第6話 バグったサル

「ルビィ!」

「呼んでないのに出やがったわねクソザルが」


 マリエが突然現れたキツネザルに似た姿のピンク色のマスコットに露骨に不快感を表す。


「んで、何の用だッチ?」


 ルビィの問いかけに三人は少し考え込む。今日は元々葛葉メイが魔法少女なのかどうかその一点を探るために彼女を尾行していたのだが、しかしアスカにはそれよりも少し気になることが直前に出来たのだ。


「私達が魔法少女をやってる理由……たしか」

「アスカ達以外の魔法少女の事を聞きたいんじゃないッチ?」

「あ、ああ! そうそう!」


 話が大分混線してしまっているような状況である。アスカは我に返ったようにルビィの方を向いてから、そして思い出すように視線を上に向けながら話しかける。


「昨日の私達を助けてくれた魔法少……女? 熟女? 魔法女? 魔女? まあいいや、私達を助けてくれた人の正体を知りたいんだけど、ルビィは知らない?」

「……ごめん、何が言いたいのか全然分かんないッチ。文章は一つずつお願いしたいッチ。

 えと……まず? 知らない? ボクが? 何を知らない?」


 所詮はキツネザルである。


「ヤバいわね、こいつ相変わらず話通じねーわ。だから嫌なのよ獣臭い。こんな畜生に相談したって無駄よ」


 マリエはよほどこのサルの事が嫌いなのか露骨に嫌悪感を現すが、しかしアスカは根気よく話を続ける。


「あのね、昨日私達を助けてくれた女の人がいたでしょ?」

「昨日……?」


 だめだこれは……三人の額に、冬であるにもかかわらず脂汗が浮かんだ。ちょっとフォローしきれないレベルのトンチキである。少し喋れるからといって畜生の知能を少し買い被っていたと言ってもいい。


「もうコイツと話しても仕方ないわ。一思いに……これで」

「ちょ、ちょっと、何する気ですか、マリエさん!」


 公園の花壇のふちにあったレンガを持ち上げて振りかぶるマリエをチカが必死で止める。


「でもね、チカ。この低知能生物が森に帰って自分でエサが取れると思う? 苦しんで死ぬよりは、ここで一思いに……」

「だからなんで森に返そうとするんですか! ルビィは魔法生物だから森になんか帰ら……」


 そこまで言ってチカの言葉を止まり、じっとルビィの方を見る。


「プキッ?」


 そもそもこの生き物何なのだ。


 魔法生物ってなんだ。


 そして、人食いの化け物と戦っているというのに、こんなものしか頼るものがないのだという自分達の現状に絶望し始めていた。だからと言って殺しても話は進まないのであるが。


「……まあ、端的に言うと、私たち以外に魔法少女っているの? さらに言うなら三十代くらいの女性で」

「それ……そんなに重要なことッチ?」


 マリエがふん、と鼻を鳴らす。奇しくもルビィとマリエの意見が一致したのだ。キツネザルと一致というのもなんとも嫌なものであるが。


「そんなどうでもいいことでこんな夜中に……それどうでもよくないッチ? よくないッチか……? よくないから呼んだッチね……仮にその魔法少女が……別にどうでもよくないッチ? でもわざわざ呼んだってことは、きっとどうでもよくないって事ッチね……」


「どうすんのよ、バグりだしたわよこのサル」


 またマリエがレンガを構えるがそれをチカが止める。アスカは二人のやりとりを横目でちらりと見ながらもまだ質問を諦めていないようであった。


「あのね、ルビィ。ちゃんと質問に答えて。私たち以外に魔法少女っているの?」

「いるッチ。でもどんな奴かは知らないッチ」

「そっ……それを教えて欲しいんだけど。三十代の魔法少女、いるんでしょ?」

「三十代の魔法少女……?」


 アスカの言葉に首を傾げるルビィ。アスカは思わず「しまった」という表情で顔を手で覆う。


「三十代で……少女? 言ってることがおかしいッチ」


 その通りなのだが、そこは現在争点ではないのだ。だが一度ルビィが話題を逸らしてしまうとそれを軌道修正することは非常に難しい。


「まあ少女に定量的な定義がないから名乗るのは自由ッチ。でもそもそも三十代にもなって魔法がどうとかただのイタい奴だッチ。魔法少女が許されるのはギリギリティーンエイジャーまでだッチ」


 そこは今どうでもいいのだ。


 アスカ達は、別にいい年こいた魔法少女を笑いものにしたかったわけではないのだ。


 ついさっきアラサー独身女を笑いものにしていたような気がするが。


 しかし物事の本質はそこではない。彼女たちはただ「味方が欲しかった」だけだったのだ。


 それぞれの事情はあれど、三人ともなし崩し的に魔法少女としての力を授けられ、悪魔との戦いに身を置いている。その戦いをサポートしてくれているのは目の前にいるピンク色のバグったキツネザルだけ。


 そんな中で、もし年上の、経験豊かな魔法少女がいたならば。


 少し年上すぎる気がしないでもないが。しかし、彼女達を助けてくれるような、そんな存在が欲しかっただけなのだ。


「魔法少女が他にもいるのは間違いないッチ。でもそれが何者なのかは知らないし、敵なのか味方なのかも分からないッチ。分からない事を考えても仕方ないッチ」


 バグってるくせに正論は吐く。ルビィの気迫にアスカも気圧されてしまう。


「世界の端に何があるか、何故太陽は地球の周りをまわり続けるのか、何故物は下に落ちるのか、世界は分からないことだらけだッチ。そんな分からない事に……」

「いやそれ全部分かってるわよ」

「そんなことよりも、悪の気配がするッチ」


 三人の表情に緊張が走る。


 連日の悪魔の出現である。今まではせいぜい週に一回か二回程度だったのが、ここ最近活発化しているように感じられる。チカが焦った表情でアスカに話しかける。


「早く行かないと……また誰か一般人が犠牲になっちゃう」

「その必要はないッチ」


 ルビィがその言葉を遮って空を見上げた。この時期、晴丘市には雨や雪が降ることはほとんどない。街の明かりに邪魔されながらも、空にはオリオン座の三連星が輝いている。


「こっちに凄い速度で向かってるッチ」

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