06 魔具開発は大変だ

 補給を終えた船は港を離れ、ゴルディアもまた旅立った。荷馬車を手配して街道を進むより、このまま北へ向かって王都付近の港へ付けたほうが効率がいいのだろう。

(クロサイトって、ほんと不便な土地だよね)

 エーデルシュタインの主な産業は鉱石で、大小さまざまな山が点在している。クロサイト領は南に海、残りを山に囲まれた土地であることから、陸路を使って訪れるひとが少ない場所だった。

 領主ロードクロサイトは自治に優れた傑物で、発言力も強いという。通常、各領主に転移陣の保有、および稼働権限は与えられていないのだが、クロサイトにはそれがある。山に囲まれて交通の便が悪いことを理由に勝ち取ったという説があるが、山間地はなにもここだけではない。いったいどういう手段を用いたのか。真相は謎に包まれている。

 領民の前に出ることも少なく、姿を現すのは限られた機会のみ。庶民のほとんどは、領主の顔を知らないのではないだろうか。道端を歩いていたとしても気づかない自信が、ラズリにはある。

 薄情ということなかれ。

 一般人にとってお偉いさんの顔なんて、そんなものだろう。



 ラズリ宛には定期的に荷物が届く。それは都にいる父親から送られてくるものである。

 アサド・ノーゼライトと記された文字に指を置く。黒いインク文字が赤黒く輝き、すぐに消えた。

 血封けつふうと呼ばれる封印術は、指定した相手以外は開封できないため、長距離の荷によく用いられている。しかし名の通り「血」を使うので、昨今は忌避されがちだ。血統に重きを置く王侯貴族では、重要な証明では血判を押すというが、一般人が用いることはほとんどないだろう。

 これを父親が使用しているのは、ラズリ以外に開封させない確実な方法を模索した結果だと思われる。軍人という職についている以上、なにがあるともかぎらない。

 古めかしい封印と、その解除方法を教えてくれたのは、都にいる父親の友人。ギーおじさんは、幼いラズリが豊富な魔力を持っていることを知ると、父に代わって制御を教えてくれた。六歳まで住んでいた都での師匠といえるだろう。父を通して、今でもやりとりはつづいている。


 さて、箱の中はといえば、あいかわらず装身具が多かった。ドレスを着た貴婦人が身につけるような宝飾品もあれば、白粉や口紅といった一般的な化粧用品もあったりする。魔術が施されていないものに関しては、近隣の女性陣に進呈し、物々交換することにしている。洗面台の鏡に言われなくとも、似合っていないことはラズリとて自覚しているのだ。


「不思議な香りだな」

「はん、海の上を漂っていたお主自身が放っておるのでは?」

「なんと。ホーキンス様は、我が磯臭いとでも申しますか」

「ディクトリウムよ、難儀なことだな」

「モルガノ様まで」

 荷物の整理をしていると、三本が覗きこんで話をはじめる。

 ひどく時代がかったうえに偉そうな物言いをするのは、彼らの標準装備なのだろうか。いつもながら耳がうるさい。

 ホーキンスが五百年前(推定)であるということは、知己である二本も同じ世代ということになる。そのわりに、ホーキンスをうやまうような言動があることが、ラズリにはすこし不思議だった。さらにいえば、ディクトリウム氏がいちばん下っ端にも感じられる。

 まあ、ホウキとモップとデッキブラシに優劣なぞないだろうが。用途が違うのだから、比較のしようもない。

 ところで、香りってなんだろう。化粧品かな?

