第15話 合コン

「じゃ、今日の出会いを祝して、カンパ~イ♡」


 カチャン、とグラスが可愛らしい音を立てる。


 駅にも近い高層マンションの一室。宴は開かれた。いや、宴ではないのかもしれない。一部の人間にとっては。


 先ほどのグラスの音は戦いの火蓋が切られた音なのかもしれない。


 ここは商業施設ではない。個人の購入したマンションの一室である。具体的に言えば公安の男、木村スケロクが所有している不動産である。


 しかし男一人の生活の場としては随分と広いし、綺麗にしてある。室内には甚だしくもバーカウンターまで用意されており、随分と生活に余裕があることが見て取れる。


 そこで宴を始める、6人の男女。


 その内の三人は、女子中学生である。


 ほんの一年前までランドセルを背負って、小学校に通っていた。


 黒髪の少女、アスカは普段は冷静なポーカーフェイスを決め込んでいるのだが、この時ばかりは額に脂汗を浮かべ、眉間に皺を寄せて事態を測りかねていた。


 此は如何なることぞ。


 何故なにゆえ斯様かよう仕儀しぎと相成ったのか。


 みつあみに眼鏡の少女、青木チカも同様に困惑の表情を隠せないでいるが、隣に座っているアッシュブラウンのボブカットの少女、赤塚マリエは上機嫌な笑顔でオレンジジュースをくい、と一口飲んだ。


「スケロクさんって言うんですね、名前。また会えてうれしいです♡」


「いやーハハハ、俺も君達みたいな美人にまた会えると思ってなかったからうれしいよ。これから仕事で絡むこともあるかもしれないからヨロシクね!」


 スケロクはこれまでに見た事の無い様な表情を浮かべて上機嫌である。


 上機嫌と言えばもう一人。


「よろしくお願いしますぅ。私ぃ、葛葉くずのはメイっていいますぅ♡」


 猫撫で声。


 聞いたこと無い様な猫撫で声。


 この大柄な女のいったいどこからこんな声が出ているのか。猫が聞いたら思わずフレーメン反応を示してしまうような声である。


 そしてそのメイに執拗に絡まれているというか、がっちりガードされている男。


 アスカ達三人が訝しげな表情を浮かべている理由はこの男である。


 今日は本来ならメイに「魔法少女」の事を尋ねるためにセッティングされたはずであった。


 メイがその場にいるのは当然である。


 そしてスケロクがいるのもまあ、分かる。前回の戦いでアスカ達三人を助けてベルガイストを退けた男なのだから、まあ関係者なのだ。


 しかしこの男は何なのか。


 顔立ちは整っているが、若干芋っぽい若い男性。若いと言ってもアラサーか、メイ達とそんなに歳は変わらないように見える。


「ど、どうも、堀田コウジって言います。いやあ、木村(スケロク)さんにこんな美人のお知り合いがいたなんて……ハハ」


 名前は堀田コウジ。それは分かった。だが名前は分かったが彼はいったい何者なのか。それがアスカ達三人には分からない。


「それにしても……」


 ちらりとコウジはアスカ達の方を見る。現在彼らは大きめのダイニングテーブルの一辺にアスカ達三人、反対側にスケロク、コウジ、メイの順に座っている。座っている、というか、メイはコウジをがっちりガードしている感じだ。マンツーマンディフェンスである。


「その方達……随分若く見えますけど……もしかして未成年、とか?」


 アスカ達の事である。未成年どころか去年までランドセルのバリバリ中学一年生である。


「私の知り合いよ」

「知り合いて」


 思わずアスカが短く突っ込んだ。知り合い……確かに知り合いなのだが。なぜ「生徒である」と言えないのか。


「スケロクさん~、この間は本当にありがとうございました♡ ビール、お注ぎしますね」


 マリエはマリエで猫を被ってスケロクにゴマを擦っている。以前に会った時にスケロクの事を「イケメン」と評していたが、どうやら本気で彼の事が気に入ったようだ。


「ちょ、ちょっと、マリエ。あんたまさか酔ってるんじゃないでしょうね?」

「なによ、ちゃんと飲んでるのはオレンジジュースよ? アスカもそうでしょ? お酒なんか飲める年齢じゃないんだから当然よ」


 その言葉にコウジがぴくりと反応した。


「や……やっぱり未成年、なの?」

「未成年というか、まだ中学一年生の、十三歳です」


 チカが泣きそうな表情でそういった。目の前に置かれたオレンジジュースの入ったコップを両手で包み込むように持つ様は、まるで幼子が親の体に縋るようである。


「中一!? え、まずいでしょそれは! もう外も暗いっていうのに!! 両親が心配してるよ!?」


「いや、一応それぞれ親には『遅くなる』って連絡してあるんで……」


 アスカが後ろめたそうにそう言うが、しかしまさか両親も「酒の席で遅くなる」とは思っていないだろう。それでも狼狽えているコウジにメイは安心させようと声をかける。


「大丈夫ですよぅ♡ ちゃんと保護者もいますし♡」


 ピッと自分を指差すメイにコウジは少しだけ安堵の表情を見せた。


「な、なんだ、メイさんの親戚かなんかですか」

「いえ、私の生徒です」

「おぉい!!」


 コウジが思わず大きい声を出して立ち上がった。


「ダメでしょ! 中学校の先生が自分の合コンに生徒呼んじゃ!! 何考えてんですか!!」


「えっ? 合コン!?」


 アスカとチカが顔を見合わせる。


「合コンだったんですか……これ?」


「あら? 言わなかったっけ?」


 当然初耳である。


「と……いうことは」


 チカがコウジの方を震える手で指さす。


「その人は……魔法少女関係の人でも何でも……ッ!?」


 その刹那。


 空間が歪んだように感じられた。


 否、6人の目の前を何かが超高速で横切ったのだ。その速度は常人にはとても見切れるものではない。


 次いで、チカが背もたれにがくんと体重を預け、気を失う。


(恐ろしく早い手刀……俺でなきゃ見逃しちゃうね)


 そう。目の前であったにも関わらず誰の目にも映らないメイの攻撃がチカの顎先を捉えたのだ。その攻撃を認識できたのは、スケロクただ一人であった。


「あらあらうふふ、眠っちゃったのね。お子様にはもう遅い時間だったかしら」


(何か……)


(何かしたわね)


 アスカとマリエは当然メイの攻撃を視認することは出来なかったが、しかし「何かがあった」ことだけは分かった。


 そしてそれを実行したとするなら、おそらくメイであろうという事も。


(これが、メイ先生の魔法少女としての能力……? いったいどんな能力を? 時間停止? それとも催眠術?)


 手刀である。


 とにかく分かったことが一つある。


 おそらくこの場において「魔法少女」は禁句なのだ。


 アスカはこめかみを押さえて眉間に皺を寄せる。


「なんで……」


(なんで、「魔法少女」の事が聞きたかったのに、「魔法少女」が禁句なのよ……)


 そう。流れからしておそらくこの堀田コウジは魔法少女や悪魔とは全く無関係の一般人なのだ。


(これじゃ……合コンのだしに私達を利用しただけじゃん)


 その通りである。

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