03 酒場で仲間集め、ここでも

 元通りになった謁見場内。

 沙汰を下された国王と大臣はレッドカーペットにうずくまり、脇腹を押えてヴァールハイドを睨みあげていた。

 かたやヴァールハイドは、金貨のたっぷり詰まった袋をあらためている。

 たったの小一時間で、両者の立場は完全に逆転していた。


「とりあえず、当面の準備に必要な20万ギンだけは現金でもらってくぜ。残りの100万ギンは『預かり所』に、あとで教える名義に分けて振り込んどいてくれるか」


「ぐっ……ぐぎぎ……! お……覚えておれ……!」


「さ……最高の弁護士を探して……この恨み、必ず……!」


「おいおい、まさか控訴するつもりじゃねぇだろうな? 国が相手なのに、こっちは気を利かせて簡易神判にしてやったんだぞ」


 国王と大臣は、「へ?」と間抜け顔を見合わせていた。


「どうやら本当にわかってねぇみたいだな。簡易神判なら、兵士どもに箝口令をしいとけばそう簡単にバレることはねぇだろ。しかしそれ以上の神判となると、規模がデカくなるからそうはいかねぇ。マスコミに嗅ぎつけらたら、いろいろ面倒なことになるんじゃねぇか?」


 「ハッ!?」とわかりやすいほどにハッとなるふたり。


「そういうわけだから、大人しくしてるんだな。なに、100倍の支度金をもらったことはアイツ・・・には黙っといてやるよ。もしバレて1億2千万なんて要求されたら大変だろう」


 国王と大臣は事の重大さをようやく思い知ったようで、また抱きあってチワワのように震えだした。


「大丈夫、こう見えて口は堅いほうなんだ。金色の詰め物があるうちは、な。んじゃ、そろそろ行くよ。クソ坊ちゃんによろしく言っといてくれ」


 ヴァールハイドは首に掛かっているロープを手に取ると、終始突っ立ったままだったユーシアを引いて歩きだす。

 両者の関係も、ここに来る前とはすっかり逆転しているようだった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ユーシアはのどかな田舎で生まれ育ったので、刺激というものに慣れていない。

 城下町を歩くだけでもめまいを感じていたほどだったのに、国王の謁見、さらに国王を相手に神判をするという、波瀾万丈な生き様の人間でも滅多にお目にかかれないような体験を一気にさせられてしまった。

 そのためショック状態に陥っていたのだが、ヴァールハイドに連れられ城下町の酒場まで来る頃には、ようやく口がきけるまでに回復する。


「あ、あの……。お……おじさん……弁護士さん、なの……?」


「ああ、お前が来るのをずっと待ってたんだよ。路地裏で、な」


「え……? どうして……?」


「その説明はあとだ、まずはメシだメシ。と、その前に……」


 ヴァールハイドは、周囲のテーブルで繰り広げられている酒宴の誘惑を振り切るようにして店の奥へと進む。

 店の奥はクエストカウンターになっていて、ちょうどそのときカウンターにいた店主は、あからさまに嫌な顔をした。


「おい、お前はうちの残飯を漁ってる野郎だな。さっさと出てけ、でないと叩き出すぞ」


「慌てんなって、今日は客としてきたんだ。それと勇者の代理人として、な」


 ヴァールハイドは、背後でポカンとしているユーシアを親指で示す。


「そういうわけだから、出すもん出してもらおうか」


 店主はホームレスのような身なりのヴァールハイドに渋い顔をしていたが、しぶしぶ2階の階段に向かって呼びかけた。


「おぉい、女勇者様がおいでなすったぞ!」


 すると、4人の男たちが階段からのっそりと降りてくる。途中で4人同時に足を踏み外して転がりおちていた。

 ひっくり返った亀のようになかなか起き上がれず、起き上がってもなおもたもたとしていて、ぶつかりあいながらヴァールハイドの前に整列する。

 見るからに愚鈍。4人とも太っていて顔も身体も丸っこく、まるでコピーしたかのようにソックリ。

 違いといえば、パジャマのような服の柄くらいだった。

 ヴァールハイドは彼らを一瞥しただけで、シッシッと手で追い払った。


「チェンジだ。俺が欲しいのはダンゴ4兄弟なんかじゃねぇ、旅の仲間だ」


「いやぁ、いまいるのはこの人たちだけでねぇ。でもこの人たちも勇者様のために選りすぐった腕利きの戦士だから、最高の旅の仲間になるだろうよ」


 わざとらしい口調の店主を、ヴァールハイドは横目で睨む。


「2階にゃもっとマシなのがいるだろうが。ソイツを出しな」


「……なんだよ、この俺がウソついてるっていうのか?」


 店主はムッとした。ヴァールハイドはニッとした。


「俺は気を利かせてやってるんだぜ? お前さんが恥をかかねぇように、な」


「ゆ……勇者の代理人だっていうから下手に出てやってるのに、あんまり調子に乗ってると叩き出すぞ! 痛い目に遭いたくなけりゃ、そのダンゴを連れてさっさと出てけ!」


 一触即発の雰囲気に、酒場にいた客たちも何事かと集まってくる。

 ユーシアはそれまでふたりのやりとりを黙って見ていたが、慌ててヴァールハイドを止めた。


「ま、待って、ヴァールハイドさん! 店主さんすごくいい人なのに、なんでそんなこと言うの!? それに、ぼくの仲間を探してくれてるんだよね!? せっかくお店の人が紹介してくれてるんだから、この人たちで……!」


 するとヴァールハイドは視線を落とし、小柄な勇者に憐れむような視線を向ける。


「やっぱお前は、俺がいなきゃダメだな」


 「えっ」となるユーシアの頭を、ヴァールハイドはぽんぽんと叩く。


「いいから黙って見てな。店主コイツの本性を、いまからお前に見せてやる」


「なんだとぉ!? やれるもんならやってみやがれ!」


 店主は怒りで顔を真っ赤にし、戦闘態勢に入るかのように腕まくりをしている。

 しかしヴァールハイドは臆することなく店主に近づいていった。


「そうカッカするなって、お前さんの潔白を証明するのは簡単なことだ。2階に向かってこう叫ぶだけでいい、『勇者様がお見えになったぞ』ってな」


 それだけで、店主の顔色は一変した。


「なっ……!?」


「このあとに来るクソ坊ちゃんのために用意してあるんだろ? 選りすぐりのヤツらをよぉ。しかし女勇者にソイツらを持っていかせるわけにはいかねぇから、合い言葉を決めてたんだよなぁ?」


 ヴァールハイドはカウンターにヒジを付いて身を乗り出し、さらに店主に迫る。


「相手が男か女かで、紹介する仲間を変える……。そんなことがバレたら、この店は大変なことになるだろうなぁ……」


「そ、そんな脅し、この俺には……!」


「そうかい? だったら、出るとこ出たっていいんだぜぇ? いまのご時世だ、ことが公になったら冒険者ギルドの加盟店取り消しもありうるかもなぁ。いやそれよか、アイツ・・・にヘマをしたことがバレたりしたら……」


 話の途中で、血相を変えた店主がカウンターを飛び出してきた。

 いよいよ殴るのかと、まわりで見ていた者たちは誰もが思う。

 しかしおおかたの予想に反し、店主は五体を投げ出すようにしてヴァールハイドの足元にひれ伏していた。


「お、俺が全面的に悪かった! だ、だからそれだけは許してくれ! いや、許してください! どうかお許しを! お許しをぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!」

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