第6話 予行遠足
何事も準備が大事、と師匠はよく話している。
それは事実だろう。思いつくままに実験を進めて、ついうっかり爆発したりするさまを見ていると、多少は慎重になるべきだろうという気にもなる。
そんな
「今日は街道を進み、峠を越えてその先の宿営地まで。そこで一泊して折り返して戻って来る。宿営地への目標到着時刻は15時。余裕はあるが、気を引き締めて行こう」
旅の計画はヒイラギが立てた。あたしたちの中でまともに野宿経験があるのが彼だけだったからだ。
あたし? 師匠の旅は魔力で動く移動する家みたいな馬車モドキを使うから、まともに野営をした経験は無い。故郷はココよりずっと寒かったから防寒対策は気を使うけど、それ以外は分からない事も多い。経験不足はステータスでカバーだ。
「天気が良くて良かったね」
「タリアさんの話だと、数日は大丈夫なんじゃないかって言ってたしな!」
冬場のこの国は比較的晴れた日が多いらしい。
気温は低くなるが雪は降ったことが無いと聞いている。うらやましい限りだ。代わりに夏は中々に暑いらしいが、あたしには想像できない話だった。
あたしが先頭、タケルが二番手、最後尾を大きなリュックを背負ったヒイラギが歩く。
野営用の荷物は全てヒイラギのカバンの中。こうしてみるとガタイのいい魔術師はありがたいな。
今回準備してもらった装備は3つ。
一つ目は断熱と防水効果の付与されたシート。大きさは5メートルかける2メートルほどのものが2枚。これを敷くと地面からの寒さをしのぐことが出来る。効果時間は12時間で、MPを消費して再利用が可能だ。材料費が高すぎて、量産には向かない。
二つ目は同じく断熱防水が付与された天幕。大きいサイズの物と、小さいサイズのものがこれも2つ。男女で分けられるようにとの配慮で、組み立て式の支柱とペグがセットになっている。丈夫な木が近くに在れば、支柱は無くても使う事が出来るタイプらしい。
それからアルミナで出来た握りこぶし程の魔道具。錬金術の物とは違うから、師匠はエンチャントアイテムとか呼んでいる。起動すると徐々に周囲を温めてくれる。MPをチャージすることで動作し、火を使わなくてもお湯を沸かせる便利アイテムだ。
そのほか人数分の毛布と鍋一つ、それらの荷物は全部畳んでヒイラギが持ち、水と食料は各自に分散して持たせた。大事を取って五日分に相当する食料を用意するつもりだけれど、今のところリュックの中は重石だ。
これまでの近場の狩りと比べると荷物は多い。
ただ、ステータスを考えれば負担はほぼ無いと言っていいはず。魔物と戦う時についうっかりぶちまけない様に気を付けるくらいだろう。
農地を抜け、左右を森に囲まれた街道に入るまではいつも通り。
時間も早いためかすれ違う人はほどんどいない。カスミとヤエが居ることを想定して比較的ゆっくり歩いているが、後ろから追いつかれることも無いので、単に人が少ないのだろう。
「さすがに街道の側は魔物の気配も薄いなぁ」
索敵には引っかかるものの、こちらに向かってくる奴は皆無だ。
「おそらくだが、朝一でこの街道を使った冒険者や商隊が倒したんだと思う。僕がカサクまで来た時も、一番に街を出ると結構な頻度で魔物に襲われたから」
なるほど。
逆に言うと倒せるくらいの弱い魔物しか出ていないという事だろう。警戒すべき相手がいるなら、先行する旅人に追いつく可能性もあるな。
休憩を挟みつつ2時間ほど街道を進むと、だんだんと道が険しく、悪くなってくる。既にいくつかの分かれ道を過ぎた。
そろそろ村人の足で半日往復できる距離を過ぎる。お昼まではまだまだ時間があるし、こう歩いているだけだと暇だな。
「ペースは大丈夫?」
