02 神判開廷、そして結審
勇者弁護人ヴァールハイドの胸にあったのは、彼が弁護士であることを現わすバッヂであった。
バッヂは聖女神ジャスティスティアのシンボルである、剣を支柱にした天秤の形をしており、揺るぎなき正義を遂行する者にのみ与えられるものである。
ヴァールハイドの開廷要請とともに、バッヂの剣が強い輝きを放つ。
その場にいた者たちすべてが目も眩むほどの光に包まれる。
気づくと、謁見場は法廷に作り替えられていた。
玉座に向かって左側の原告席に、ヴァールハイドとユーシア。
玉座に向かって右側の被告席に、国王と大臣。
兵士たちは全員、玉座の対面に設えられた傍聴人席に座らされている。
ヴァールハイド以外の誰もが戸惑うなか、荘厳なる声が響く。
「簡易審判の開廷要請、たしかに受理した……!」
玉座には、着飾った女性が脚を組んで座っていた。
彼女の素性を問いただす者など、ここにはいない。
あまりにも怖れ多いことを知っていたから。
「我が名は、大天使ミカエル……! この審判をあずかりし者……!」
宣言とともに女性が立ち上がると、純白の翼がはためく。
この世のものとは思えぬ美しさに、「おおっ……!?」と驚嘆が起こった。
「久しぶりだな、ヴァールハイド。相変わらず落ちぶれているようだな」
「ずっと神判長をやってるお前ほどでもねぇさ」
ミカエルはお前呼ばわりされても眉ひとつ動かさない。
ヴァールハイドと挨拶がわりのような軽口を交わしたあと、被告席に流し目を向けた。
「被告側は弁護人がいないようだが?」
国王はミカエルの美しさに見とれていたが、その一言にハッとなって慌てる。
「あ……! し、神判長、しばしお待ちを! 大臣、すぐに我が国の弁護士を……!」
しかしそれを押しとどめたのは、他ならぬ大臣であった。
「国王、落ち着いてください。私が弁護をつとめ、国王をお守りいたします」
「なんだと!? でもあの男は、かつてはブレイブワン様の専属弁護人だった男であろう!?」
「それは昔の話です。それにあの男はブレイブワン様から愛想をつかされ、途中でパーティから追放されています。あんなダメ弁護士など、私のナイフのように鋭い論説でズタズタしてみせましょう」
ヴァールハイドは耳をほじりながら応じる。
「復帰戦の相手がペーパーナイフかよ。まぁ、別にいいけどよ。弁護人が決まったんなら、さっさと始めようぜ」
ミカエルが両拳を胸の前でくっつけ合わせ、剣を引き抜くような仕草をすると、その手に槍が現われる。
槍の穂先には天秤が付いているのだが、ミカエルが演武のように振り回してもつねに平衡を保っていた。
「この槍は、聖女神ジャスティスティア様を現わしている。この槍の前でウソをついた者は、その身をもって償うことになるだろう」
ミカエルは厳然たる口調で通告したあと、槍の石突きを地面に突き立てた。
「神判、開廷っ……!」
荘厳なる鐘の音が、法廷内に響き渡る。
すでに多くの者が緊張を感じていたのか、ごくりっ……! と喉を鳴らす音が続いた。
「それでは原告側、訴状を読み上げるのだ」
神判長に命じられ、ヴァールハイドは頷き返す。
隣に立っている少女を手で示しながら、口火を切った。
「まず、ここにいるユーシアは、魔王討伐のために選ばれた勇者のひとりだ」
ユーシアは無言のままで、なんの反応も返さないどころか微動だにしていない。
めまぐるしい出来事に理解が追いついていないのか、瞳はすっかり輝きを失い、魂を抜かれたように呆然と立ち尽くしている。
しかし、ヴァールハイドは気づかう様子もなく続けた。
「ユーシアはファーストラスト王国を訪れ、国王と謁見した。その際に国王から支度金を受領したのだが、それが不当に安い金額だったため、我々は告訴に踏み切った。原告側の要求は……」
「異議あり!」と大臣が遮った。
「不当に安い!? なにをもってしてそう言い切る!? お前ひとりの感想を、さも一般論のように言うんじゃない!」
「まだ、訴状の途中なんだがなぁ……」
ヴァールハイドが頭をぼりぼり掻くと、フケとノミが飛び散った。
「まあいっか。不当に安いと言った根拠は、勇者基準法だ」
「勇者基準法、だとぉ!?」
「ああ。勇者基準法、第23条14項。旅立ちの費用は、勇者と、勇者を送り出す担当国の国王、双方の合意の上で金額決定がなされなくてはならない」
「し、知らなかった……!」と思わず漏らす大臣。
しかし国王に睨まれ、尻に火がついたかのように慌てて反論した。
