第4話 葛葉メイ
「
チカが聞き返すとアスカはこくりと頷く。
「誰それ?」
「私とチカの担任で、数学の先生よ。っていうかマリエも数学の担当は同じはずだけど?」
「そうだっけ?」
マリエはどうやら本当に覚えていないようで首を傾げてアッシュブラウンのボブカットを揺らす。アスカは小さくため息をついた。
「なんで忘れるのよ……まあいいわ。明日になれば分かる事よ。今日はもう遅いし家に帰ろう」
本人が既に姿を消してしまった以上もはやここで考えていても分からない。さらに言うなら隣で相変わらず生肉をむさぼっているガリメラの近くにもいたくない。結局この夜、三人は解散の流れとなった。
突如現れた謎の女。
年甲斐もない少女趣味のフリフリ衣装に身を包んだアラサーの女性。その正体については明日に持ち越すこととして三人は夜の闇へと消えていった。
――――――――――――――――
「やっぱりそうだよね?」
「
晴丘市の中心部から少し東に外れた郊外にある中学校にその三人は通っていた。黒髪ストレートの、少しキツめの印象のある少女、白石アスカ。
同じクラスで、眼鏡にふわっとした三つ編みの、気弱そうで小柄な少女、青木チカ。そしてクラスは違うがアスカの幼馴染みでブラウンのボブカットの少女、赤塚マリエ。三人とも一年生である。
授業が終わった放課後の教室。季節は冬。そう遅い時間ではないが、すでに寂しさを感じさせる赤い光が差し込んできている。
アスカとチカに問いかけられて、マリエは頬杖をついて窓の外の夕焼けを眺めながら答える。
「昨日は暗くてよく分かんなかったけど……確かに言われてみれば似てる気がするわ……」
「でしょ? 教科担任の顔覚えてないなんてどうかしてるわよ」
三人が話しているのはもちろん昨日現れた魔法少女……といっていいのかどうか、少なくとも少女ではないだろうが、不審者とでもいうべきか。ともかく自分達を助けた人物が、アスカとチカの担任であり、同時に三人の数学の教科担任である「
マリエは教科担任でしかないメイの事はよく知らなかったようだが、しかしクラス担任であるアスカとチカはよく知っている。
今日も一日よく観察してみてみた。不審な点がないか。
さらに言うならこの「葛葉メイ」という数学教師は学校でもちょっとした有名人なのである。
年齢は32歳、独身。体重は不明だが身長は約百七十五センチ。日本人女性としてはかなり大柄で、それだけでも相当目立つ。その上胸も尻も非常に大きく、ピンと張った背筋はまるでモデルか海外の女優のようだ。
「な、なんか、葛葉先生ってさ『女教師』っていうよりは……」
「AV女優みたいよね」
言いづらそうに言葉を濁したチカに、即座にマリエが言葉を継ぎ足した。
身もふたもない言葉なのであるが、しかしその通りなのだ。まるでAVに出てくる「女教師」なのだ。しかし「AV女優」というよりは「エロ漫画の女教師」と言った方がさらに的確かもしれない。とにかくそんなアイコン的な教師が「葛葉メイ」の外見的特徴である。
「で、その葛葉先生が魔法少女?」
脱線してしまったチカとマリエの会話を軌道修正するためにアスカが言葉を挟む。そうなのだ。最も重要なのはそこである。
そんな「葛葉メイ」の人間性を一言で表す、彼女の陰で言われているあだ名がある。
「鉄仮面」
前述のように、猟師の罠にかかっていたエロ漫画を助けてやったら次の日の夜に恩返しに来たような、絵にかいたような「エロ女教師」なのであるが、蠱惑的な笑みを見せることは決してない。普通の笑みも見せることがない。おおよそ喜怒哀楽というものを全く見せないのだ。
生徒が何か悪さをしても、その冷たい目で見下すように無言で見つめるだけ。そして大抵の生徒はそれだけで謝罪の言葉を口にする。
その「鉄仮面」が「魔法少女」だと?
「魔法少女 プリティメイ」と「鉄仮面 葛葉メイ」の外見的な両者の一致度は9割以上。(そもそもあんなデカい女そうそういない)
そしてファーストネームも同じ「メイ」。
出没場所も、まあ近い。
だが信じられぬ。三人ともにこれは意見が一致した。
「いやそもそもさ、いい年こいて『魔法少女』ってどういうこと?」
「それはブーメランだよう、マリエちゃん……」
すかさずチカが突っ込む。
まあその通りなのだ。
確かにプ〇キュアなどでは、主人公は女子中学生であることが多いのではあるが、しかし彼女たちはもう十三歳である。そんな年齢になって「魔法少女になりたい」なんて言い出すのは相当イタい奴であるし(※)「魔法少女やってるの」と言い出すのも相当イタい。少なくとも彼氏は出来ない。
※但し大きなお友達については考慮しないものとする。
さて、彼女らの事はよいのだ。翻って見るに、葛葉メイである。
32歳独身。百七十五センチの長身にたわわな胸と筋肉質でデカい尻を持つ極上の女。
これが魔法少女であったらどうであろうか。
「うわきつ……」
思わずマリエの口から「きつい」という趣旨の言葉が漏れる。
そう。誰が思っても「きつい」のである。
しかし仮に葛葉メイとプリティメイが繋がらなかったとしてもだ。
愛の戦士、魔法少女プリティメイは確かに実在したのだ。このへんないきものは、まだ晴丘市にいるのです。たぶん。
「魔法少女っていうよりかはさぁ……」
マリエがそう口にしたときに教室のドアが開けられた。
「あなた達、まだいたの」
おおよそ感情というものの感じられない事務的な声。
まさに彼女らの噂していた時の人、葛葉メイ先生であった。
「早く帰りなさい。日が暮れるわ」
用件だけを伝えて、葛葉メイはドアを閉め、後は全く三人に留意することなく教室を後にしてスタスタと歩いて行った。
沈黙の空気が教室を支配する。
夕日はビル群の向こうに消えゆこうとしている。
マリエは言葉の続きを発した。
「魔法熟女ね」
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