第10話 謎の男
「戦力の逐次投入……?」
マリエの言葉にチカが恐る恐る聞き返す。三つ編みに眼鏡という、魔法少女の衣装に身を包んでいてもなお気弱そうに見えるチカ。
実際今までの戦いでも彼女は生来持つ臆病な気質ゆえほとんど最前線での戦いは二人に任せて、自信の得意手である回復魔法によるサポートに徹していた。マリエの不穏な言葉に震えるのも順当と言えよう。
「そうよ。最近の
「来たッチ!」
遅い。
マリエの警告から5分ほど遅れて、ようやくピンク色のキツネザル、ルビィが警戒を促した。
どす黒い瘴気。
黒い霧が辺りに立ち込め、そしてそれが三人の少女の前で渦を巻き、一カ所に集まって人の形をとった。
灰と煤から生まれたような黒い肌。健康的な褐色ではなく、焼け焦げたような色。黒い眼球に灰色の瞳孔。肉食獣のような鋭い牙を持った男が三人の前に浮遊して現れたのだ。
「どうやら無事あの
「フッ!!」
語らせない。
名乗りなど許しているほどの余裕はないのだ。既に自分達は敵の罠に嵌まっている。で、あるならばせめて、先手を取って少しでも有利に事を進めたい。
その気持ちがアスカに攻撃の手を促した。右手に持っていたステッキでの脇腹への高速突き。その
肋骨の隙間に突き刺さるようにステッキはめり込み、アスカの腕にもその確かな手ごたえを伝えた。
思わずアスカの顔ににやりと笑みが浮かぶ。しかし同時にベルガイストにも同様の笑みが浮かんだのだ。
不意に手ごたえが消えた。
抵抗が消え、ステッキが突き抜ける。それと同時にバランスを崩したアスカの鼻っ柱にベルガイストの直突きが入って、彼女は吹っ飛ばされた。
「うぐッ!?」
「アスカっ!!」
「アスカちゃん!!」
もちろん致命傷ではないのだが、しかしそれ以上に精神的ダメージの方が大きかった。チカとマリエに支えられて上半身を起こし、右手で血の溢れる鼻を抑えながらアスカは目を見開く。
「無駄だ。物理攻撃は俺には効かない。だが当然魔法を使わせるような隙は与えない」
そう言ってベルガイストが右手を差し出すと、再び黒い霧が集まり、先端の丸い
「死ね、小娘!!」
間合いは三歩ほど。逃げられる距離ではない。ベルガイストの剣が振りかぶられ、三人の顔が絶望に染まる。
パン、と、その時、破裂音が聞こえた。
「ぐっ……!?」
ベルガイストの動きが止まり、彼は即座に自らの胸を抑えた。指の間からは血が
「魔力を込めた弾丸なら」
アスカ達の後ろから男の声が聞こえた。
「効くみてぇだな」
その音は確かに発砲音であった。
アスカ達が振り返ったその先にいたのは、細身で長身の金髪の男性。おろした右手にはリボルバー式の拳銃を手にしている。
「邪魔が入ったか……」
ベルガイストは謎の男の出現に即座に不利を自覚し、姿を再び黒い霧に変えて消滅してしまった。アスカ達はただただついていけない展開に困惑するのみである。
ピンチに陥ったと思ったらまたも謎の人物に助けられた……二日連続、という事になるのだが、この人物はいったい何者なのか。少なくとも「魔法少女」ではあるまい。
アラサー行き遅れ女が魔法少女やってるんだからもはや何でもありな気がしないでもないのだが、しかし今度の男性はレースのついた過剰装飾のフリフリ衣装を着ているわけではない。真冬にしては少し軽装ではあるが、グレーのスーツ姿である。
「ちょ、ちょっと、イケメンじゃない。誰よこの人」
マリエがアスカに小声で尋ねるが、しかしアスカだって知るはずがない。初対面だ。
そして、突然現れて悪魔を倒す、という異様な状況に冷静さを失っていたが、言われてみれば確かにイケメンである。少し軽薄そうな印象を受けるが、スラっと背が高くて体は引き締まっており、顔も整っている。アスカは思い切って男に直接訪ねてみた。
「た、助けてくれてありがとうございます。あの……あなたはいったい?」
「俺か?」
男は銃口からまだ昇っている煙を鼻から少し吸い込んでから、スーツの下に着こんでいるホルスターにそれを収めた。
「名乗るほどのもんじゃないさ。通りすがりのロリコンだ」
ゴッ
骨と骨のぶつかり合う、鈍い音。
男性の顔がひしゃげて、少し遅れてその体ふっとび、地面に倒れ込んだ。
「それ以上私の生徒に近づいたらぶん殴るわよ性犯罪者」
「な……殴る前に言ってくれ」
「メイ先生!?」
少し状況が渋滞してきた。軽く状況を説明させていただくと、メイとアスカ達三人が分かれてほんの数分後の事であった。四天王の一人ベルガイストが現れたのは。
ベルガイストの能力の前にアスカ達三人は手も足も出ない状況であったが、颯爽と現れた男の「魔力を込められた銃弾」によってそのベルガイストも退けられた。
そしてその「謎の男」が再度現れたメイによってぶん殴られたのだ。
「『私の生徒』って……やっぱりメイ先生なんじゃん」
「言葉の綾よ」
どんな綾があると生徒になるというのか。
とはいえ、結果的にはアスカ達三人は危機を脱することができたのだ。絶望的かに思えたメイの生存も確認できた。
残るは目の前に現れた長身の男、これが何者なのかという事だけである。
「ぐ……いつつ、相変わらずの暴力的な女だな」
謎の男が殴られた頬をさすりながら上体を起こす。
妙なセリフ回しであることにアスカも気づいた。まるでメイの事を知っているような口調である。そして、男の顔を見てメイの鉄仮面にも表情の変化があった。
「あんた……まさか、スケロク?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます