第5話 コンビニ

「アスカちゃん、マリエちゃん、こんなの良くないよ、やめようよ!」

「静かにして、チカ。見つかっちゃうわ」


 日も落ちて暗くなった頃。その夜空と同じように美しい黒髪をなびかせながら、アスカはいつものように冷静にチカに応えた。


 結局学校にいる間に彼女達三人は「葛葉メイ」と「プリティメイ」共通点を見つけることは出来なかった。


 そこで彼女たちがとった次のアクション。それが「尾行」であった。といっても、チカだけはそれに反対だったようだが。


「別に法に触れる事してるわけじゃなし、何も問題ないわよ。嫌なら帰れば?」


 マリエにそうは言われるものの、しかし帰るわけにはいかない。こと魔法少女に関することであれば他人事ではないし、そもそもチカ自身も気になって仕方ないのだ。


「そんな事より気付かれないように……あっ、コンビニに入ったわね」


 町を歩いていれば非常に目立つ女である。百七十五センチの長身に恵まれたスタイル。そしてそのはち切れんばかりの放漫な体を包むタイトスカートとスーツ。


 道を歩いていればおそらくは若い男性なら十人中八人は振り返る様な「イイ女」、それが葛葉メイなのだ。その「イイ女」が魔法少女などと……


 今までの行動にも不審な点はない。メイはコンビニに入ると雑誌のコーナーで足を止め、何かをじっと見ている。


「チカ、あんたの力なら何を見てるのか分かるでしょ? 何見てんの?」


 魔法少女としての力を得て以来、変身中はもとより、普段の生活時にもその影響は表れている。もちろんそれを公にしないようには気を付けて生活しているのだが、青木チカの場合尋常な人間よりも五感が鋭くなっているのだ。本当は、以前から着けていた眼鏡がいらないほどに。


「あれは……ゼ」


 ウィンドウ越しに立っているメイの視線の先に目を凝らして、チカは思わず一度顔を逸らしてから、ゆっくりと答える。


「ゼク〇ィです」

「ふんッ」

「ぷふッ」


 アスカとマリエが手で口を押え、同時に顔を逸らし、そのままぷるぷると肩を震わせる。チカは気まずそうに空を見上げている。


「はぁ~……もう大丈夫よ」

「なにが……あっ」


 メイはゼク〇ィの前から移動したがその際にチカが小さく声を上げた。


「どうしたの?」

「今小さく舌打ちしましたね。ゼク〇ィに」

「ふひゅッ」

「ひふッ」


 またもアスカとマリエが息を噴き出して震えだす。


 その間にメイは数歩歩いて、今度は雑誌を手に取って中身を確認している。


「立ち読みしてますね……プレイボ〇イを」

「おほっ、おっさんじゃん……」

「ちょっ……」


 「おっさん」発言をしたマリエにアスカが肩パンを入れて、二人はまたぷるぷるとバイブモードに入る。


「んふっ、笑わせないでよマリエ……」

「先生が笑わせてんのよ」

「くふっ……」


 今度は三人ともバイブモードに入った。傍から見るとアラサー行き遅れ女のコンビニでの行動を肴に笑ってる中学生である。アラサー笑うな行く道だ。


「ふぅ……あ、雑誌コーナーを出ましたね」


 何とか息を整えたチカがメイの実況を再開する。


 三人の脳裏には一瞬「コンビニで何を買ってるかが魔法少女の証拠に繋がるか?」という考えがよぎったが、しかしそれよりも「アラサー独身女のウォッチングが楽しい」という考えにかき消された。


「飲み物のコーナーに……あ、飲み物っていうか……」


 一瞬チカが戸惑いを見せ、唇をかんだ。


「スト□ングゼロを……三本買いましたね」

「ふひぃッ」

「んひゅッ……」


 また二人がバイブモードに入る。しかしチカとメイは攻撃の手を緩める気配はない。


「あっ、さらに鯖缶を買ってますね……つまみですね」

「んっ、んっ……」

「…………ッ」

 二人は声にならない声で必死に笑いを堪える。


「完全に夜勤明けの工場勤めのおっさんの買い物ですね……」

「ちょっ……」

「チカ……んふっ、あんたホント……」

「私は悪くありません。事実を事実のまま述べてるだけです。メイ先生が全部悪いんです」


 マリエとアスカは無言で両側からチカに肩パンを入れ続ける。震えながら。


「あ、先生が出てきましたよ」


 必死に笑いを堪えていた三人は慌てて道路の植え込みの陰に隠れる。コンビニから出てきたメイのレジ袋はパンパンに膨れているが、どうやら彼女たちに気付いた様子はない。


「あっ」


 その時、さらにチカが小さく声を上げた。


「結局ゼク〇ィ買ってますね……」

「ふぶッ」

「かひゅッ」


「これで相手いないのに買ってたら相当イタいですね」

「んふッ」

「追撃すんな」


 アスカとマリエは植え込みの陰でお腹を抑えながら震えているが、チカだけは相変わらずメイの観察を続けている。

 メイの方はコンビニの出口で立ち止まったまま何やらスマホを取り出して画面を見ながらぶつぶつひとりごとを言っている。歩きスマホはしない。教師の鑑である。


「何て言ってる? チカ……」



 マリエが尋ねる。「追撃するな」とは言ったものの、やはり気になるのか。


「ん……『年収三百万……問題外だろ……もっとましなのいないの』……マッチングアプリ見てるみたいですね」

「相手いないの確定じゃん……」

「モチベーションアップのためにゼク〇ィ買ったのね」


 その後、特にメイは新しい動きを見せることなく、学校からそれほど離れていない小汚いアパートの一階に入っていき、結局それ以上の追跡は不可能となった。


アスカ達三人はメイの帰宅を確認してから近所の公園で話し合って分かったことをまとめる。


「思った通り、どうやら葛葉先生は……」

「『行き遅れ』ね……」

「ふンッ……」

「プッ……」


 時間は七時を回った頃。まだまだ遅い時間ではないが、夜の住宅街の公園には静寂が訪れている。そんな中、三人の押し殺すような吐息が漏れていた。


「そしてスト□ングゼロを愛飲している」

「ちょっ……」

「やめてよッ……フッ……」


 結局。


 メイの事を探って分かって事は、彼女が「鉄仮面」というあだ名に似つかわしくなく非常に面白い、いや、いじりがいのある私生活を送っているという事だけであった。魔法少女との関連性については何も分からなかったのだ。


「……ルビィに聞いてみる?」

「あの畜生に聞いたって何も分かんないわよ」


 アスカが例のピンク色のキツネザルに助力を求めることを提案したがマリエはすぐにその案を却下した。マリエはさらに言葉を続ける。


「ていうかさあ、先生の正体がわかったところで何にもならなくない?」

「ん……」


 思わずアスカとチカは黙り込んでしまう。


「仮に昨日の痴女が先生だったとしてよ?」

「魔法少女を痴女ってことにすると、私達にもダメージが……」

「ぶっちゃけ屈筋団クッキングダムを倒してくれるんなら誰だっていいじゃん。そもそも……あれ? そもそもなんで私達あんな変な悪魔どもと戦ってるんだっけ……」


 アスカとチカが微妙な顔をして考え込む。


「ん……なんで私達魔法少女なんかに……あ、そうだ! ルビィが私達の前に現れて、願いをなんでもかなえてあげるからって……」

「プキーッ!!」


 マリエがブツブツと、会話とも独り言ともつかない言葉を発していると唐突に三人の間の空間にピンク色の光が差し、桃色のキツネザル、ルビィが現れた。


「ボクの事を呼んだッチ?」

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