第14話 暗躍する計画
「メイ先生」
授業も全て終わり、放課後の時間。メイは女性と三人に呼び止められた。
「先生、今日こそはお話をウッ……」
近づいて話を続けようとして、黒髪の少女アスカは思わず顔をしかめた。
(……なんか、酒臭い? この人まさか学校でもお酒を?)
「なによ、二日酔いで調子悪いっていうのに」
さすがにスト□ングゼロをぐいぐい飲んだ上に久しぶりに幼馴染みに会ってバーで飲みまくり、次の日の放課後になってもまだ酒が残っていたようである。
「ねえアスカ、本当にこんなダメな大人に関わって大丈夫なの? この人もしかして魔法少女とか抜きにしても相当ダメ人間なんじゃないの?」
本気の本気で嫌そうな表情をしながら小声でマリエがアスカに話しかける。勝気な性格の彼女は人に対する嫌悪感というものを全く隠そうとはしない。
みつあみメガネの少女、チカは二人の後ろでおろおろするだけであり、基本的には二人に任せるつもりのようだ。
アスカは渋い顔をして少し考え込む。
正直言ってこの女の外見と反したダメ人間っぷりについては昨日の夜、嫌と言うほど見せつけられた。何より相手もいないのにゼク〇ィを買ってしまうのがダメすぎる。
しかし同時に彼女の「魔法少女」としての実力を見せつけられたのも間違いない事実なのだ。
正直言って今の自分達には圧倒的に実力が足りない。
四天王はともかくとして、そのさらに前日にも悪魔との戦闘を助けられている。このまま戦うにしろ、もう戦闘はメイに任せるにしろ、どちらにしろメイの助力は受けたい。
あの頭のバグったキツネザルはあてには出来ない。
アスカは意を決して口を開く。
「メイ先生……魔法少女……少女? なんですよね?」
「……何の事かしら」
この期に及んでごまかそうという態度。それが気に食わなかったのか、関わりを持つこと自体に否定的であったマリエが切れた。
「大人はいつもそうやって力のない子供を無理やりごまかそうとする。『黙れ』って言えば素直に引き下がるいい子ちゃんだとでも思ったの? 嘘つきな大人に素直に従う家畜だとでも思ったの? いい加減にしてよね! それとも昨日の夜の事をみんなにばらされてもいいの!?」
大層な権幕ではあったのだが、しかしメイは「フン」と鼻を鳴らして余裕の表情だった。
「先生が魔法少女に変身して悪魔と戦った、とでもみんなに言いふらすつもり? そんなことしたらあんた達が頭がおかしいと思われるだけよ?」
「コンビニでスト□ングゼロと相手もいないのにゼク〇ィ買ってたのみんなにバラしてやるわよ!!」
「ちょっ」
にわかにメイの顔色が変わる。
「ちょちょちょちょ、やめてよマジで。なんなのよ。なんでそんなこと言うのよ」
「他の先生たちも祝福してくれるかもしれませんね! 『あらメイ先生、ようやく寿退職ですか? 相手が見つかってよかったですね、式には呼んでくださいね』ってね!」
「や、やめてやめて! なんでそうやってか弱い女の子をいじめるのよ。次の数学のテストに出す問題教えてあげるからそんなのやめて」
冬だというのに尋常ではない量の汗をかいている。とてもではないがそこに普段の「出来る女」の姿はない。メガネはずれ、眉毛は情けなくハの字になっている姿に、教師の威厳は、無い。
「わ、分かった、分かったから。全部話すから。お願いだから風評被害は止めて」
風評では、ない。
メイは、ずれた眼鏡を直して佇まいを正し、こほんと咳払いをしてから彼女たちに答えた。
「いかにも。私は『魔法少女』よ」
「魔法
自分達が問いただしたものの、しかしアスカ達三人の頭には疑問符が浮かぶ。なんとなく釈然としない。しかしまあそれは今どうでもいいのだ。
「メイ先生、私達には『情報』が必要なんです。『悪魔』と戦うための情報が。昨日見たと思いますが、あのピンク色のキツネザル、私達の『マスコット』は何も教えてくれません。私達が生き残るために情報が必要なんです」
気を取り直してアスカが一気に話す。
「先生、ここじゃ話せない事も多いと思います。どこか落ち着いた場所にでも移動して、お話を聞かせて貰えませんか?」
チカがそれに補足するように話しかける。攻撃的な性格のマリエと、感情の起伏が少なく、冷徹な印象さえ受けるアスカと違って、青木チカは物腰が柔らかく下手に出て話す。唯一両者の間の緩衝材と鳴れる存在だ。
「そうね……」
メイは鼻梁の眼鏡のブリッジをくい、と押さえて考え込む。
(これはちょうどいい機会かもしれないわね)
実を言うと彼女の方も三人といずれは接触を取ろうと考えてはいたのだ。
(
ギラリと眼鏡の奥の眼が光る。それは獲物を狙う肉食獣の目である。
「いいでしょう。話し合いの場をセッティングするわ。ただ、こっちにも準備っていうものがあるから日時はこちらから連絡するけど、いいかしら?」
「え? すぐにじゃダメなんですか」
チカはきょとんとした表情で聞き返すが、メイは馬鹿にしたように首を左右に振るだけだった。その態度が気に食わなかったのか再度マリエが噛みつく。
「ちょっと! 適当に引き延ばして煙に巻く気じゃないでしょうね!」
「あら、随分と信用がないのね。先生なんか悪いことでもしたかしら?」
あくまでも余裕の表情を崩さないメイ。そこに、先ほどまでゼク〇ィの事を突っ込まれて狼狽えていた情けないアラサーの面影はない。
「……信用できないのよ……大人なんて」
絞り出すように小さい声でマリエが呟いた。
「随分大人に対して敵対心を持っているのね。あなた大人と子供の違いって分かってるのかしら?」
「そういう上から目線で話す態度が気に入らないのよ。あんたが大した人間じゃない事なんて分かってるんだからね!!」
敵対姿勢を隠そうともしないマリエ。しかしメイはそれを気にすることもなく鼻で笑って振り返って明後日の方向に歩き出した。
「約束は違えないわ。必ず連絡はする」
コツコツとパンプスの音を響かせながら去っていくその背中を、三人は見送る事しかできなかった。
歩きながら、メイは一人ほくそ笑む。
(これで私の方の役者は揃ったわ。あとは、
暮れなずむ夕日を受けて、学校の校舎がオレンジ色に染まる。
(合コン成立よ!!)
メイは、三人に見えないように、ガッツポーズをとった。
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