れていてとても神秘的な印象を受けた。周りは壁で覆われており、監視のために上部にカメラもついているようだった。


「さぁ、やっと僕の出番かな。」


そういうとライナスはザックの中から、縦15cm✖️横7cmの薄く黒い板。長い筒状の何か。非常食と書かれた箱を取り出した。まずは、板を取り出して僕らの目の前に置く。


「さて、非常食はいいとして・・・こっちのこの黒い板は、いわば通信機だ。夢の中の異常、測定士からの簡単なメッセージがここに届く。こちらから、つまりホルダー側からの連絡も取ることができるけど、こいつは、ゲート以上に燃費が悪くてね。無闇に起動させないように。ただ、B級以上が集合夢に挑むときには、種子がどれかわからない場合もあるし、測定士の観測するゲートの揺らぎから、目の前のものが夢の種子か判別したりもするね。こいつとバッテリーを貸し出してて・・・」


そういうと、夢の種子がふわふわと浮いた握り拳ほどの入れ物を取り出し、そこから伸びるコードを黒い板に差し込む。


「こんな風にして、長時間使用することも可能だよ。まぁ、緊急時に使おうね。まず使うことはないだろうけどね。」


ライナスはそういうと再び、ザックの中身を漁る。中から現れたのはキャンプ用品のようだった。それらの説明を軽く済ませると、ザックの中に全てしまい込む。


「さて、僕からの説明は以上だ。あとはジェフに任せるよ。」


促されたジェスはついてきてくれと端的に言うと、ゲートの中に入っていく。少し躊躇っていると後からライナスが背中を押してくれる。いってらっしゃいと僕とライナスをゲートに押し込んだ。僕ら、そうして一階層の夢の中に入っていった。


クロードの視界が歪む、青と赤が混じり合う風景が視界を歪める。何だろうあまりの気持ち悪さに目を閉じると、誰かが手を引いてくれているのがわかる。そうして、1分ほど進むと・・・


「目を開けろ。」


ジェフの声が聞こえ、眼を開くそこは真っ暗な空間で、どうやら夜のようだった。周りの景色は一階層のドームとほとんど変わらない。茂みが視界を狭め森の奥まで見渡せなくなっている。エスタフが同じように連れてこられたのだろう。眼を開けると、拍子でよろけてしまう。そのよろけた手が・・・何もない空間を見えない壁を掴んでいた。うぇ、気持ち悪いとエスタフはそれどころではないようだったのだが・・・僕が気づいたことにジェスが答えてくれる。


「これは、夢の端だ。この先には空間はない。奥行きを感じるだろうが、見えている景色も画面に映った映像だと思ってくれ。エスタフが感じてるのは、ゲート酔いだな。本来はゲート酔い防止の薬があるんだが、こいつは感覚を鈍化させる。元の状態に戻るまでに5時間はかかると思っていい。高ランクのホルダー達は絶対に使わない。今のうちになれておけ、それに感覚が麻痺した状態で研修をしても何の意味もないしな。」


そう言うとニコッと笑いかけてくる。事前に言ってくれとも思ったが、どうせ薬をくれなかっただろうし、向こうもそのつもりだから事後説明にしたのだろう。ジェスはその場にザックを下ろすと、僕にもエスタフにもザックを下ろすように指示を出す。


「さて、今回の夢の種子がどこにあるか?その答えはここだ。」


ジェスは小さな穴を指す。そこは腕一本が入る程度の空間でだった。気分が治ってきたエスタフが納得いかないようにどうやって中に入るんだと文句を言う。僕も同じように思い、ジェスを見ていたが次の瞬間・・・ジェフが消えた。二人でどこにいったのか周囲を見るがどこにも影も形もない。


「ここだ。」


声が下の方から聞こえ、そこを見ると一匹の蛇がそこにいた。すげぇ・・・とエスタフの声が漏れる。


「ジェスさん、・・・それは?」

「受付から聞いただろ?これが変身だ。自分の想像した姿になる。普段俺たちは人型で形をとどめているわけだが、こうやって、姿を変えることも出来る。変える際には、一定のエネルギーを使い続ける。まぁ、想像力ってやつだな。想像できなくなれば、固定の形に戻る。」


そう言うと、ジェスは一瞬で元の姿に戻る。そしてすぐに蛇の形に戻る。


「やり方は単純だ。まず、俺の体に触ってくれ。」


ジェスに僕らが触れる。


「ここから先決して眼を開けるな、いいな?眼を閉じて想像しろ、蛇の肌の質感、牙の位置、眼、尾にかけての流線、大きさ。明確に形を持ったものとして、想像しろ。それはお前らが入る入れ物だ。想像したか?」


僕は頷く、きっとエスタフも頷いたのだろう。


「そこに自分の体ごと飛び込む、吸い込まれるイメージをしろ。中に入ったお前らはその器を好きに動かすことができる。イメージしろ。その中で、尾を動かし、顎を、体を動かす。」


不思議な感覚だった。先ほどまで地面についていた足は無くなり、手も無くなった。地面の草の感触を体全体で感じている。いつの間にか横になってしまったのだろうか?


