第4話 レベル上げと森の奥の不審者たち
あたしたちは半時ほど休憩をした後、森の中の探索を再開した。
人の手は入っているけど、植樹で形成された林では無く天然の森林だ。先に進めば進むほど山になり起伏も増える。首都の近くはそこまで高い山は無いが、それでも高低差は大きい。スキルが有るので迷わないけど、足場ばかりはどうにもならないので気を付けながら進もう。
「コノハ、初撃は思いっきり投げて良い!タケルはちゃんと引き付けて!」
コノハのレベル上げのため、投石と打撃でダメージを稼ぐ。これが結構難しい。
投石は訓練場で少し練習してマシになったが、杖での打撃はまだまだ。魔物に気後れすることは無いし、ステータスから言えば一般職を取った男と比べて力が弱いなんてこともない。それでも手間取るのは、単純に装備の攻撃力が足りてないからだ。
武器を金属製のメイスか、タケルのように刃物にすれば攻撃力不足は解消するのだけれど……お金は無いよな。
タケルの刀、コノハの杖ともに実家からの持ち出し。ヒイラギの金棒もそうらしい。
成人したばかりの
「やった!レベルが上がったよ!」
これでコノハのレベルが8。
「スキルは何を覚えた?」
「えっとね、
「お、名前からして攻撃魔術か?」
「おそらく神聖魔術系統のバレット系だな。MPがあるなら試してみると良いんじゃないか」
「おっけー。近くに居るのを釣って来る」
幸い魔物の反応は多い。すぐに大鼠が見つかったので、3人の所へ誘導する。
「
コノハが魔術を発動するが、鼠には当たらず、近くの地面を削った。
やっぱり初めてで動く小さな的に当てるのは難しいか。
「むぅ……
2発目はヒット。でも倒し切れず転がるだけだ。
「ヒイラギも
「ああ、
こっちは練習の差が出たか、起き上がって向かって来ようとしていた大鼠を捕らえて、見事に倒した。
威力的にもヒイラギの
「むぅ……難しいね」
「街に戻ったら、訓練場で練習しようぜ。コノハは
バレット系の消費MPは5。
今2発撃ったから、10分ほどは休憩だ。
「遠距離攻撃良いな」
「タケルももうすぐ覚えると思うぜ」
侍も飛翔斬という名前の遠距離攻撃スキルがある。振りぬいた剣の斬撃を飛ばすスキルで、コストが安く使い勝手いい。10レベルとかで使えるようになるはず。
そろそろ20Gとか30Gくらいの魔物をメインにしたいのだけれど、秋の味覚も回収し終えた冬の森じゃ、なかなか都合のいい強さの魔物は居ないかな。
それからしばらくは、短めの休憩を挟みながら森の奥へ進む。
あたしの索敵範囲だと、そんなに強力な魔物は多くない。ほとんどは10G以下、たまにそれを超えるのもいるけど、20Gには届かない。
それでもヒイラギのレベル稼ぎには十分だったようで、本日3回目のレベルアップで魔術師5レベルに成った。ちょっとパワーレベリング気味だけど、彼の身体能力を考えたら順当だろう。
そうして日は高く昇り切り、そろそろ街へ戻ろうかと言うころ、ふと、索敵で違和感を感じた。
『近くに他のパーティーが居る』
『急にどうした?
