第13話 課長バカ一代

「私の事はいいんだけどさ、あんたはどうなのよ」


 メイがグラスを持った手でスケロクの方を指差す。大分酔いが回ったのか、目が据わっている。


 スケロクはバーボンのグラスを回して中の氷を動かし、口の中を湿らせるように一口飲んでから答える。


「俺か? 俺は……」

「相変わらずロリコンは治ってないの?」


 そっちか。


「ロリコンが……『治る』だぁ?」


 他愛のない話題のように見えたのだが、スケロクの眉間には皺が寄り目つきが鋭くなった。


「じゃあてめえは『未だにコメを食うのが治らねえんだな』って言われたらコメを食うのやめんのか!?」


 メイが首を傾げる。意味不明である。言いたいことはなんとなくわかるのだが、言っている意味は分からない。


「いいか! そもそもお前らはまるでロリコンが悪いことかのように……」

「ごめんごめん話題変えるわ」

「いや待て、言わなきゃ気が済まん。っていうかよくよく考えたら俺さっきお前に殴られたよな? なんも悪いことしてないのに!」

「は? ロリコンは『悪』でしょうが。あんなセリフ吐いたらアメリカだったら射殺しても罪に問われないわよ」

「お前本当よく聞けよ? そもそもお前みたいに肥え太った醜い乳をぶら下げたババアに欲情する方がおかしいんだよ! 穢れ亡き美しい少女を愛することが……ってそういえばお前いい年こいて魔法『少女』ってどういうつもりだ図々しい。あのな? 『少女』って言葉はお前みたいな奴のためにあるんじゃなくてな……」


 メイは思わずため息を漏らして視線を逸らすが、ヒートアップしたスケロクは収まりそうにない。ふと周りの席に視線を移すと、皆嫌そうな表情でこちらを睨んでいる。


 それはそうだ。


 仕事の疲れを癒しにバーに来ているというのに始まったのはロリコンの独演会。それもだんだんと声が大きくなってきている。迷惑以外の何物でもない。


 仕方なくメイは折れることにした。


「分かった分かった。手を出さなきゃあんたの内心の自由には触れないから。そういう事じゃなくって、あんたいったい今何してんのかが聞きたいんだけど?」


「そもそもロリコンを『コンプレックス』と呼ぶこと自体が、俺か? 俺は……」


 いつの間にか立ち上がっていたスケロクは軽く辺りを見回し、次に自分の立ち位置を確かめるかのように自らの体を見下ろす。


「ロリコンの素晴らしさを説くために、馴染みのバーで、大声上げて演説してるところだ……」


 そういう事ではないのだが。


 しかしそういう事ではないのだが、どうやら冷静になれたようで、ストンと椅子に腰を下ろし、バーボンを一口飲んだ。


「あんた悪魔に銃を撃って撃退してたわよね? 普通あんなの悪魔に効かないんだけど? あんた今何の仕事してんの?」


「まあ、その二つの質問の答えは実は同じだな。銃を持ってたから分かるだろう? 俺は今警察官だ」


 方眉を上げ、グラスを持った手でメイを指差しながら答える。メイはその格好つけた言い草に少し苛立った。


「警察官がなんであんな『怪異』に対処できんのよ」


「警察庁公安部特異現象作業係の課長補佐代理心得、それが俺の肩書だ」


 なんだかよく分からない肩書ではある。しかしこの言葉にメイの目の色が変わった。


(国家公務員……!!)


 驚きの安定職、それも公務員の中でも「国家公務員」は一段上のステータスを持つ。しかも役職付き。管理職である課長……の補佐……の、代理……心得、である。よく分からないが。


 婚活という都会の砂漠を彷徨っているメイの目の前にまさかこんな優良物件が飛び込んでくるとは思いもよらなかった。


 とは言うものの。


 正直言ってこの目の前の男は恋愛対象にはならない。


 幼いころから知っていて今更そういう目で見ることは出来ないし、何よりこの男は重度のロリコンであり、十五歳を超えると自動的に恋愛対象から外れるような男である。

 だからこそこんなに素の自分を見せて酒を飲み、語らうことができるのであるが。


「ねえ、あんたさ、職場の人とか紹介してよ」


 搦め手に出た。


「無理だな」

「なんでよ!」


 しかし即座にその手は打ち払われる。


「だって俺の職場所属人員は俺一人しかいねーもん」


 まさかの展開、と言えば少し語弊がある。メイもなんとなくだがそんな気はしていたのだ。この若さにして課長。の、補佐の、代理の、心得。


 まさか一人しかいないとは思っていなかったものの、業務内容が特殊過ぎてごく少人数の職場ではないかとは思っていたのだ。しかしメイはそのくらいで引き下がる人間ではない。彼女は後がないのだ。


「部署にいなくても職場の友達とかいるでしょ? 誰でもいいから紹介してよ。若くてイケメンで年収一千万以上なら文句は言わないから!」


 全然「誰でも」ではない。しかしそれはそれとして彼の返答は。


「無理だな」

「だからなんでよ!!」


 取り付く島もないのである。


「だって俺友達いねーもん」

「むぅ」


 二の句が告げなかった。


 思い出してみれば、学生の頃からそうであった。孤高の人物と言えば聞こえはいいものの、このスケロクという男は若いころから成績優秀、スポーツ万能で顔立ちも良いのではあるが、しかしいかんせん性格が悪い。


 相手の都合というものを全く考えずに自分の話を進める上に、ロリコン。


 同級生からは「とっつきにくい奴」「ムカつく奴」と思われているだけではなく「こいつと同類だと思われたくない」とまで考えられている人物だったのだ。


 そしてその性格は社会人になったところで当然改善されているわけがなかったのだ。


「お前よお、真面目に婚活考えてるんなら年収一千万以上とかふざけた夢語ってんじゃねーよ。現実見ろよ。恋愛ってそういうもんじゃねーだろ」


「いい年こいてロリコンのあんたに言われたくないわよ」


「結婚とか恋愛の条件に『金』が入ってくる時点でおかしいだろうが。俺のは純愛だし、少女と結婚したいなんて一言も言った事なんかねーぞ」


 ロリコンに恋愛観を説教される。


 なかなかできない経験である。当然これに黙っているほどメイはわきまえた人間ではない。


「あんた価値観が古いのよ。

 人を好きになる理由ってなに? 顔がいい、性格がいい、胸が大きい、細マッチョ、社会的ステータスがある。それと同じように『金を持ってる』が入って何がいけないっていうのよ?」


 メイはマティーニを一気にグイ、と飲み干した。


「いい? 私は別にお金と結婚したいわけじゃないのよ。でもね? よく考えてみて。お金をたくさん稼げるって事は、その人がそれだけ努力が出来て、計画性があって、つまりは人間が出来てるっていう事なのよ、分かる?」


 スケロクは「はぁ」とため息をついてバーボンを一口飲む。触れなくていいところに触れてしまった、という感じだ。


「私はそういう総合的な人間性に惚れるのよ。っていうか惚れる予定なのよ。だからいい人紹介しなさいよ。今からでもいいから人脈作って私に紹介しなさいよ!!」


「なんで俺がそんなことしなきゃなんねぇんだよ、お前のために」


 そりゃそうである。メイの方も自分が暴論を振りかざしたという事に気付いて一旦黙る。しかしそこで退くような女ではない。魔法少女は諦めない。


「いいでしょう。じゃああんたがいい人を紹介してくれるんなら、私が合コンをセッティングしてあげるわよ」


「あのなあ、俺はそこらの女に興味なんて……」


「私の生徒と」


「なんだと」

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