第2話 ピンチ!

「みつけました、追います!!」


「待って、チカ!!」


 言うなり青い衣装に身を包んだ眼鏡の少女、青木チカは弾かれるように跳んだ。


 アスカが止めようとしたが、声を発した時にはもうその場にはいない。まるでバッタのような異常な跳躍力で給水塔から別のビルの屋上へ、そこからさらに別の建物の屋上へと次々と跳躍していく。


「あのバカ! 戦えないくせに!!」


 マリエが毒づき、二人は慌ててチカのあとを追う。二人もチカほどではないものの、おおよそ1メートル以上の体躯のある哺乳類とは思えないような跳躍力で彼女を追っていき、ビルの給水塔の上にはピンク色のキツネザルだけが残された。


 ピンク色のキツネザル、ルビィはふよふよと空中に浮いたまま腕を組んで遠ざかっていく三人の魔法少女達の方を見つめていた。


「さあ……たっぷり魔法を使って、役に立って欲しいッチ」



――――――――――――――――



「アスカさん、マリエさん、ここからは慎重に……」


 最初にアスカ達三人のいたビルから1キロほど離れた場所でチカは道路の上におり、そう言うと同時に人差し指で口を封するジェスチャーをした。


 悪魔が近いのだろうという事を察してアスカとマリエの表情に緊張の色が差す。


「この辺は住宅地なので、派手な動きしてこんな格好してるの見られると恥ずかしいので」

「そっちか」


 若干肩透かしなチカの言葉にぐらりとするアスカとマリエであったが、しかし実際目立つのだ。それぞれがイメージカラーなのか、チカは青、マリエは赤、アスカは白を基調としたフリルで装飾されたちょっとしたドレスのような服に身を包んでいる。夜とはいえ月明かりと街灯の下では目立つ原色衣装。


 おまけに三人ともどう見ても未成年。補導でもされたらシャレにならない。家族や学校にも連絡が行く。


「お宅の娘さん魔法少女やってます」と。


 三人とも親バレだけは絶対したくないのだ。学校バレもしたくないが。それならばそんな派手な格好をそもそもするな、と思うかもしれないが、魔法の力を使って魔法少女に変身すると自動的にこの姿になってしまうのだ。如何ともし難い。


 とにかく、実際追っていた悪魔には近づいているようでチカは二人を後ろに従えて慎重に住宅街の道を行く。


 慎重に道を進んでいると、少し開けた場所に出た。公園である。チカは植え込みに身を隠すようにしゃがみ、顔だけを出して中の様子を窺う。彼女だけが敵の居場所を把握できているので、アスカとマリエもそれに倣うように身をかがめる。


 チカの視界にはドーム型の中が空洞になっている遊具が入った。そのドームの入り口から人に非ざる異業の脚が見えていることに、チカの鋭敏な視覚が気付いた。


 無効からこちらが視認できる状態ではないという事を確認してから、チカはゆっくりと植え込みから出て、後ろの二人に合図をする。


(どうする? ダメージが大きいみたいだけど……)


 小声でマリエが二人に声をかける。一度は逃げられたものの、しかしそれまでの戦闘で三人は悪魔に致命傷になりうるほどの打撃を与えていたのだ。なんとか戦闘からは離脱したものの、しかし受けた損傷は大きく、静かなところで体力を回復している、と言ったところだろう。


 アスカは悪魔から視線を外さないままマリエの問いかけに同じく小声で応える。


(遠くから遠距離魔法で攻撃しましょう。近づくと思わぬ反撃を受けるかもしれないわ)


 アスカとマリエが慎重に足の見えているドームの入り口側に近づき、そして逃亡されないようチカが反対側の入り口に立つ。しかしその脚は震えている。


 アスカとマリエは無言で顔を見合わせてコクリと頷き、そして魔法の詠唱を始めた。


「原初の命たる炎の力よ……あっ!」


 マリエが呪文の途中で小さく声を上げた。囲まれたことに手負いの悪魔が気付いたのだ。そしてそれと同時にアスカが駆け出す。


「マリエは攻撃の準備を続けて! 私があいつの足を止める」


 大きさは人間よりも少し大きいくらいであるが、全身を甲冑のような外骨格に覆われた、真っ黒い甲虫のような姿。息をする際にふくらみ、力を入れるたびに軋む。テレビの特撮で見るような作り物とは違うその生々しさに嫌悪感を覚えながらもアスカは悪魔の進行方向を阻むように回り込んでステッキを構える。