『動きが怪しいんだ。そう遠くない所をうろちょろしているんだけど、こっちの様子をうかがっているように見える』
冒険者のパーティーなら、普通は互いに鉢合わせしない様に動く。
もし困っていて救助が必要なら、
『どうしよう、強盗とかかな?』
『この辺りで強盗、野党の類の話は聞かないな。冒険者の行方不明者も出ていないだろう?』
『あたしたちがその第1例にならないとも限らないし、ギルド職員が全員味方とも限らないけど……ちょっと探りを入れてみようか』
『あぶなくない?』
『あぶなそうなら逃げるよ』
周囲をうろちょろしている奴ら、多分あたしたちが気づいている事に気づいていない。索敵範囲はあたしの方が上。相手の斥候はおそらく20レベル代かそんなところだろう。
まず詠唱魔術で
人数は3人。全員成人しているものの、おそらく1次職中盤程度の能力。感知能力は……あるな。サーチが発動したとたん、あたしたちから離れるように動き出した。
……見えないから分からないけど、前衛、斥候、魔術師の3人って所かな。
そのままマジックアイテムを使って、師匠の
索敵範囲はおよそ半径1キロ。広すぎて遠方から魔力知覚能力の有る魔物を呼び寄せちゃうので、常時は使えない。
流石に範囲が広いな。この範囲だと20G以上の魔物も引っかかる。
近くに冒険者のパーティーらしき反応は……あの3人だけだけど、それ以外にちょっと気になる反応が3つ。……一つは成人だが、もう2つは未成年と思われる魔力反応。こんな森の奥に居るのはちょっとおかしい。
『森の奥に未成年らしき反応が2つ。こういうのは人さらいの拠点って相場が決まってるんだけど、どうしよう』
『ええ!?』
『どうしようって、どうすんだよ』
『様子を見て、実際そうなら助ける、かな』
距離は1キロ無いくらいだけど、高さが100メートル以上昇っている。ちょっと確認するのも一苦労だ。
『街に戻ってギルドに相談した方がいいのではないか?』
『そうしたいんだけど、もし近くにいた冒険者と関係があったらその間に逃げられるかもしれない』
『けどその前に魔物が釣れた。しかも50Gを越えてるのが、そっちから2、こっちから1、んであっちから3くる。その順で時間差あり』
怪しげな奴らが200メートル以上離れたからサーチは切ったが、魔物は向かってくるだろうな。全員じゃ隠れるのも難しい。
『マジかよ。どうすんだ!?』
『そりゃ倒すだろ。タケル、ヒイラギ、迎撃準備!びびんじゃねぇぞ!』
最初に飛び出してきたのは猿の魔物だ。サイズは1メートルくらいある。でかいな。
ちょっと強めの投石で到達の順番をずらす。
『ヒイラギ、引き付けてバレット!タケルはバレットが当たったら全力で切って、その後ヒイラギの所まで引く!』
「
ギリギリまで引き付けてからの魔術がタケルの脇をすり抜けて猿の魔物にぶち当たる。不生き飛ばすほどの威力は無いが、動きを止めるには十分な一撃だ。
「うぉぉ!
そこにタケルの一撃が入る。ばっさり切り裂かれた猿の魔物があっさりドロップ品に変わる。よし!
『下がって!ヒイラギ思いっきり振り下ろせ!3,2、1,今!』
飛び掛かってきた猿の魔物めがけて、ヒイラギが金棒を思いっきり叩きつける。
質量を伴った一撃が敵の骨を砕き、すりつぶす。これに耐えられる耐久力は50G程度の魔物にはない。
『コノハ、バレットをそっちのに!』
次に来たのは猪型の魔物。サイズもそれくらいで、突進しか能のない奴だけど、防御型前衛が居ないこのメンバーだと結構厄介。
「う、うん!
コノハが放った一撃は近くの地面を削った。まだ慣れてないか。
「
猪の正面にトラップスキルを発動。こいつは効果範囲に入った相手に、動きを阻害する紐の罠を絡みつかせて行動を阻害するスキルだ。
こちらに向かって来ていた猪は足を縺れさせてバランスを崩す。
「
「
コノハとヒイラギの魔術が当たる。ヒイラギは近距離で威力の高いらしい
しかしちょいとタフだ。本物の猪ほどタフでは無いだろうけど、このままスキルで削るのはMP的に重いか。コノハの経験値を稼ぎたいけど、次があるから倒してしまおう。
「
投擲した物を衝撃波を放つ爆弾に変えるスキル。
……いや、思いのほか威力が高い。
『凄い威力だな!』
『……二人がHPを減らしておいてくれたおかげだよ。次が来るぜ』
最後に森の奥から顔を出したのは、この国では餓鬼と呼ばれるゴブリンモドキだ。あたしの知っているゴブリンと比べると、浅黒くて腹が出ており、牙がある。
武器は堅そうな木の棒。加工されている感じではないから、多分そこらで拾ったものだろう。防具は腰巻だけ。……魔物も股間は隠すのだけど何でだろう。チ●チ●なんてついていやしないだろうに。
『タケルとヒイラギで一匹づつ。もう一匹は罠で止めとく』
『僕は魔術師なんだけど』
『殴ったほうが強いうちは魔術師とは言わねぇ』
スキル・
「くっ」「うわぁっ!」
タケルとヒイラギがそれぞれ接敵しているな。タケルの方には積極的に仕掛けているが、ヒイラギの相手は警戒してにらみ合っている。タッパの差か。
『剣で棍棒を受けんなよ!かけるぞ』
『分かってるけどよ!』
『私が!
