第2話 森での狩りと巨漢の新人
二人に臨時パーティーに誘われた翌日、あたしたちは昨日よりさらに森の奥を探索していた。
「うぉぉぉぉっ!
タケルが振るった刀は見事に餓鬼を捕らえ、その頭をかち割ってかりそめの身体をドロップ品へと返した。
「横から次が来てんぞ!」
「分かってる!」
角うさぎの突進を転がるようにして回避すると、すぐに体制を立て直す。
不格好だけどギリギリ形に成ってるな。そう思いながらこちらに向かってきた
「コノハ、思いっきり振り抜け!」
「うん!」
彼女の振るった杖が魔物の腹を捕らえ、横方向に飛んで転がる。倒し切れては居ないけど、すぐには起きてないな。
タケルに突っ込む角うさぎに投石を当てて再度牽制。タケルが振るった刀は頭を捕らえたが、硬い頭蓋骨に阻まれたのか一撃では倒せなかった。なるほど、頭は急所っぽいけど、力が足らないとああなるのか。
「えいっ!このっ!」
コノハが
横凪に振るった刀が前足を捕らえるが、角うさぎが止まらない。っ!あれはあぶな!
「いてぇ!」
タケルはギリギリで避けようとするが、角が腕をかすめ、しかも足がもつれてそのまま押し倒される。
「こんにゃろ!」
思わず思いっきり投石をすると、石はうさぎの身体をぶち抜いて吹き飛ばした。
やっべ、力加減ミスった!
幸いにして倒れたタケルも、コノハも注目していなかったらしい。魔物は倒したからとりあえずオッケー。
「コノハ、タケルに
「タケル!大丈夫!?」
「ああ、ちょっと掠めただけだ」
効果範囲内に敵が居ない事を確認して、
直径は10メートルくらいで、どんなに強い魔物でも防いでくれるうえ、MPの消費も無い。もちろん欠点もあって、1日に8時間しか使用できないし、魔物は防いでくれるけど、投石のような物理攻撃は防げない。それでも一時的に安全地帯を得られるこのスキルは、こういう時には破格の性能だ。
未成年だった頃には使えなかったから、初めてありがたみが分かる。
「悪い、今のはもうちょっとフォローできた」
「いちいち謝るんじゃねぇよ。俺が弱いみたいじゃねぇか」
「そうは言わねえけどさ。怪我はない方がいいだろ」
「わたしも、危なくないほうが良いよぉ」
思うところがあって全力で戦ってないあたしが、判断誤って二人を危険にさらしちゃいないほうが良い。
顔には出さない様に反省しつつ、地面に腰を下ろして一息ついた。タケルの怪我は問題なさそう。傷は
「餓鬼に角兎だろ。ガガンボのドロップもそれなりだし、その前も餓鬼と犬を倒したよな。結構良い稼ぎじゃないか?」
「ああ、うん。それなりだよ」
タケルは自分の怪我より稼ぎの方が気になるらしいな。気持ちはわかるぜ。
昨日は昼から3時間ほど森を探索して、山菜やキノコ、それに寒いこの時期にしか育たない薬草などを収集して30Gほど。それに魔物のドロップを併せてトータルで100Gほどの稼ぎになっていた。
それまでは二人が一日活動して50Gが良い所。首都で泊っている宿代を払えば生活に使える金額は微々たるものだったらしいが、それが半分ほどの時間でいつも以上に稼げたのだ。ある意味浮足立っている。
「今日は餓鬼から壊れた農具、あとは木の実、キノコ、後はよく分からない木材だな」
農具は鉄だろうから分かるんだけど、この木材は何だろう。大きさ的には割る前の薪木、結構重くて持ち運びが面倒そうだ。
「角うさぎはそのまま兎だったな。これも結構な値になるんじゃないか」
「うん。ギルドで買い取ってもらえば、10Gは超えるはずだよ。もしかしたら最高値更新かも!」
「やったな!……でも、持ち歩くのもちょっと大変だな」
「ああ、それならいいスキルがあるよ」
あたしは目印になりそうな木を選ぶと、
1メートルくらいの穴を掘ったら、袋に入れたドロップアイテムを穴の中に入れて、今度は
「
見た目はただの木箱。魔物に見つからなくても、他の冒険者が見つけたら開けられてしまう。なので取り合えず埋める。穴を掘ったら埋めるのは重要と、師匠も言っていた。
「こうして、後で取りにくればいい。持てなくなったら翌日でも大丈夫だぜ」
「
レベル一桁で覚えるスキルじゃないんだけど、きっとわからないから大丈夫。
あたしも侍や