「俺は全然余裕だぜ」
「私も大丈夫だよ」
「僕も問題無い」
「さすがにのんびり歩き過ぎだと思うけど、少し上げるか?」
「……いや、後日カスミさんとヤエさんを連れて歩くなら、ペース配分には成れておいた方が良いと思う。アーニャさんは急ぎ過ぎるし、ゆっくり行こう。僕らも数日でステータスが上がっているけど、体力は変わっていないからね」
「……了解」
急ぎ過ぎるか。……否定は出来ねえな。
「暇なら魔物探そうぜ!アーニャの術なら寄ってくるんだろ?」
「移動中にわざわざ呼び寄せたりしないよ」
街道に呼び寄せるのは他の旅人の迷惑になるだろうし。
『歩きながらで構わないんだが、一つ訪ねても平気か?』
のんびり行くしかないかと思っていると、ヒイラギから
『どうしたんだよ。突然個別で?』
『聞いていいか分からなかったからな。アーニャさんの事だ』
『あたしの?』
『……まだレベルが一桁だと聞いていたけれど、僕が知っている斥候職と比べて能力が高すぎると思ってる。心当たりがあるけれど、隠しているようなら何も言わない』
『ああ、その話』
3人の前では抑え気味にしているけれど、確かにあたしの能力は一般的な1次職を軽く超えている。
ただこれは師匠がパワーレベリングをした結果なので、あたしの能力と胸を張って言えるかは微妙なところ。
魔物を倒せばレベルは上がる。でもレベルアップで上がらない能力もある。スキルに対する知識や、魔物の特徴と言った経験的な物だ。そういう物を得るために、こうして修行に出されているわけだ。
『……普通よりちょっと強い、くらいに思っておいてくれないか。あたしに頼られても困るし、それくらいで良いだろ?』
『……わかりました』
こうして知り合ったのは縁が会ったって事なんだろうけど、何処までかかわるかはまた別の話。カスミとヤエの誘拐犯が絡んでこなければ、今のままでも十分だろう。
あたしの回答で聞き分けてくれたのだろう。ヒイラギはそれ以上質問してこなかった。
「むぅ……歩いているだけなのに腹が減ってきた」
街を出てから四時間以上、早くも一日3食の食事に慣れ始めたタケルがそうぼやき始めた。後小一時間で12時になるかな。MPの回復具合から時間を測っているけど、タケルの腹時計も結構正確な様だ。
「もう少し言ったら開けた場所があるはずだ。そこで休憩にしよう」
ボラケ皇国が納めるこの島は大陸に比べれば小さいものだが、それでも首都から次の宿場町へは
街道を外れたところには林業や農業で生計を立てている村があるが、寄り道になる上に宿代が高いから使いたくない、というのがヒイラギの言い分。
あたしは街道に宿場町を作れよって思うのだけれど、大きな街の近くは余り需要が無く、しかも近隣の村の反対もあって整備されづらいらしい。
街から街へ頻繁に移動するような人種はレベルが高く、野営を回避したければ踏破できなくもない。逆にそれくらいの能力か懐の余裕が無ければ、街から街へ旅をするのは難しいという事なのだろう。
広場に着くと、休憩をしている冒険者らしき一団が目に入った。首都の方へ向かうのだろう。軽く頭を下げて、少し離れたところに腰を下ろす。
防水断熱シートは便利だな。
「思いのほか順調だな。これなら予定より早く着きそうだ」
「俺は順調すぎて退屈だぜ。魔物でも出ねぇかな?」
「戦いに来てるわけじゃないんだから、平和が一番だよ」
まさにその通りなのだが、タケルの言い分もわからなくは無い。もしカスミとヤエが居る時に襲われたら、彼女たちを守りながら戦わなきゃいけないわけで、そう言う訓練もしておくべきかもしれない。
……いや、むしろあたしがタケルたちを守りつつ戦う想定をしておくべきなのか?