コノハの魔術が当たって敵は一歩後退。ヒイラギの相手を投石で援護しつつ、全体を把握。他に接近する魔物は無い。……サーチを起動。大丈夫、100メートル範囲内に気になる反応は無し。
「このっ!」
タケルとコノハは二人で何とかしのいでいる。タケルがレベルが上がってステータスが伸びている恩恵が大きい。ただ、まだ敵の攻撃を避けて反撃できるほどではないか。
先にヒイラギの方を何とかしてしまおう。
『ヒイラギ!踏み込んで振り下ろし!たぶん避けられるから、同時に
『っ、そんなこと言われても』
『大丈夫、サポートはする!そんなの、さっきの猿と変わらないさ!』
人型の魔物に気後れするってのは話に聞いたことはある。あたしはそんなこと気にしている余裕はなかった。性格的に向いてないってのもあるかも知れない。でも、人は魔物と戦う力を神様からもらっている。苦手意識だけなら、きっと克服できる。
「くっ!このぉっ!」
踏み込んだ振り下ろしの一撃。餓鬼はそれを横っ飛びで避ける。
ヒイラギの金棒は重いから、剣と違って即座にというわけには行かない。当然、棍棒を振り上げて飛び掛かって来る。
『
あたしには魔力の動きで発動が分かる。
不安定な空中で
「こいつっ!」
そこにもう一度、金棒が振り下ろされる。
捕らえたのは胴体だったけど、肉がぐちゃりと潰れる音がして、餓鬼はぴくぴくと痙攣するとやがて光の粒子となって消えた。これで残り2。一匹はつられているから、実質残り1か。
「
タケルの横凪を、餓鬼が棍棒の太い所でガードする。だけど受け止めたはずの刃は消え、振り抜けている。防御されても振り抜けるスキルか。あれは槍用のスキルだっけ。
「
返す刃が再度、横凪に餓鬼を襲うが、餓鬼はこれをしゃがんで避ける。でもその刃はぼろしだ。気づいた時には大上段から、タケルの刃が振り下ろされている。
「ぐぎぇ!?」
顔面から斜めに斬撃が決まる。でも倒し切れてない。致命傷に近いだろうが、最後の一瞬まで魔物は止まらない。のど元を狙って棍棒を突き出してくる。投石、間に合うか!?
バックステップで後退するタケルに、餓鬼の最後の一撃が迫るが……。
「
斜め後ろからコノハの魔術が決まって、それがダメ押しになった。2匹目の餓鬼も霞となって消えた。
「げぎゃ!ぎゃぎゃぎゃっ!」
んで、残っているのはあたしのスキルに引っかかって釣り上げられた1匹だけだ。
「ええっと……コノハ、剣を貸すからバッサリやっちゃって」
「え、いいの?」
「いいからいいから。拘束が消えないうちに」
あたしが使ってるショートソードをコノハに渡す。これは師匠が作ってくれた魔剣の一種だ。切れ味と耐久力が強化されている。
「えい!……え?」
コノハが成れない手つきで剣を振ると、餓鬼は真っ二つに成って消えた。
「ええ、ウソだろ?」
「すっごい簡単に斬れたよ!?」
「師匠の作った武器だからな。強いだろ」
駆け出し冒険者が持つには過ぎた武器だし、これに頼ってレベル上げしても実力が着いて来ないから貸したりしないつもりだったが、今は急ぎなので仕方ない。
「……マジかよ。その剣そんなに斬れるのか」
「あたしの武器については後だ、あと。それより、さっきの森の中の反応、確かめに行く。大丈夫か?」
「俺、もうMPが無い」
「わたしも
「僕はもう少しあるけど、心もとない」
「……魔物は避ける。ここで
「大丈夫だけど……ほんとに行くのか?」
「行く。危険が無いとは言えないけど……最悪、あたしだけでも確かめに行く」
三人を置いていくという選択肢もある。
「……わかった、行こう。MPは歩きながらでも回復するしな」
「……ありがとう」
あたしたちは森の中を登る方向に歩き出した。
………………。
…………。
……。
あたしには一つ下の弟がいる。
名前はウェイン。あたしが物心つく前に孤児院の前に捨てられたその日、同じように捨てられていた血のつながらない弟。