「それより、ここから先どうする?森の感じがちょっと違うんだけどさ」
森のさらに奥に視線を向けると、手前までとは明らかに雰囲気が違う。
こちら側は何と言うか、木々が整然と並んでいて、しかもまっすぐな木が多い。それが視線の先の森は曲がりくねった広葉樹が多く、その間には明らかに異質な雰囲気がある。
「ああ、手前側が植林した森で、奥はまだ切り開いていない森らしい」
「奥の方が強い魔物が多いから、経験の浅いパーティーはこの管理された森に出てきた魔物と戦うんだよ」
「へぇ……なるほどな」
あたしの索敵でも、確かにここから先に行くと魔物が増える。ドロップの価値も高そうだけど、その分強い魔物を相手にしなきゃならないと危険だな。
でも、強い魔物と戦わないと稼ぎは増えないし、レベルも上がらない。ちょうどいいクラスがホイホイ居たりしないし、気になることもある。どうしようかな。
「……アーニャちゃんは無茶しすぎだと思うよ」
あたしの考えを読んだのか、コノハが小声でたしなめる。分かってはいるんだけどね。
あたしの目標は、当面冒険者ギルドのランク2になることだ。
ギルドのランクは、実力はもとよりギルドへの貢献度を示す指標であり、すなわち信頼度に当たる。このギルドランクは職業のレベルが高いだけでは上がらない。魔物を倒して、そのドロップをギルドに売却してギルドに利益をもたらすとか、依頼を受けて成果を上げるとかが必要になる。
あたしの職業レベルは二人に伝えているよりかなり高い。このレベルを基準にすると、1日の食事代にはちょっと足らない10Gくらいの魔物をいくら倒しても貢献度として認めてもらえない。
どんな方法でも魔物を倒していけばレベルが上がり、レベルを上げればステータスが伸びる。つまり、捕らえた魔物を殴り倒すだけでも強くは成れるのだ。そしてステータスが高ければ、価値の低い魔物は簡単に狩れる。けれどそれは他の駆け出し冒険者の成長を阻害することに他ならない。だからレベルに応じた成果が求められる。
「俺は平気だぜ。レベルも上がったし、こんなの無茶なもんか」
タケルとコノハは昨日から1レベルづつ上がっている。多分だけど、結構早い。
普通の冒険者は1日に何度も命がけの戦いをしないからだ。二人の実力だと、遭遇戦で10Gくらいと何度も戦うのは精神的な負担が大きいと思う。
「森の縁に沿って歩くくらいで様子を見よう。ちょっと奥まで索敵もしてみたいんだ」
気になるのは、さっき倒した角うさぎのドロップである野兎。
絞めて血抜きをされ、内臓が取り除かれた兎は明らかに人の手が入っている。
魔物の発生には2パターンあって、一つは価値ある物が魔王の魔力によって魔物に変わる自然発生型。これは森の木の実とか、自然物が魔物に変わるパターンで、魔物自体の価値は低く、力も弱い。大きな価値を持つものを自然に魔物化するほどの力は魔王にもないらしい。
もう一つは、価値をため込んだ魔物が召喚士と呼ばれるタイプになって、価値のある物を魔物に変える方法。強い魔物はこのタイプが多いらしい。
さっきの野兎は、野兎の死体では無く処理された肉と皮の塊だった。
人が処理した物が、何らかの理由で持って帰れずに魔物化したか……それとも、野兎を処理して魔物化した召喚士が居るのか。
どっちにしても、注意はしておいたほうが良いはずだ。
自然の森との境界に近づくと、やはり奥は魔物の反応が多い気がする。
あたしの索敵スキルは、主に視覚と聴覚だよりだ。主だったスキルはパッシブなのでノーコスト。さらに
「……奥の森からこっちに出てきてる魔物ばっかりだな。このまま森沿いに移動しながら、釣れる手ごろなのが居れば釣ってみよう」
人型は仲間を呼ぶから危ないかもな。
あたしの索敵範囲外から来るとは思えないけど、注意しておくことに越したことは無い。
森の境界に沿って慎重に進む。手前は冬場だからか下草少なくて歩きやすいけど、奥はそれなりだなぁ。きっと夏なら蔦が茂ってろくに視界も確保できないんじゃないか。歩いてみるとそれなりに傾斜があって、結構歩きづらい。あたしは良くても、二人は手間取っている。靴の問題もあるかな。