「原初の命たる……」

「待て! こいつがどうなってもいいのか!!」

「キャアッ!!」


 またもマリエの呪文が止まる。卑怯にも悪魔はチカを人質にとったのだ。


「そうはいかないわ!!」


 しかしすぐ近くにいたアスカがステッキを振り回して悪魔に殴りかかると、悪魔は身を守るためにチカの体を放して彼女のステッキを捌く。


「今のうちに、マリエ!!」

「原初の命たる炎の力よ、邪悪な力を燃やし尽くせ!! エクストリーム・フ……フレイ……」


 呪文は唱え終わったのだが今度は魔法を発射できない。悪魔とアスカの距離が近すぎて巻き込みそうになるのだ。自分のステッキを構えて両手を前にしてそのまま魔法を保留にしていたマリエの前に発生した赤いエネルギー体はそのまま闇に消えてしまった。


 その瞬間アスカが敵の膝に関節蹴りを入れ、バックステップをして距離を取る。


「今よ!!」

「今って……」


 タイミングが合わなかった。


「喰らえ!!」


 その上マリエの方に振り向いて視線を外したアスカの腹に重い、打ち下ろし気味の前蹴りが打ち込まれる。魔法少女への変身により強化されているとはいえまだ少女の体。なすすべなく吹き飛ばされ、寝静まった深夜の住宅街には砂塵の巻き上がる音が響く。


「原初の命たる炎の力よ……」


 しかしマリエは苦しそうに呻くアスカを一瞥することなく呪文の詠唱を始める。悪魔との距離は十分にある。冷たい反応ではあるが、現状これが最適解なのだ。後数秒あれば呪文の詠唱も完了する。チカとアスカも悪魔から十分距離を取っている。これが最後のチャンスなのだ。


「待て、ケツ毛女!!」

「エクストリー生えてないわよそんなもん!!」

「フンッ!!」


 またも詠唱の中断。その隙に悪魔は距離を詰めてケツ毛の鳩尾みぞおちにボディアッパーを叩きこんだ。


 三人で取り囲み、圧倒的に有利な状況と思われていた魔法少女であったが、もはや立っているのは青木チカただ一人だけである。


 そのチカも、両の足は震え、歯の根はカチカチとかみ合わず、とても戦意があるようには見えない。


 悪魔は悠々と歩き、チカの前に歩み寄る。


「さて……お前はどんな力が使えるんだ?」


 チカはびくりと震えて悪魔の顔をゆっくりと見上げる。


 かぎづめのような指、鎧のような体は生物であることを主張するように脈打っている。視線が合えばその大顎は物欲しそうにガチガチと音を鳴らしている。


「ひぃ……」


ぺたりとその場に座り込み、瞳からは涙が溢れる。


「酷いことするよな、お前ら……」


 悪魔は自分の右わき腹を撫でる。そこにはアスカたちが攻撃した跡、大きなひびが入っている。


「これを直すには『食事』をとらなきゃあいけない……分かるか? 『正義の味方』なら俺の事も助けてくれるよな? 分からないか? まあどっちでもいいや」


 チカの両肩を逃げられないようにがっしりと掴み、オオスズメバチのような見事な顎を限界まで開く。


「あ……ああ……」


 チカの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れ、座った場所には水たまりができてアンモニア臭が立ち込める。しかし悪魔は彼女を怖がらせるのが目的ではないのだ。そんなものには留意することなく、そのギロチンのような大顎が齧りつこうとする。


「そこまでよ」


 両者が声に振り返る。


 そこにいたのは、黒を基調としたフリルのついた妙に少女趣味の衣装に身を包んだ……


 中年女性だった。

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