悩むな。師匠もこんな感じなのだろうか。
最悪の事態何ていくらでも起こりえるし、あたしが師匠程戦えるかというと無理だし、でも出来ることは自分でやらなきゃなんない。
やっぱり師匠や姉さんたちに甘えてたんだな。
日暮れの2時間ほど前に予定通りの時間に宿営地に到着して、野営の準備を始める。
以前の宿営者が使ったであろう落ちている石をくみ上げて炉を作り、周囲の森から燃料となる柴を集めて火を起こす。
風よけに天幕を張り、湯を沸かして一息ついたころには空が茜色に染まり始めていた。
「この簡易天幕は良いな。ちょっと組み立てが難しいが、慣れれば出来ない事は無いし、近くに木が無くても張ることができる」
「それに中は結構暖かいよ」
「さすがに日が暮れたら冷えるからな。……しっかし、いくらするんだろうな?」
「試作品って言ってたからなぁ。普通に1000Gとか2000Gとかしそうだけど、詳しくは分かんない」
防水や断熱はエンチャントなので使い捨てらしいが、そもそも布は結構高いはずなんだよな。単純な構造ではあるけど、組み立て式の支柱も珍しい。
うっかり無くすと魔物に変わりかねないから気を付けないと。
後は晩飯の準備をして、今日の予定は完了かな。思いのほか早く片付いた。
「ねえ、この宿営地、わたしたち以外に使う人いないのかな?」
さて、米を煮込もうかという段階になって、一緒に準備していたコノハがそんな事を訊いてきた。
「私たちより後から来た人たちが、急ぎ足で進んでいったよね」
「ああ、一組だけいたな。ヒイラギの話だと、急ぎ足で進めばあたしたちが着いた頃合からでも村まで行けたらしいから、野宿を避けたんだろ」
誰だって村で宿が取れるならそれを選ぶ。
子供連れでの移動は確実に動きが悪くなるから、それを踏まえて野営の予行練習をしているけど、そんな事をする奴はめったにいないだろう。
「首都近郊の宿営地はほとんど使われて居ないらしい。魔物が多い地域に近いわけでもないし、冒険者にしろ商人にしろ、計画的に進めば村に当たる。ここを使うのは、郊外から来る急ぎの者くらいらしい」
「周りを気にしなくていい方が気が楽じゃん」
追加の燃料を運んできたヒイラギとタケルも話に混ざる。
「タケルの言う事ももっともだな。特にあの天幕などは、僕たちが持つにはちょっと豪勢に見えるだろう。難癖をつけて来る者がいないとも限らない」
まぁ、変なのに絡まれるリスクは低いよな。
「そうは言っても、人目が無い方が良いかは微妙だけどな」
「うん。悪い人たちがこの近辺で活動してるんでしょ。大丈夫かなって」
コノハの言いたい事も分からなくはない。
駆け出しに見えると言っても、武装した冒険者集団を襲うようなのはそう居ないけどらしいけど、あたしも実際にはよくわからない。
……ただ、ヒイラギが入ったおかげで襲いづらくはなった気がする。めっちゃデカくて怖いもん。
「そう言うのにも警戒するのも含めて、今回の訓練だからね」
それに、隣で野営をしていた一団が実は賊だった、って可能性もあるから、人目があったって警戒は緩められない。
「心配したって始まらねぇよ。さっさと飯にしようぜ」
「その通りだけど、タケルっ、生木を入れんじゃねぇよ」
「やっべ、乾いてなかったか」
放り込まれた薪からモクモクと白い煙が上がる。
煙いし、温度も下がるっぽいし良い事がない。
「……野営も大変だな」
「焚き木拾いとかやるだろ普通」
あたしの暮らしていた孤児院じゃ、春から秋にかけては燃料節約のための小枝集めは子供たちの仕事だった。冬は雪が積もるから無理だけど。
「薪割はやるけど、こういう風に飯焚きをするのはギルドの講習以来なんだよ」
「すまない。僕もなんだ」
「わたしも。それ以外だと家で
……練習に来ておいてよかったな。
かく言うあたしだって、本格的な野営の経験は少ない。準備が大事って師匠の言葉が身に染みるぜ。
「……まぁ、こんなもんか。まずは飯にしよう」
「やったぜ!」
今日の夕食は雑炊だ。具材は乾燥戻し野菜のみ。師匠が作った粉末だしと、ここボラケをはじめとした群島でよく使われる調味料――醤油と言うらしい。あたしには馴染みがない――で味を調えている。
「……いただきます」
両手を合わせて頂きます。師匠がやっているので、うちのパーティでは何となくそう言う風になった。
他の三人は不思議そうに見ている。あたしはコレ、嫌いじゃあないけど、神に祈る方がやっぱり一般的だよな。
「……うめぇ!」
速攻かっ込んだタケルが叫ぶ。
あたしも木製のスプーンで口に運ぶと、良い香りと共に独特の風味がある塩っ気が口の中に広がる。
うん、ぼちぼち。お米は柔らかく煮えてる。しかし物足りないな。肉が食いてぇ。