「ご……合意なら取れている! その田舎娘は、宝石箱の中を見てこう言っていた!」
大臣は気持ちの悪い裏声で「うわぁ……! こんなに……!?」とユーシアのマネをする。
法廷の誰もが吐き気を催したような顔になった。
「……それは合意とはいわない。ただの感想だ。それに『こんなに少ない』という感想だったかもしれない」
「だったら、その田舎娘に聞いてみればいい!」
「その必要はねぇよ。それ以前に、俺が少ないって言ってんだ。勇者基準法において、勇者弁護人は勇者の代理権を有することを知らんのか」
「し、知らなかった……!」とまたしても漏らしてしまう大臣。
もうコイツには任せておけんと、国王が声を張り上げた。
「なんじゃさっきから! 黙って聞いておれば、好き放題抜かしおって! なにが勇者弁護人だ! お前のようなホームレスと田舎娘に払う金など、120
「おーっ!」と傍聴席から拍手が起こる。国王は気を良くして、言ってやったとばかりのドヤ顔になる。
そのわずかな心のスキを、ヴァールハイドは見逃さなかった。
「120
ナナピカとは、もうひとりの選ばれし勇者のことである。
国王と大臣は、思わぬカウンターパンチを食らったかのように目を飛び出させていた。
「「なっ……なぜそれを……!?」」
「やっぱそうか。昔から
「き……貴様っ! ハメおったなぁ!?」
「し、神判長! いまの発言は大問題です! 原告は我々にかまをかけました!」
神判長は、むっつりした顔で自らの爪を見ていた。
「虚偽の供述をしたわけではあるまい。異議を却下する。それよりも、ナナピカという勇者のために用意している支度金は、被告への支度金の100倍の金額というのは
国王と大臣は、揉み手をしながら声を揃える。
「「め……めっそうもございません!」」
「金額はもちろん、120
「そうそう! 我々は公明正大ですので……!」
「その場しのぎのウソはやめときな」とヴァールハイド。
「ここでの供述は、宣誓でもあるんだぜ? あとでクソ坊ちゃんが来たときに、本当に120
「「ううっ……!」」
被告席のふたりは同時に二の句を失った。
「もしそんなことをしたら……
たったそれだけの脅しで、ふたりは「「ひいっ!?」」と面白いように震えあがった。
「ここでつまらねぇ意地を張るよりも、俺の言い値で手を打っといたほうがいいんじゃねぇか? 追加でもらった金額は、
国王は「ぐっ……!」と歯を食いしばる。
しばらく逡巡するような唸り声をあげたのち、
「い……いくら、欲しいんだ……!」
ヴァールハイドはあっさり言う「120万」。
「「ひゃっ、120まんんんーーーーーーっ!?!?」」
「ふ、ふざけるな! ナナピカ様の100倍の支度金ではないか!」
「それに、120万もの金をなにに使う!? 貴様、戦争でも始めるつもりかっ!?」
……ダンッ!!
原告席のテーブルが拳によって打ちすえられる。
ヴァールハイドはうつむいていた。
「そうさ……! これは、戦争だっ……! この俺と……! ゲスな勇者と、因果を受け継いだクソガキ……! そしてまわりでシッポを振る、テメェらみてぇなウジ虫どもとのな……!」
……ギンッ!!
あげられた顔。夜の柳のように垂れ下がった前髪。その向こうで光る眼光は、地獄から這い出たばかりの亡者のようだった。
ひと睨みされるだけで国王と大臣はすっかり怯えてしまい、「「お……お助けぇーーーーっ!?」」と抱きあっていた。
「俺の立つ法廷は、白か黒では終わらねぇ……! 赤か黒だ! さあ選びな、金という名の血を流すか、破滅の黒に塗りつぶされるか……!」
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
国王と大臣はとうとう、人目もははばからず泣き崩れてしまう。
それが結審のトリガーとなった。
「それでは、判決を言い渡す! ファーストラスト王国は、120万
国王と大臣はメソメソしながら「「はい……」」と頷く。
ヴァールハイドの閻魔さながらの追求から解放され、ホッと胸をなで下ろしていたのだが……。
「さらに神判の最中、国王と大臣は虚偽の供述を行なった! よって両名は槍によって1回ずつ、脇腹を突かれるものとする!」
「「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
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