第3話 魔法少女プリティメイ

 ごくり


 固唾を飲み込む音がした。


 しかしそれが悪魔とチカのどちらから発されたのかは誰にも分からない。


 当の本人にすらも。


 それほどの衝撃だったのだ。目の前に現れたが。


 沈黙の時が流れる。


 二人(チカと悪魔)の前、十メートルほど離れた距離には直立する女性。黒を基調としたフリルのついた服はチカ達と同じように間違いなく魔法少女のものである。


 であるのだが。


 その年齢はどう見てもアラサー(※)。女性にしては恵まれた体躯をしており、身長は百七五センチといったところ。肩回りの筋肉はどう見てもアスリートのそれである。そして、へそが見えるような服装なのであるが、年相応に、スカートのベルトの上に、肉が乗っている。

※アラサー:三十歳前後のこと


 ともかくその異様な風体に、誰も声を発することができなくなってしまったのだ。


「愛の戦士、魔法少女プリティメイ、見参!!」


 そう言って女性はポーズをとった。深夜の公園でデカい声を出すな。


 「少……」


 悪魔はそれ以上の声を発することができなかった。


 しかし女性は「やることやった」と言わんばかりにかけている眼鏡を指で押し上げてから悠々と歩いて近づいてくる。


「え……え? なに? どちら様……」


 悪魔はまだ状況を把握することができていない。しかしメイと名乗った女性は準備の出来ていない彼の状態には頓着することなく少しずつ歩く速度を速め、ついには走って距離を詰める。その間、彼女は一切言葉を発しない。悪魔の問いかけには答えない。


「ちょっ……」

「マジカルローキック!!」


 破裂するような轟音を響かせて、メイの技が炸裂する。


 ここで説明が必要であろう。おそらく読者の諸兄は「マジカルローキック」と言われてもどんな技なのか想像もつくまい。

 マジカルローキックとは相手の大腿部に衝撃を与える事で機動力を奪う、地味だが確実に相手の戦力を削ぐ物理属性の状態異常魔法なのだ。


「マジカル!! ローキック!! マジカル!!」


 そして中間距離で何度も何度も、細かく悪魔の制空権を出入りしながら、しつこくしつこく悪魔の左足だけに攻撃を集中させる。


「いい加減にしろ!!」


 耐え切れず悪魔がその鋭いかぎづめで攻撃するが、しかし深く踏み込めない。芯の通ってない重心は中途半端な攻撃を生み出し、メイはそれを軽くスウェーバックで躱しながら終わり際にジャブを二発悪魔の鼻っ柱にぶち込む。


「グッ!?」


 唐突にボクシングスタイルに切り替わった戦い方に戸惑う悪魔。体勢を立て直そうとするがしかし左足に力が入らない。


 その隙にメイはさらに攻勢に出る。


「マジカルストレー……」


 大きく右の拳を引いて突進してくる。ジャブからのストレート。それを察した悪魔は両腕を上げて受けの体制に入るが……


「ボディフック!!」


 説明しよう。「マジカルフェイント」とは陽動技によって相手のガードを引き付けることによって急所をあけさせる物理属性の幻惑魔法なのだ。


 メイの左ボディフックが突き刺さった場所、それは奇しくもメイとの戦いの前にアスカ達との戦いによって負傷したひび割れのある場所であった。これも全て狙っての事なのか否か。


「つ……強い……地味だけど強い。地味に強い!」


 悪魔の攻撃によって地に伏していたアスカが顔を上げ小さく呟いた。彼女とマリエも同様にやはりこの突然の闖入者に面食らってはいたものの、しかしその異様な強さに圧倒されていた。


 しかもここまで魔法らしい魔法が全く使われていないのだ。肉弾戦だけで悪魔を圧倒している。


「ぐっ……クソッ」


 毒づく悪魔。しかしその間も攻撃が止むことはない。


 メイは翻弄するように間合いの出入りを繰り返し、悪魔の攻撃は面白いように空を切り、もはや大腿部の外骨格は粉々に割れている。毒づいている暇があれば逃げる算段を立てるべきであった。


 完全に実力不足なのだ。はっきりと言って正統派の強さ。正統派だから小細工が通用しない。


 先ほどのアスカ達との戦いは悪魔側が見事であった。


 三対一という劣勢から人質を取ったり間合いをコントロールしたりしながら相手の魔法攻撃を妨害し、逆に少女たちの苦手な肉弾戦に土俵を移して圧倒した。


 しかし魔法という飛び道具も、特殊な作戦も用いないメイ相手ではそれらは役に立たない。


 そしてそれに気づく前に戦力をマジカルローキックで削られきってしまったのだ。


「くそっ、このババア!!」


 苦し紛れの悪魔のパンチが空を切り、そしてとうとう自分の体さえ支えきれなくなった悪魔はとうとうその場に膝をついてしまった。


「俺の……負けだ」


 悪魔が宣言するが、メイは両拳を軽く握って構えた状態を解かない。慎重に、眼鏡の奥から相手の様子を窺っている。

 逆にその戦いを見守っていたアスカが声をかけた。


「どなたか知りませんがありがとうございます! あとは私達が彼の邪悪な心を浄化します。

 マリエ! チカ! トリプル・オーロラ・スクリューの準備……」

「ガリメラ!!」


 アスカの言葉を遮ってメイがようやく声を上げた。彼女の声に呼応するように闇の向こうからバサバサとはばたく音をさせて異形の化け物が姿を現す。


「ひっ、新手の悪魔!?」


 チカが悲鳴のような声を上げるのも致し方あるまい。夜闇より蝙蝠の羽ばたきのごとき音と共に現れたのはバスケットボールのような丸い体に蝙蝠の羽根と尾を持ち、その体の中心には一つ目と大きな口を備えた、まさしく怪異としか形容の出来ない化け物だったのだ。


 ありていに言えばファイナル〇ァンタジーのアーリマンのような外見である。


「ギ、ギェェ……」


 この世のものとは思えないしゃがれた泣き声と共に、耳……いや、腕まで裂けたその大きな口を開けると、その口の中にメイが右腕を突っ込んだ。


 その化け物が敵か味方かも分からないアスカ達は戦々恐々といった表情をしているのだが、しかしそれ以上に動揺しているのが、悪魔の方である。


 ずるり、と、口に突っ込んだ腕が引き抜かれると、その手にはハートの意匠をあしらったステッキが握られていた。メイの腕と、ステッキと、メイの腕と、そしてガリメラの口を繋いでいる唾液が、とろりと地面に落ちる。


 ブン、と血振りの如くステッキを振るとパタパタとガリメラの唾液が飛ぶ。その血生臭い匂いにマリエは顔をしかめた。


「あ……あの、浄化……悪魔は、通常の攻撃手段では死ななくて……浄化をしないと」

「マジカル~」


 我に返ったアスカが話しかけるが、メイはその言葉には答えないで、悪魔の前でその生臭いステッキを両手で大上段に振りかぶる。


「メイス!!」


 ステッキではなくメイスであった。鋼鉄製であろうか。相当な重量があるようで、振り下ろされると悪魔の頭部の外骨格が容易く割れた。


「た……助け……」

「マジカルメイス!!」


 話など聞かぬ。


 最初からそうである。メイは、敵の悪魔と最初から最後まで徹頭徹尾会話をしない。ただただ、一方的に蹂躙するのだ。敵の命乞いをものともせずに何度も何度も頭にメイスを振り下ろす。


「マジカル……メイス! メイス! メイスッ!!」


~豆知識~

死ぬまでメイスで殴り続けると、悪魔は死ぬ。


「ふぅ……ペッ」


 額の汗をぬぐい、メイは立ち上がってから唾を吐き、そのまま三人には特に声をかけることなく闇の中に歩いて消えていった。


 残されたのは悪魔の死体と、三人の魔法少女、そして異形の飛翔体。


 三人が呆然としていると、ガリメラは悪魔の死体の上に着地して、それをぐちゃぐちゃとむさぼり始めた。どうやらスカベンジャーとしての習性があるようだ。


「なんだったの……いったい……?」


 マリエが呆然とした表情で呟く。


 それもそうだ。何の脈絡もなく突然現れ、こちらと一切会話することなく戦い、そして終わった後も何の会話もなく去っていったのだから。


「ねえ、二人とも……」


 ようやく立ち上がる事の出来たアスカが、慎重に、食事中のガリメラと距離を取りながら歩いて二人に近づいてから話しかける。


「今のって、葛葉くずのは先生じゃない?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る