第12話 二人の薄明かり

「で? お前いったい今何してんだ」


「中学校の教師よ」


 そうではない。


 そんなことを聞きたいのではない。何故この女はこの状況で普通の同窓会みたいな空気で近況報告を求められていると思ってしまったのか。


 二人は駅のすぐ近くにある静かな雰囲気のバーで、カウンターではない、少し離れたテーブルに座ってグラスを傾けていた。


 スケロクの注文したバーボンウィスキーの氷にキラキラと琥珀色の照明が反射する。


「俺が聞きたいのは当然、あのイカれた少女趣味みたいな恰好は何なんだってこった」


 メイはソルティドッグをぐい、とあおってからスケロクの目を見つめる。別にいい雰囲気なわけではない。


 「この男に話しても大丈夫か」と考えているのだ。メイはフローキを倒した後、いつものように死体を捕食しに来たガリメラをしり目にすぐに公園に急いで戻った。


 彼女も気になってはいたのだ。「本当に悪魔はあのフローキ一体だけだったのか」……実際彼女の予感は当たっていて、公園に戻った時、ちょうどスケロクがベルガイストを追い払ったところであった。


 つまり、彼も「素人」ではない。拳銃を持っていたことを置いておいても、悪魔は通常の弾丸ではほとんどダメージを与えられないことが多い。で、あるならば、彼も何らかの「関係者」なのだ。


 結論として、彼女はスケロクに全てを話すことに決めた。少なくとも敵ではない。ならば、話をすることで彼女の生徒たちを助けることにも繋がるかもしれないからだ。


「私ね……魔法少女やってるの」

「なんだって」


 眉間に皺をよせ、露骨に嫌そうな表情をしながらスケロクがグラスを口に傾ける。


「二十年前から」

「あぁん?」


 スケロクはハンカチで口元を吹き、視線を左右の天井に彷徨わせて少し考える。


「するってぇと……十二の頃から?」


 魔法少女歴二十年のベテラン。それがメイの正体である。


「ちょっと待て。ちょっと待て待て待て」


 膝の上に肘を乗せ、眉間をつまむような動作を見せて考え込む。


「まずな? ……少女?」

「なによ? 悪い?」


 悪くはないが。


 しかし良くもない。


「あのさぁ……魔法少女?」

「そう言ってるでしょうが。耄碌したの?」


 「まいった」といった表情である。服装からして尋常な事態ではないとは思っていたものの、やはり事態は深刻であった。


 目の前の女性。髪をアップにまとめて黒いタートルネックのニットを着ている。非常に落ち着いた風情の美女。整った顔立ちの妖艶な顔。メガネは知的な印象を与え、左にある泣き黒子がよいアクセントになっている、三十路の女性。


 身長は百七十五センチと、女性としては非常に長身であり、年相応にグラマラスな体つき、重そうな双丘は道行く男たちを思わず振り向かせる。


 そのアラサー女が、魔法少女。


 スケロクは、事態を測りかねていた。


「少なくとも始めたころ、十二歳の時は『魔法少女』よね?」


 うむ。


「次の年もそうよね?」


 まあ。


「高校に上がったらどうなるかしら?」


 ギリ。


 実際プリ〇ュアにも時折高校生の女の子が出てくる。


「継続は力なり」


 なるほど。


(いやおかしいだろう)


 スケロクはじっとメイを見つめる。


(確かに「少女」に法的な年齢制限はない)


 彼の眉間には段々と皺が寄ってきた。


(魔法少女歴二十年のベテラン……?)


 歯を噛み締め、頬の筋肉がこわばる。


(まあいいや、のっとけ)


「ふぅん、魔法少女かあ」


「そうよ。めっちゃ大変なのよ」


 いろいろと突っ込みたいところはある。しかしそれをすると話が進まないのだ。


「悪魔が現れるのは殆ど夜だからまだいいんだけどさあ、学校でガキ共の相手して疲れてるってんのに夜になったら悪魔共の相手よ? まあある意味ガキ共も悪魔みたいなもんなんだけどさ? 毛も生えそろってないガキのくせに私の事いやらしい目でじろじろ見てくんのよ。ま、仕方ないっちゃ仕方ないけどさ? こぉんなナイスバディを毎日見せられたら覚えたてのサル共が放っとくわけないっていうかさ? んで話は戻るけど今日だって家帰ってくつろいでるところに急に知らせが入ってさあ……」


 のっても話が進まなかった。


「んで? あの女の子たちは何だったんだ? お前と同じような格好してて、悪魔と戦ってるように見えたけど?」


 これ以上メイのとりとめのない話に乗っても収穫はないだろう。そう判断してスケロクは少し強引に話に乗り込んだ。


 メイは喋り過ぎて喉が渇いたのか残りのソルティドッグを飲み干し、小さく「くぅ」と呻いてからマスターにマティーニを頼んだ。結構なペースで飲んでいる。


「私の生徒よ」


 違う。


 そういうことを聞きたいのではない。


「そうじゃなくてだな、メイ。あのイカれた……お前みたいな服装はなんだっていうんだよ」

「誰がイカレてるってコルァ!!」


 ドン、とテーブルを叩き、静かな店内の注目が集まる。大分酔いの回っているメイはあまり気にしていないようではあるが。しかしマスターが注文のマティーニをおきながらやんわりと注意すると前傾になっていた腰を椅子に落とした。


「落ち着け……あの魔法少女みたいな恰好はなんなんだよ」

「さあ? 魔法少女みたいなら、魔法少女なんじゃないの?」


 スケロクは疑問符を浮かべる。


 どういう事だろうか。てっきり似たような恰好をした者が四人いたからそれぞれ関係者なのだろうと、彼は思っていたのだが。


「まさかとは思うが、お前もよく知らんってことか?」

「そういう言い方もできるわね」


 時間の無駄だったか。


 心の中で小さくスケロクは舌打ちをする。


 彼が見るにあの三人の少女は悪魔との戦いに駆り出されていて、しかもその実力は敵の強さに見合っていないように感じられた。


 ならば、と思ってメイに事情を聞こうと思ったのだったが、まさか無関係だったとは。


(魔法少女ってそんなにそこらにゴロゴロしてるもんなのか?)


 カラン、とグラスの中の氷が崩れた。

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