「うん、やはり君たちは物覚えがいいね。よし、眼を開けろ。」


その声で、僕らは眼を開く。眼を開けると僕らは蛇になっていた。

視線は低く、腕も足もない。何じゃこりゃ〜〜!とエスタフは叫んでいる、蛇の姿で。蛇のジェスがいう。


「驚いているところ悪いが、変身もずっとできるわけじゃないからね。あまり時間がない。君たちにはこれからこの穴に入り、夢の種子を回収してきてもらう。何かあったときには助けてあげるから。二人で取ってくること。いいね。見たところ夢の主は外の木の上で寝てるか茂みで寝ているか。どうやらこの中にはいないようだし。難しいことは何もないよ。」


はい!と元気な声でエスタフは答えるが正直僕はかなり不安だった。しかし、逆らうわけにもいかないので、早く行こうぜと、尾で引っ張ってくるエスタフに促されるようにして穴に入り込む。中は案外広く、奥までずっと続いている。岩肌の感触が面白い。痛いと言うこともなく、体をくねらせるとドンドン奥に進んでいく。


「楽勝楽勝!」


調子に乗って進むエスタフだが、洞窟を探検するのに、正直僕も少し楽しくなっていて咎める気にもならない。少し狭いところもあるが問題なくドンドン進んでいける。気がつくと小さな空洞に出ていた。そこには木の葉に乗せられた2,3個の木の実が置いてあり、甘い匂いを放っている。


「これが今回の夢の種子みたいだね。早く回収して戻ろうか。」

「おう!」


二人で、木の実を加えて、急いで外に戻ろうとする。帰りは登りになっていたが、やはり問題なく登れる。蛇の体とはこんなにも便利なのか・・・これは都市の外でも是非変身してみたいとそんな風に思っていた矢先のことだった。


「あれ?頭が・・・」


そこは最初、簡単に通り抜けられたはずのところだった。僕たちは段々と体が大きくなっていたのだ。


「クロード?どうして止まったんだ?」

「…通れない」

「え?」

「通れないんだよ。頭が通らないんだ。」


エスタフが変われといい。無理やり前に出て、体を通そうとする。しかし、体は一向に前に進まない。エスタフが焦る。僕もあまりのことにパニックになり、声が出なくなってしまう。心なしか体はさっきよりも大きくなってる気がする。


「クロード!クロード!!ダメだ動けない。体がドンドン大きくなってきて、もうすぐ!もうすぐなのに!!ダメだ動けない。ジェスさんジェスさん!助けて!!」


声を張るが果たして聞こえているのか、ジェスさんの声は聞こえない。変身が解けそうになっているのだ。手が足が生えてきているのがわかる。体は段々とこの小さな穴の中で広がっていく。まずいまずいと焦るでも体は穴の中でドンドン大きくなって、ああ、死んだ・・・そんな風に思った瞬間、夢が崩壊した。真っ白な空間。僕らは何かに吸い込まれていって・・・


「いや〜、お疲れ様。」


気がつくと、目の前にはライナスがいた。地面に倒れ伏す体は動かない。疲れた。本当に疲れた。変身したせいか、ザックの重みが最初の数倍にも感じられる。水筒を渡してくれるのでありがたく受け取る。あの、ここはどこですかと聞くと


「一階層のドームだよ、安心して。こっちでもモニタリングしてたけど、大変だったね。」

「ほんと、死ぬかと思いましたよ…」

「ふふ、思ったより大丈夫そうだね。偶に、トラウマになって変身できなくなる子もいるんだけどね。君たちはどうかな?」


笑うライナスは当然のようにそんなことをいう。意外と怖い人だな…


「ライナスさんが助けてくれたんですか?」


つい、不機嫌にそう問いかけてしまう。


「うん?いや、助けたのはジェスだよ。最初君たちがゲート酔いしてる間にささっと、夢の主を捉えて殺せるようにして置いたんだよ。まぁ、新人にそんな危険なことはさせないよ。」