「美味しいね」
「ああ、美味しいな。野営でもこんな美味いものが作れるのか」
三人には好評なようだ。
こうなると、高々数ヶ月であたしも贅沢になったって事だよなぁ。師匠の食べ物にかける情熱はちょっとおかしいから、自重しないと。
「魚の出汁の味がするが、海のものが入っているわけではないな。どう言うことだ?」
「お、わかるのか。師匠が作った粉末出汁ってのを入れているんだぜ。軽くて持ち歩きに便利、しかも料理が美味くなる」
香りが良くなるからって、師匠が好きなんだ。師匠の国は、きっと海の側なんだろう。
「それは……すごいな。画期的じゃないか?市中で聞いたことがない」
「錬金術師のスキルを使えば、比較的簡単に作れるって言ってたな」
魚の骨を乾燥させてから炙り、北の方で取れる乾物――海藻らしい――と一緒に粉砕して混ぜ合わせればいいらしい。
作るのは簡単んだが、カビが生えないように保存するのが難しいから売りづらいと嘆いていた。密閉できるガラス瓶の価格が商品の大半の値段になっちゃうとかなんとか。
「アーニャさんと話していると、それだけで一財なせそうな物がぽんぽん出てくるのが怖いな」
「それはあたしも同じだから、師匠のせいだな」
そもそも師匠の目的はお金稼ぎじゃんなくて魔王を倒すことらしいから、必要なら稼ぐしくらいしか考えてないらしい。むしろ今はレベル上げのために経験値?を稼ぎたいとか言っている。
与太話をしながら鍋を空にした頃には、日もとっぷり暮れて辺りは暗くなっていた。
冬だからか、時折、鳥の鳴く声が聞こえる程度で森の中は静かだ。
焚き木の炎と
近くに魔物は居ないのか、
しかし、それにしたって寝るには早い時間。
あたしは天幕脇の見通しの良い場所で、少しだけ体を動かそうと剣を抜いた。いつもの素振りと型、そのあとは魔力操作の練習だ。
「これからやるのかよ」
「日課だし、疲れない程度にはさ。休んでもいいけど、手持無沙汰じゃん」
軽く素振りを始めると、すぐにタケルがやってきた。どうも気になるらしい。
この間、訓練場で一対一で模擬戦をしたときに軽くあしらったから、そのせいかな
。
「……なんか、ちょっと素振り遅くねぇか?」
こちらを眺めていたタケルは、少ししてそんなことを聞いてきた。
よく見ているなぁ。確かに、遅いと感じるのは正しい。あたしは技とゆっくり全力で素振りをしていた。
「身体の中のな、魔力を抑え込んで動いてるんだ」
「……はぁ?」
「成人したりレベルが上がったりで、ステータスが上がってるだろ。普段意識しなくても、あたしたちはそのステータスで動いてる。それを抑え込んで、自分の身体の素の力だけで剣を振ってるから、遅く見えるんだよ」
体格から言えば、あたしは間違いなく力のある方じゃない。ステータスはそれをカバーしてくれるけど、実際の肉体的能力はたかが知れている。
それを底上げすることで、ステータスを反映したときにより大きな力が振るえる……ようになったら良いなぁ、という目論見のトレーニングらしい。
師匠が言ってる話だから、あたしも完全には理解していない。
「???」
「あ、その顔は分かってないな」
「ああ、だからもう少しわかりやすく説明してくれ」
「……知りたいのか?」
「負けっぱなしで黙っていられるかよ」
「そっちの二人も?」
天幕の陰からこっそり様子をうかがっている二人に声をかける。
「あはは、バレてた」
「すまない。盗み見するつもりはなかったんだが、気になってしまって」
「別にいいよ。隠しているわけじゃないし……でも、聞きたいならちゃんと説明するぞ」
中途半端はよくないらしい。
「聞きたい!教えてくれ、いやください!」
タケルが元気よく答えた。
「わたしも聞いていいかな」
「アーニャさんが何を見ているのか、教えてくれるならありがたい」
コノハとヒイラギも頷く。
「……おっけー。じゃあ、寝るまでの間は座学と実習だな」
師匠の受け売りだけど、
さて何から説明したものか。
3人とともに焚火を囲んで、あたしはそう思案を巡らせたのだった。
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更新期間が開いてしまい申し訳ないです。やはり2作品並列投稿は厳しいですね。
師匠たちとの冒険は、既に408話まで掲載中です。下記と合わせて応援よろしくお願いいたします!
俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~
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