魔物と戦う時は少し戻って、周囲に注意しながら戦ってもらう。ムササビの魔物、トカゲの魔物、いつもの大鼠など、そんなに強いのはいない。二人とも飛び回るのが苦手だから、そう言うのはあたしが処理する。斥候職はDEXやAGIが高いので、そんな怪しい動きではないはずだ。
「ねえ、あの木って
奥の森を見ていたコノハが、少し奥に入った所にある気を指さした。
目を凝らしてみると、どうやら緑色の実がいくつかついているように見える。
「ほんとだ、あの感じは柑橘の木だな。今の時期なら食べられる実かもしれない。行ってみようぜ」
「ちょいまち!」
境界から30メートルほど奥に入った所に、お手頃な感じの果樹が実をつけているのはさすがに怪しいだろ。あたしの索敵は全く動かないのには効果が薄いし、こういう時は注意しないとダメって師匠が言っていた。
「なんだよ、魔物は居ないんだろ?」
「斥候のスキルはコストが安くて秘匿性が高い分、万能じゃないんだよ。こういう時は師匠の力を借りる」
あたしは腕のブレスレットに振れると、そこに込められた魔術を発動する。師匠が作ったエンチャントアイテムで、込められているのは
「万物の根源たる
詠唱魔術は言い回しが難しすぎて、教えてもらったもの全部暗記できていないんだよなぁ。これももっと練習しないと。
「
発動させたのは、名前通り魔力を探索する魔術。使うと頭の中に、自分を中心として、周囲の魔力反応が立体的に浮かび上がる。あたしが使うと範囲は100メートルちょっと。この範囲内に居る魔物や人間は、たとえ目に見えなくても感知することが出来る。
MPの消費量が多く、強い敵には敵側にもこちらの存在がバレるという欠点があるが今回は問題ないはず。
「詠唱?」
あたしの詠唱を聞いて、コノハが不思議そうに首をかしげる。
詠唱魔術は使う人が少ない。これも色々理由があるらしいが、まだ実感がわいてないんだよな。まあ、その説明は後回しだ。
魔力の反応は近くに2つ。これがタケルとコノハだ。つまり柑橘の木は向こう側で……うぇへ。
ここからでは見えないが、魔力の反応が木の周りに3つほどある。えっと、多分30Gくらいの大きさかな。高さから言って、木の枝に擬態しているのが2体、根元の土の中に隠れているのが1体だ。
「木の周りに魔物が隠れてる。上に2体、地面の中に1体。多分うさぎや餓鬼より強い。ステータスに大きな差は無いと思うけど、一気に相手にすると厳しいかも」
すぐに魔術を切って二人に伝える。不用意に近づいてたら不意打ちされて大けがだ。
「えっと、今乗って魔術だよね?」
「それは後で。タケルの攻撃が当たれば倒せない相手じゃなさそうだけど、どうする?」
幸いにして
「じゃあ狩ろうぜ。待ち伏せ型は足が遅い場合が多いから、離れて様子を見ながらなら平気だろ」
「コノハもそれでいいか?」
「……うん、そうだね。離れた所から気を引いて、ダメそうなら逃げよう」
「おっけー。んじゃ、境界の所であたりを警戒しててくれ。あたしが釣れるか見て来る」
魔物はどれかな……パッと見分からない。動物タイプじゃなさそうだから、虫系かな?目を凝らしてよく見ると、ふと、周りの木々と魔力の流れが違う枝を見つけた。
……あれか。えっと、なんだっけ、なんちゃらナナフシ。枝に擬態して待ち伏せし、木陰で休もうとした冒険者をとがった前足で襲ってくる奴な気がする。ギルドの図鑑にあった奴だ。
土の中の方は分からないけど、とりあえず2匹いるナナフシを釣ってみよう。
2匹のナナフシがこっちに向かってくるのを見ながら、果樹から距離を取る。
後ろの方に居る奴に何度か石を投げて分断しながら、二人の元へ。相手は70~80センチくらいありそうなサイズだが、速度は歩くより遅いくらいだから余裕がある。
『動きは早くないけど注意して』
「任せろ!ばらばらにしてやるぜ!」
タケルがナナフシに切りかかる。
大きい分当てやすく、動きも遅い。不意打ちされなければ弱い方の魔物かな。こういうのばっかりだと楽なのだけど。
突き出してくる前足を避けながら、それを刀で切り捨てていく。スキルを使うことなく十数秒で1匹目を倒した。
地中に居た奴の動きは無いかな。
『あたしが警戒してるから、タケルは2匹目の前足を落としたらコノハに殴らせるんだ。コノハ、横からね』
『わかった!』
『うん。いくよ!』