 五百年も経てば、変化もあるのだろう。


「皆さんが生きていた時代とは、いろいろと違うことは多いでしょうね」

「食の向上はおおいにあるが、魔素の扱いに関しては後退している」

「儂はハジャルと下女殿しか直接は知らんが、そういうものか」

「下僕が所有している道具たちに施された術を見れば、わかるというものだろう」

「しかし、それはひとが持つ魔力量が減っているということかもしれんぞ」

 ホーキンスの不機嫌そうな声に対してモルガノが言うと、ホウキとモップがこちらを向いた。

 モップはともかくとして、藁ボウキに「正面」はあってないようなものだが、なぜかそんな気がする。しかも、なにか面倒なことを言い出しそうな空気を察してひるんだラズリに、二本は言う。

「下僕、道具を作れ。吾輩が説いてやる」

「貴殿の魔力ならば、儂らの術式を発動させることもできようぞ」

「えええ……」

 面倒だからヤです。

 と言いたいところだったが、デッキブラシも加わって、穂先を突き合わせてなにか意見を言い交わしはじめた三本には無駄かと思い、ラズリは荷物の選別に戻った。このあいだ、棚を新しくしてくれた木材屋さんには小さい子どもがいるから、王都のお菓子を進呈しよう。



    ◇



 魔具開発は順調に進んでいる……といっていいのかどうか、よくわからない。

 こういってはなんだが、彼らの考えは現代にそぐわないというか、日常生活で使うには難しいような効果が多いのだ。しゃべる鏡や、気分によって色を変えるペンのような小さなものではなく、彼らはより大がかりなものを考えて提示してきた。

「いや、必要ないです」

「なぜだ。馬車よりも強固で、設備も整っておるであろう」

「いや、目立つでしょ」

「それこそが、あかしだろう。吾輩の持つちからを崇めるがよい」

 店と、地続きになった自宅。その中心にあたる廊下に魔法陣を展開し、建物ごと移動する。

 物語で見た「動く家」を、ホーキンスは提案した。

 冗談じゃない。そんな悪目立ちすることなんて、したくない。

 三本が言うことを聞いているかぎり、「こういうのあったらいいな」という理想を詰め込み実現してみたいという、彼らにとっても夢物語だ。当時は今のように、術式を埋め込んで物体に作用させる考えがなかったため、移動手段はもっぱら、馬や牛による牽引けんいんのみ。そこは今の時代だって同じだけれど、荷台そのものにエネルギーを与えて移動させようだなんて、普通は考えないだろう。

(まあ、普通じゃないのがあのひとたちだけど。……いや、「ひと」ではないのか)

 だが、建物に魔法陣を敷くという考え自体は悪いものではないと思った。たとえば、寒い季節に壁や床に暖気を循環させる術を施しておけば、快適に過ごせるようになるだろう。耐震や耐火の術はあるけれど、建物ではなく、中で過ごす人間に対して配慮する効果については、考えたことすらなかったことに気づく。

 食べ物を冷やす術や、置いておく暖房箱があるのだから、実現可能な気もしてくる。配管に術を施して温水に変えるのも、きっとそんなふうに「こうだったら便利なのに」という、ちょっとした願望から生まれたもの。

 普段の生活に密着した魔術であれば、ラズリだって向上させたいと思う。できれば簡単で、誰にでも使える魔術がいいが、それは研究所の範疇だろう。

 都にある「魔術研究所」が実際にどんな場所なのか、じつのところはよく知らない。魔法学校の中でもごく一部の優秀な人間しか就職が適わない、エリート中のエリート機関だ。講師としてやってきたひとは、彼らの正装ともいえるマントを着用していた。

 深淵の黒。

 足元まで覆うマント

 それが、エーデルシュタインにおける魔術師の正装で、魔法学校の制服もそれに倣った形をしている。もっとも、丈が長いほど優れた術者だと言われているため、学生たちに許されているのは、上半身を覆う短いケープ状のものだったが。

 耐魔法効果のある布で作られている特別仕様で、それなりにお高いと今なら知っている。支払ってくれた祖父母や父には感謝しかない。

 店内でそれを着ることはないけれど、どこかの家へ出張して仕事をするときには、ラズリもあれを着ることにしている。魔法使いのとんがり帽子は少女の憧れであるため、それを着用していると子どもたちに囲まれることもしばしばなのだ。これも宣伝の一環である。

「ならば、これはどうだ。重力を操る服だ」

「身が軽くなるってこと?」

「女人どもは誰もかれもが身体を細く縛り上げるのだろう? これを使えば、内側へ圧力をかけることができる。まあ、内臓が無事とはかぎらんが、コルセットとやらで締め付けておるのだから同じことだ」

「いや、それ死ぬから!」

 着たら圧迫死する服とか、こわすぎる。

 軟弱な――と穂先をわさわさ揺らすホーキンスには、およそデリカシーというものがない。生きているときは、いったいどういうひとだったのだろう。

 想像しようとして、ラズリは頭を振った。

 藁色の髪をした男?