「恐怖は植え付けられましたけどね。」


確かに僕らは最初酔っていたが、あの短時間でいつ捕まえたんだ?驚きと疲れで混乱する。


「ジェスさんは?」

「ジェスは今、受付。今回の報告だね。」


ライナスは近づいて屈んでくる。


「失敗するかもってことは沢山あったけど、夢の種子も回収できてるし、かなり良いとこまで行けてたよ。ひどい時には、変身中に体がおかしくなっちゃって暫く戻れなくなるみたいな、最初でこけることもあるからさ。」

「…もしかしてとは思ってたんですが、変身の途中で眼を開けてたりしたら、かなり危険だったりします?」

「大丈夫だよ?慣れればね…」

「慣れないといけないんですか…」

「一瞬で変身できるわけじゃないんだ。想像してみなよ。手が無くなり、足が尾になり、体に鱗が現れ、舌が長くなっていく。自分の体、段々とヘビになっていくんだよ。」


あははは、とだけ笑って返してくる。僕もエスタフもドン引きだ。


「…教えてくださいよ。本当に、色々。」

「あはは、ごめんごめん、でも24時以降は本当にただの案内だから、安心していいよ。あと、気になってるみたいだから、ちゃんと全部説明もしてあげるから。」

「新人の指導って、毎回こんな感じなんですか?」


失礼とは分かっていながらも、上体を起こす力もなく、クロードはそのままライナスに尋ねる。


「才能のある奴もない奴も、いつか必ず失敗する。それが最初の失敗で、最後の失敗にならないように、失敗を教えてやることが俺の優しさだって。」


わからないと言ったふうに呆然としているとライナスは続ける。


「ジェスはね、とりあえず最悪挫折してもいいから、夢の怖さを経験させようって人だからね。厳しいよ。君たちが背負ってたリュックだって、本来は4階層以降で必要になる量の物資を想定してるからね。甘い教官なら今日は説明だけだったと思うよ。変身の仕方とか、その後のこととかなるべく説明してくれて失敗しないように丁寧に丁寧に…ってね。君たちは優秀だ。きっと今日の恐怖を乗り越えられると思ってるよ。挫折して、変身できなくなるってこともなければ、数日後には、2階層に入ってもいいだろうね。もちろん変身できなくなってもまた、ジェスや僕が助けてあげるよ。優しくね。」


メガネの奥の、ライナスの目の奥が光ったような気がした。この人は見かけによらずS気があるのかもしれない。怖いな…

そして今、聞き捨てならないことが聞こえた。…変身できなくなることもあるのか。なんてことしてくれたんだ。

エスタフは、ぜいぜいと息を切らし、ながら状態を何とか起こして、水を飲もうとする。ライナスは、申し訳ないといった顔をして、ポツリと言葉を紡ぐ。


「…ジェスはさ、これまで、色んなホルダーが帰って来なくて、ご家族とか、友人とかたくさん悲しんで、そう言うの見てるからどうしても厳しくなっちゃうだよ。ホルダーの仕事は夢があるし、実入りもいいけどみんな早死にだからね。」


ライナスは立ち上がり、寂しそう笑いに彼らを眺める。


「を期待してるよ。」


ライナスは、荷物を背負い、少し手を振ると背を向け歩き去る。


「エスタフ…僕、やっていけるのかなぁ…」

「クロード、俺も同じこと思ってた。」


************************************

こんにちは!やっと3話…プロットは作ってあるからそれ繋ぐのがもう大変…。


主人公くんのメインの話をやっと出せましたね。これから主人公という窓から、この世界をぜひ見ていってください。


今回は夜魔国、夢魔の世界の常識を一つお教えしましょう。

夢魔は基本的に一夫多妻制が多いです。逆に一妻多夫制も同様です。夢魔という生物は、基本的に狩猟の生物なので、より強いものがより多くの家族を養います。叔父、叔母、親戚まで収入の量によって、扶養する人数が増えるわけですね。身内に稼げる夢魔がいれば、結婚しなくても養ってもらえるわけです。


そういう意味では、今ある貴族は全て武官の出であると思ってください。夢の種子を持って帰る=稼げる、強いがかっこいいの世界なんですね。ただ、強さと言っても私たち人間とは違い、夢魔は筋力というより、想像力によってやれることが増えますから、そこは少し人間と違いますね。基本は才能の世界です。



それでは、3話完成!次でまた会いましょう

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