その弟は半年ほど前、奴隷商人に連れ去られてあたしの前からいなくなった。師匠と出会わなかったら、あたしたちも誰かに売られるか、潰された孤児院の地下で飢え死にをしていたところだっただろう。
あたしは師匠に弟を連れ去った奴隷商人を探すため、鍛えてくれとお願いした。でも師匠は自分の目的にウェインを探すことを加えて、あたしの訓練をしながら、奴隷商を追っかけて東群島までやってきたのだ。
こことは違う別の島国でウェインと一瞬再開することは出来たのだけど、何の因果かあいつは邪教徒と呼ばれる魔王信奉者と一緒になって、大陸の遥か西の方までまた連れて行かれてしまった。
その後も色々あってすぐに追いかけることが出来なかったから、この国であたしは冒険者のランクを上げるための仕事をしてる。
……そんなあたしだから、森の中で見たいるはずのない魔力反応を、確かめずにはいられなかった。
『大丈夫、周りには誰もいない。
山の中腹、うまく木々の合間に隠れた山小屋には、やはり未成年と思しき小さな魔力の反応がある。距離は80メートルくらい。一人大人の反応があるだけで、それ以外に人の気配はない。
『ひとりで大丈夫?』
『大丈夫。相手はサーチに気づかないような奴だしね。それにあたしの剣で切ったらまっぷだつだぜ』
『あはは、そうだね。相手の心配をしなきゃだね』
そう言って笑うコノハから、タケルとヒイラギの二人に視線を向けてうなづく。
こっからはあたしが、あたしの我儘で首を突っ込む話だ。
山小屋は森の中に偽装されているようで、大きな木の陰に隠れるように立っていた。どこかで見た光景だ。
その小屋の前で、一人の男が暇そうにしている。年齢は30代の半ばくらいか、無精ひげが酷く、あまりいい身なりじゃないな。持っているのは槍。戦闘職だろうか。防具は革の胸当てを付けているだけで、実力者という身なりでもない。
「ん、なんだおまえ?」
わざと気づかれるように近づく。こいつにも聞きたいことが有る。
「あれ?魔人様はまだ来てないのかい?」
「あ?何言ってんだ?」
……この反応、邪教徒じゃないか。
「んじゃ、誤解だったらごめんな」
「は?」
あたしは一気に距離を詰めると、投石で呼び出した礫を2つ、顔と太ももめがけて投げつける。
「な!てめぇ!」
男は咄嗟にその一つを槍で弾くが、太ももの方は直撃。さらにあたしに間合いの中に入らせるって愚行を犯した。……まぁ、アレを両方躱せない程度なら仕方ない。
「がっ……」
槍を掴んで引き寄せ、相手の顎にスキルの乗った拳を叩き込む。それで終わり。スキルによって意識を刈り取られた男は膝から崩れ落ちた。
「よし……魔力反応も大丈夫」
3人にもう少し近づくように念話を送って、小屋へ向き直る。
中には二人の反応。鍵は外からかかっている。魔力の反応はない。……物理的な罠は分からないな。
一応ノックをしてみるが、中からの応答はない。
えっと……警戒すべきは鱗粉やガス系の罠かな?レベルアップで得られる罠知識が、警戒すべきものを教えてくれる。
……面倒だな。壁を壊すか。丸太小屋なら、力業の方が速い。
あたしは中の二人から少し離れた壁に向けて剣を構えると、壁に向かって剣を突き刺す。さすがにバターみたいに切れるなんてことは無いけど、ちゃんと突き刺さった。
突き刺さった剣から、木の内部に向けて魔術を発動。
逃げ場のない衝撃が、丸太小屋の壁を吹き飛ばす。もういっちょ……これで通れる穴が開いたか。
「
窓のない小屋の中は暗い。
それを明かりの魔術で照らすと、部屋の奥、藁が積み上げられた一角で、手かせ足かせをはめられた二人の少女が、おびえた表情でこちらを見ていた。
……はい、ビンゴ。
これが、あたしがこの国で抱え込んだ厄介事の始まりだった。
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