 駄目だ。案山子かかししか想像できない。

 ボサボサ頭の案山子が一本足でぴょこぴょこ跳ねながら、「吾輩はホーキンス、おい下僕、そこへなおれ」とわめいている姿を想像して、「ないわー」と思う。ああいう上から目線は苦手なのだ。いや、あれだけ尊大な態度を取られたうえに、下僕呼ばわりされて喜ぶひとはそもそもいないだろうが。そんなマゾっけは持ち合わせていない。ラズリにだって理想はある。

 ひとりになって、ご近所の皆さまがたに、息子やら孫やらを斡旋されることも増えてきたが、すべてお断りしているのは、もったいぶっているわけではなかった。美男子はまあ好きだけれど、そういう問題ではないのだ。

 魔力には相性があるという。

 波長が合う、というやつだ。

 一般人はさして気にしないそれを、魔法に連なる者は気にする傾向がある。魔力の強い子どもを云々という話ではなく、単純に居心地の問題だ。

 相性が悪いと、気分が優れなかったり体調を崩したりすることが多い。実際、魔法学校ではそれらをもとにクラス分けをしている。男子のことは知らないけれど、女子のあいだでは、相性のいい男性と運命的に出会う妄想が流行していた程度には、魔法界隈で有名な話。

 そう、こんなふうにある日突然訪ねてくるのだ。


「ノーゼライトの魔術屋とは、ここで合っているか?」

 店の扉から入ってきたのは、きらびやかな男性だった。

 昼間の太陽を背中から浴びた髪は、黄金色に輝いている。ついでに眼鏡も輝いた。

 こんなにも美しい金髪は、田舎ではまず見かけない。おそらく都の貴族さまだ。そのうえ彼が纏っているのは、漆黒の黒いマント。

 魔術研究所に属しているひとだと、ラズリは判じた。

 幸いにも、ホーキンスたちは昼食後のお昼寝タイムに突入しており、いま動いているのはラズリのみ。そのことに安堵しながら、客人に問いかける。

「ノーゼライトはわたしです。どのようなご用件でしょうか」

「……君が?」

 レンズ越しにねめつけるようなまなざしを向けられ、若干ひるんだものの、ラズリはしっかりと立つ。ここは祖母から引き継いだ、ラズリの店だ。

「最近、不思議な魔具を見かけるようになったと通報があった。出所を辿ったところ、行きついたのがここだ。見覚えがあるだろう」

 カウンターの上に置かれたのは、一枚の白い布。

 洗濯前の浸け置き時、術を仕込んだこの布を一緒にひたしておくと、他の布製品も白くなる。食事処のナプキンや台拭き。宿の寝具など、お客様に対して使用するものには汚れがあってはならないが、お上品なひとばかりではないクロサイト領では、すぐに廃棄しなくてはいけなくなる。商店街の会合時、おかみさんたちの「面倒よねー、お金もかかるし」というお悩みをホーキンスたちに伝えたところ、提案されたのがそれである。

 魔具というほどのものでもない、ただの布。ハンカチぐらいの大きさの布地をそれぞれに提供してもらい、術を施した。試験的に使ってもらったところ、「これいいじゃなーい、ラズリちゃんありがとう」ということで広まっていることは自覚していたけれど、それがどうして都に?

「そんなことはどうでもいい。新たな魔具の販売は、店に有資格者が在籍していることが必須だが、ラズリ・ノーゼライト、君はそうではないのだろう? つまり、違法行為だ」




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