第16話 宴の後で

(合コンだったのかこれ……)


 何故合コンに。


 女子中学生が呼ばれるのか。


 ほんの少し悩んだアスカであったが、しかし答えというものは案外すぐ近くにあるものなのだ。


「あ、スケロクさん、どうしたんです? 涙なんか流して」

「いや……俺、女の子は遠くで眺めてるだけのものだと思ってたのに……お酌をしてもらえるなんてイベントが、俺の人生に訪れるなんてな……生きてみるもんだな」


 楽しそうに会話をしている赤塚マリエとスケロク。


 この男は確かロリコンだったはず。


 そうだ。初めて会った時に自らそう言っていた。そしてアスカはメイの方に視線をやる。


「それでぇ、コウジさんはお仕事何されてるんですかぁ?」

「まあ『人を助ける仕事』と言えば聞こえはいいが……人間の汚いところを見せつけられる仕事をしててね……実入りはいいが、大変な仕事なんだよ」

「きゃー♡ カッコイイ♡」


 相変わらず猫撫で声を続けるメイと謎の男コウジ。


 概要はなんとなく見えてきた。


 つまりは、メイはコウジとの合コンを実現させるために、自分の教え子を売ったのだ。ロリコンに。


(この間は「ロリコン」って言っただけで「私の生徒に近づくな」って言ってたくせに……その生徒は今ロリコンにお酌してるんですけど)


 想像していた三倍はダメな女だった。この葛葉くずのはメイという女は。正直言うと白石アスカはこの長身でスタイルがよく、「鉄仮面」とまであだ名される担任教師に淡い憧れの念を抱いていたのだが、ここ数日でそれは見事に打ち砕かれてしまった。


「メイさんが飲んでるのってそれ、シャンパンですか? あんまり強いお酒は飲まれないんですか?」

「ハイ♡ アルコール弱いんでぇ♡ コウジさんはお酒つよいんですね♡」


 アスカは思わず鼻梁をつまんで天を仰ぐ。彼女が見た公園でスト□ングゼロを飲み干す姿は幻だったとでも言うのだろうか。


 そしてこの無意味な宴に嫌気がさしていた。一矢……せめてこのダメ女一矢報いなければ気が済まないと思ったのだ。


「いい加減にしてください!」


 テーブルをバン、と叩いてアスカは立ち上がる。


「シャンパンなんて先生にとっては水みたいなもんでしょうが!! 公園でスト□ングゼ……」


 ジャッ


 一瞬、グラスを持っていないメイの左腕が消えたように見えた。


(恐ろしく早い左ジャブ……俺じゃなきゃ見逃しちゃうね)


 事実アスカには全く見えなかった。しかし自分の頭が頸椎を支点にぐらりと揺れたのだけが分かった。


「何を……」


 そこまで言って彼女の意識は暗く深い闇の中に溶けていった。


 バタン、とアスカがテーブルの上に突っ伏す。本日二人目の犠牲者である。


「あら、白石さんもお眠みたいね。今日はもうお開きにしましょうか。コウジさん、連絡先、教えて貰えるかしら♡」



――――――――――――――――



「くっそ……やりたい放題やってくれやがったな、メイ。せっかく人生の春が来たと思ったのに」


 昏倒してしまった二人、チカとアスカを床に寝かせて、スケロクはメイを睨む。メイはスマホを見てニヤニヤしている。おそらくはコウジの連絡先でも見て悦に入っているのだろう。


「うふふ、春はまだ続きますよお、スケロクさん♡」


 三人の魔法少女の中で唯一の生き残り、マリエがスケロクの腕に抱き着きながらそう言うが、当のスケロク自身は微妙な表情である。


(なんか怖いんだよな……この子。なんぞたくらみでもあるんじゃないのか……)


 これまでろくに女性と接点を持ってこなかったロリコンの童貞男、スケロクはその愛情を素直に受け取ることができない。


「あんただって夢見れてよかったじゃない。ああ~、コウジさんいったい何の仕事してるんだろ? スケロク、あんた知ってるんでしょ? 教えてよ」


「本人に聞けよ」


「そんなの聞けるわけないじゃない。いやらしい。お金目当てみたいじゃない」


 金目当てだろうが。


「にしてもねぇ……」


 メイは呆れた顔でスケロクの腕に抱き着いているマリエを見つめる。


「あんた『大人嫌い』じゃなかったの? 随分な手のひら返しね」


「大人って事だけに胡坐をかいてる無能な奴とスケロクさんは違うんです~、玉の輿狙いの邪悪なババアは黙っててください」


 メイの目つきが鋭くなるが、即座にスケロクがマリエとメイの間に入った。


「お、おい。脳震盪はもうやめろよ。もう夜も遅いし」


 ―夜も遅いし 脳震盪はやめろ―


 この時間から昏倒すると帰るのが遅くなるという配慮からだが、なんとも珍妙なセリフである。


「ふん、ガキが。なんとなくで大人に反抗でちゅか~? 前にも言ったけどあんた大人と子供の違い分かってんの?」


「そうやって偉そうにするところが嫌いなのよ。スケロクさんは私を一人の『女』として見てくれてるわ」


 悪い意味で。


「ふん、やっぱり分かってないわね。いい? 『大人』っていうのはね、体がデカくて金を稼ぐ奴の事を言うのよ。大人と子供の違いなんてそんなもんよ。それを免罪符みたいに『大人は』『大人は』なんていかにも頭の悪いバカなガキがやる事ね。

 つまり私が結婚相手に年収を求めるのは『大人の恋愛がしたい』っていうだけの事よ。邪悪でも何でもないわ」


「ん……いつつ」


 マリエとメイが実りのない口喧嘩をしているとアスカが目を覚まし、頭を押さえながら上半身を起こす。二人の口論がうるさかったのか、チカの方も目を覚ました。


「ハッ……ああ、あの悪魔の宴は終わったんですね」


 えらい言われようである。


 アスカは慎重に辺りを見回し、コウジがいない事を確認してから、ゆっくりと口を開く。


「メイ先生、今日こそ聞かせて貰いますよ」


 コウジがいない事を確認したのは再び昏倒させられないため。不本意ながら合コンに駆り出されはしたものの、彼女はまだ今日の会談の趣旨を忘れてはいないのだ。


「メイ先生は……やっぱり、魔法少女なんですよね?」


 メイは腕組みをしたまま小さくため息をつき、質問には答えずにパタパタとスリッパの音を響かせて壁際に歩み寄り、窓を開けた。


「おい、さみぃだろが」


 スケロクの言葉の通り密度の高い冷たい空気が入ってくる。だがメイはその言葉には反応せず窓を開けたまま。


 やがてしばらくすると何か、黄色い物体が風と共に舞い込んできた。


 バサバサと蝙蝠のような、しかしそれよりもはるかに力強い羽ばたきの音をさせ、メイの差し出した左腕にがっしりと着地する。


「うお、何だこの生き物!」


 スケロクだけが初めて見る、黄色いバスケットボール大の、翼の生えた一つ目の化け物。


 メイは窓を閉めてからスケロクたちの方に振り返り、にっこりと笑って見せた。


「その話なら、この子をのけ者には出来ないわね」


 アスカ、マリエ、それにチカはその化け物を見るのは初めてではないが、しかしその異形に恐怖心を隠せない。


「ギェェ……」


 血生臭い呼気を吐き出す。


「紹介するわ。私のマスコット、ガリメラよ」

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