第17話 魔法少女を続けるという事

「いかにも。私は魔法少女よ」


「あぁ?」


 知っている筈のスケロクが反射的に嫌そうな表情をする。この男はアラサーの女が「少女」を自称するのが生理的に許せないのだ。


 しかし事実なのだから仕方あるまい。


「この化け物……メイ先生のマスコットだったんだ」


「ルビィ、出て来てくれる?」


 アスカが呼びかけると何もない空間から閃光が走り、アスカ達のマスコット、ピンク色のキツネザルのルビィが姿を現す。


「こうやって見比べてみると……えぐいわね」


 何が、とは言わないが、マリエが素直な感想を漏らす。


 一方は愛らしい顔をしたピンク色のキツネザル。一方はバスケットボール大の胴体に直接巨大な目玉と腕まで裂けた口に鋭い牙を備えた化け物。差は歴然である。


 メイが投げるようにガリメラを飛ばせると、少し羽ばたいてそれはテーブルの上、ルビィの隣に着地した。


「この有機物……本当に大丈夫ッチ? 食われたりしないッチ?」


 テーブルの上で横に並んだルビィは小さく震えている。しかしスケロクとメイは勿論アスカ達もルビィの事は気にせず話を続ける。


「結局メイも君達もなんだか知らんが魔法少女やって悪魔たちと戦ってるんだろ? なんでまたそんなことに?」


「私は……そこの、ルビィに『魔法少女になって悪と戦ってほしい』って勧誘されて……チカとマリエも同じだと思いますけど……」


 アスカが簡単に説明するとチカとマリエは無言で頷く。


「正義の味方になって安っぽいヒロイックな気持ちに浸りたいのは分かるけどね、子供のやる事じゃないわ。命を落とす危険もあるのよ」


「メイの言うとおりだぜ。子供にゃ危険だ」


「私は……」


 チカとアスカは俯いて黙ってしまったがマリエはこの言葉に噛みつこうとして、少し口ごもった。ガリメラに怯えているルビィの方を見てから一気にまくしたてるように喋る。


「そうだ、思い出した! なんでこんな大切なこと忘れてたのか。悪の組織を倒したらルビィは何でも願い事を一つ叶えてくれるって約束したのよ!! ルビィ、忘れたとは言わせないからね!?」


「……?」


 沈黙の時が流れる。首を傾げるルビィ、その様子を見てマリエはプルプルと震えている。


 まさかとは、まさかとは思うがこの畜生、覚えていないのでは。


「落ち着いて欲しいッチ」


 ルビィが両掌をマリエの方に向ける。


「ルビィがマリエのお願いの事を覚えてないのはこの際置いておくッチ。でも夢というのは、諦めなければいつかきっとかなうッチ。魔法少女の力なら、そんな世界をきっと作り上げられるッチ。でも、戦い続けることで本当にそんな世界が来るッチ? それは厳しいと思うッチ。でもそんな世界がいつか来たらいいな、と思ってるッチ」


「またバグりだしたわよこのサル……っていうか、私の時はそんな話全然なかったんだけど?」

「私もなかったです……」


アスカとチカが心底軽蔑したような表情でルビィを見ている。


「こんな獣の言葉に整合性を求めても無駄よ。というかよくこんなわけ分かんない生物の口車に乗ってそんな危ないことする気になったわね」

「ぐ……」


 口をつぐむマリエ。言われてみればそうなのだが、しかし「魔法少女」という超常現象の前にはそれを信じさせられてしまうものがあったのは確かなのだ。


「メイ先生はマスコットに勧誘されたんじゃないんですか?」

「私の場合はちょっと事情が違うわね。というか基本ガリメラは喋らないわ」


 チカはメイに即答されてガリメラの方を見る。


 確かに喋りそうには見えない。というか何を考えているのかすら全く分からない虚ろな目をしている。


「私達には、私達のそれぞれの理由があって戦うんです。メイ先生にそれを止める権利はありません」

「ご立派な事ね。でもよく考えなさい。このまま魔法少女を続けていけば、いずれは……」


 メイは少し眼鏡をずらして裸眼でアスカをまっすぐ見つめながら話を続ける。


「私みたいになるわよ」


 ぞくりと悪寒が走った。


「人間っていうのは業の深い生き物よ。悪の組織なんてもんは次から次へと出てくる。魔法少女に『やめ時』なんてもんはないのよ」


 三人の少女の顔が恐怖に染まる。


「こいつらをシメたら終わりにしよう、次の奴で最後にしよう、いくら戦っても見過ごせないような悪が次から次へと出てくるの。気づいたら三年、四年と続いていって、いつの間にか二十歳」


 メイはくい、と眼鏡のブリッジを押して位置を直す。アスカ達は声を挟むことができない。


「ちょうど成人式の日も、みんなが振袖着てはしゃいでる時に、私はを着て悪魔と戦ってたわ」


 あの服、とはもちろん、例の魔法少女の衣装の事である。もっと別の服着て戦うわけにはいかないのだろうか。


「一緒に魔法少女を始めた幼馴染みはいつの間にか結婚。三十も過ぎるとだんだんと同窓生の結婚を知らせる葉書すらピークを過ぎて少なくなってくる。こっちは何十万一方通行のご祝儀包んだと思ってんのよ!!」


怒気を孕んだメイの怒りにも似た言葉にアスカ達は呼吸をする事すら忘れる。


「年始になれば、毎年子供と旦那の写真付きの、私にとっちゃ拷問にも似た年賀状が届く! この年になるとね、若いカップルを街で見かけても何の気持ちも湧かないのよ。その代わり仲の良さそうな家族連れ見かけると血反吐吐きそうになるんだけどね!!」


 聞きとうない。そんな魔法少女の話聞きとうない。


 メイはその場に膝から崩れ落ちるように座り込んで頭を両手で抱える。


「今はまだいい……まだいいのよ。でも十年後、二十年後を想像した時、その時も私は安アパートで一人でスト□ングゼロ飲んでんのかな、って思うとね、心が闇に飲み込まれて溺れそうになるのよ。それをかろうじてスト□ングゼロで繋ぎ止めるの」


 スト□ングゼロをやめろ。


「婚活で寄ってくるのは年収四百万にも満たないザコばっかだし! こんなことなら前の男で妥協して結婚しとくんだった!! 私が一体何したっていうのよ!! 誰よりも一生懸命戦って市民を守ってきたっていうのに!! 魔法少女なんかになるんじゃなかった!!」


 婚活のくだりは魔法少女関係ない。


「ん?」


 メイの叫び声の最中、チカが何かに気付いた。


 ゴリッ、ゴリッと、鈍い音がする。


「なんだろう……この音……?」


 全員が辺りを見回して周囲に気を配る。しかしその音の主はすぐに見つかった。アスカが顔面を蒼白にしながらを指差す。


「が……ガリメラが……」


 その惨劇はテーブルの上で起きていた。


「ルビィを……食べてる」

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