側面に回り込んだコノハが杖を振るう。数回殴るとバキッっといい音がして、ナナフシの胴体が折れ曲がった。それで力尽きたのだろう。2匹目もドロップに変わる。
……ドロップ品は……柑橘のみだ。黄色く色づいている。
「やった!」
『まだもう一匹、木の根元に居るから気を抜かない』
同じように近づいて根元への投石で気を引くと、出てきたのは毒穴熊。
体長は40センチほどで、前足の爪と牙に毒がある。
防具がちゃんとしていれば怖い相手では無いが、毒は危ないので注意が必要。
すばしっこい動きではあるが、角うさぎより小さくて柔らかい相手でもある。あたしが投石で牽制したところにタケルの斬撃が入って、こちらも危なげなく倒せた。
「やった!」
「今度は大丈夫だったな」
「すごい!ドロップも穴熊の毛皮だよ!ふわふわ~」
毒穴熊のドロップは丁寧に処理された毛皮。
これも加工品だな。ギルドに売る際にちょっと話を聞いてみないと。
「もう魔物は居ないか?柑橘の木を見に行こうぜ!」
再度索敵をして問題が無いことを確認し、緑の実がなる柑橘の木に近づく。
あたしには分からないのだが、タケルとコノハが言うには、残念ながらまだ早いらしい。収穫目安は3週間後くらいじゃないかと言う話。タイミングがずれると、他の冒険者や魔物に取られちゃうかな。まあ、いたしかたなしか。
ドロップ品が増えてきたので、魔物を倒しながら撤収を決める。時間としてはちょっと早いけど、昨日よりさらに稼いでいるし十分なはずだ。
帰りがけのにも魔物を倒して、タケルとコノハのレベルがさらに一つづつ上がった。タケルが8でコノハが6。コノハが攻撃スキルを覚えるまでにはまだ少しあるんだっけ。先が長い。
夕方になる前に冒険者ギルドに行って、ちょっと早い清算。
ナナフシのドロップの柑橘の実は、自分たちで食べるのに少しだけ分け合った。それでもトータルの稼ぎは160Gちょっと。二人は凄い凄いと喜んでいた。
あたしはと言えば、難しい顔をする受付嬢とこっそり相談をすることに成る。
『そうですね。手の入ったドロップが出るのはちょっと気になります』
『森の奥にあった柑橘の木に、魔物が待ち伏せしていたのはどうなんだ?』
『あそこは、そう言うポイントですから。奥の方に行くパーティーには教えているんですよ。逆に、そこまで行かないパーティーに教えると、無理をしてしまうかもしれないので伝えていません。そういう場所はいくつもありますよ』
ギルドも色々気を使うところが多いなぁ。
せっかくなので注意しなければいけないエリアを聞いておく。それはすなわち、採取などで利益が見込めるエリアって事だからな。
『アーニャさんなら大丈夫だと思いますけど、気を付けてくださいね』
『あの二人と一緒に無茶する気は無いよ』
『毎日1レベル上がるのは、新人としては無茶な範囲です』
普通、魔物狩りをメインとする冒険者は1日働いたら1日休むくらいのペースで働くらしい。弱い魔物相手でも、遭遇戦は神経を使うのだそうだ。
分からなくは無いが、同じ狩場に行くなら連日行ったほうが良いと思うんだけどな。コンスタントに魔物を狩っておけば、いきなり増えることも無い。
そんな感じで翌日も森へ出かけ、ドロップの持ち運びが怪しくなったところで帰り、たまにはと訓練場で身体を動かしたりした。
訓練場には二人も連れて行った。詠唱魔術を教えようかと思ったのだが、それよりもタケルが『そういやアーニャは剣を抜かないよな。よさげな剣なのに使えないのか?』などと失礼なことを抜かすので、ちょっと大人げなくどつき倒すのがメインの仕事になった。
そうして臨時パーティーの制限がなくなる4日目。
新年で活動してなかった冒険者たちが戻って来る時期となり、人の多い所を避けて活動場所を広げようかと、依頼表を見ながら相談していると、いつも対応してくれる受付のお姉さんがやって来て、あたしたち3人を奥へと呼んだ。
「パーティーメンバーとして紹介したい子がいます」
そう言って連れてきたのは、あたしより頭二つ分弱大きい、スキンヘッドの巨漢だった。
子ってなんだ。
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