魔法熟女プリティメイ

@geckodoh

第1話 三人の魔法少女

 暗闇の中に奔る三つの影。


 太平洋沿岸に位置するこの晴丘市は周辺地域でも特に暖かく、真冬でも気温が氷点下になることはほとんどない。とはいえ、日付も変わろうかという夜更けの寒い時間、いくら繁華街と言えど人の数は少ない。


 地方都市ならではの少し薄暗いネオン街のビルの上にその三つの影がふわりふわりと風に舞う綿毛のように飛び、その屋上の給水塔の上に止まった。


「足の速い奴ね……完全に見失っちゃったわ」


 影の一つ、その夜空と同じように真っ暗なストレートヘアの少女が呟いた。ゴシックロリータのような膨らんだスカートにレースのついた白い衣装は酷く現実離れしたような印象を受ける。右手には何かステッキのような短い棒を持っている。


「チカがもたもたしてるからよ。どうしてくれるの」


 そう口にしたのは隣にいたアッシュブラウンの髪色のボブカットの少女。こちらもやはり最初の少女と同じようにひらひらした妙に少女趣味の衣服を身に着けているが、色は違って、赤やピンクを基調としたカラーリングになっている。


「ご、ごめんなさい、マリエさん。ごめんなさい」


 アッシュブラウンの髪の少女に睨まれて委縮する三人目の少女。この少女もやはり前述の二人と同じように、青を基調としているが、似たような派手な衣装に身を包んでいる。三人とも年の頃はローティーン、ランドセルを下ろしたばかりのひよっこといった感じだ。


 ふわりとした緩く編んだ三つ編みの髪に眼鏡をかけており、二人を申し訳なさそうに見上げる瞳は気の弱さを感じさせる。


「ど、どうしようアスカちゃん、ルビィを呼んだ方が……?」


 チカと呼ばれていた三つ編みの少女が黒髪の少女に恐る恐る尋ねる。


 マリエと呼ばれたアッシュブラウンの少女は相変わらずチカを睨んでいたが、アスカは彼女に対してどうやら特に思うところはないらしく、小さく「そうね」と呟くと、冷静な表情のままステッキの端に口をつけ、フルートのように音を鳴らす。


 トンビの鳴き声のような不気味な笛の音が夜の街に響く。


 あまりにぎわった繁華街ではない。その音に不思議そうに上空を眺める市民はほとんどいなかった。笛の音が区切られ、静かにステッキをアスカが振り下ろすと、空中にピンク色の光が、空間を割くように現れ、その隙間から桃色のキツネザルのような生き物が現れた。


「プキッ、なんか用だッチか? アスカちゃん!」


「相変わらずキモい喋り方の畜生ね」


 アスカではなく隣にいたマリエが不快そうに声を上げるが、キツネザルもアスカも彼女の言葉には特に頓着することなく会話を続ける。チカはただ不安そうにアスカを見上げるだけである。


「ルビィ、悪魔を見失ってしまったわ。どこにいるか分かる?」


「プキッ? アレだけ大口叩いておいてまさかもう見失ったッチ? 三人もいて烏合の衆ッチね」


「あ? 文句言うならあんたがやりなさいよ!」


 ルビィの歯に衣着せぬ物言いにマリエが切れるが、アスカは相変わらずポーカーフェイスでルビィと呼ばれたピンク色のキツネザルのような生き物を無言で眺めている。


 ルビィはしばらくとぼけた表情でふよふよと空中に浮いていたが、アスカが何も喋る気がないようだと感じ取るとため息をついてから言葉を発した。


「アスカちゃん……用件だけを伝えるんじゃなくってもうちょっと会話のキャッチボールを楽しもうとかそういう気持ちはないッチか……? ないね、ハイ」


 言い終わると同時にルビィの目がピンク色に怪しく光る。


「邪悪な気配め、逃げようったってそうはいかないッチよ! 悪の気配をチカちゃんの眼鏡にスーパーインポーズ!!」


「なんで私ッ!!」


「しょうがないッチ。アスカとマリエは裸眼ッチ。後で『網膜に汚れが残った』とか言われたら面倒ッチ」


「私の眼鏡も汚れ残ったら嫌なんですけど……」


 チカの抗議は聞き入れられず、代わりに彼女の眼鏡がうすぼんやりと光っているように見える。そのままチカは首を左右に振って『悪魔』の気配を探しているようである。


「ったく……よりによってこのどんくさ娘に頼ることになるなんて。チカ! あんた足だけは早いんだから逃がすんじゃないわよ!」


 マリエの怒号が飛ぶとチカは索敵をしながらも小さく「ごめん」と何に対する謝罪なのか分からない言葉を吐いた。


「仲間を威圧しないで……マリエ、あなた前はそんな子じゃなかったじゃない」


 チカの見ている方向を自分も向きながら、あくまでも表情は変えずにアスカが静かに呟いた。マリエは聞こえなかったかのようにしばらく黙っていたが、やがて「こんな生活してたら心も荒むわよ」と小さく答えた。


「仲間割れは別にいいッチけど」

「いいのかよ」


 ルビィの言葉に即座にマリエがツッコミを入れる。


「使命の事は忘れないで欲しいッチ。『屈筋団クッキングダム』の目的は分からないけど、間違いなくこの世界の崩壊を狙ってるッチ!」


「分かってるわよ。ったく、なんで目的もよく分からない変態集団のために私達が命はらなくちゃなんないのよ……」


「ここで今更それを議論したって仕方ないでしょ、マリエ。乗り掛かった舟を途中で降りるつもり?」


 アスカの言葉に不満そうな表情で「フン」と鼻をならずマリエ。確かに彼女の言うことは分かるし、そしてマリエ自身最初は乗り気で、目の前にいる怪しげなキツネザルの言葉に従い『正義のヒロイン』となってみんなを救うことに合意したのだ。


 その為の手段として手に入れたのが彼女たちの今の姿『魔法少女』の装備と、そしてその力なのである。


 確かに屈筋団は少し間抜けな姿を見せながらも反社会的な行動を続けてきているが、その目的のは杳として知れず。だが、アスカ達が対応しなければ人の命を奪いかねない危険な破壊工作をしてきた団体である。力を持つ自分達がこれと戦わなければならないのは分かる。


 分かるのだが。


 しかし本当にこれが年頃の少女が命を懸けてまで本気で取り組まなければいけない問題なのか? という気持ちが戦ううちに少しずつ心の中で育ってきているのだ。


 最初のころは「使命」と「プレミア感」に突き動かされて突っ走っていた。


 この年頃の少年少女に「プレミア感」は非常に大切なのだ。「自分は他の人達とは違う。特別な力のある『主人公』なのだ」と、思えることで自己のアイデンティティを確立するのは容易だからである。


 「どこにでもある凡百な人生」がとても大切な事であり、それこそが唯一の命をかける価値のある物なのだと気づくほどには彼女たちは賢くない。


 しかしそれでも、その気持ちだけで走り続けるにはマリエにとって魔法少女の戦いはいささか過酷だったようである。


 アスカが「変わった」と評するのも、チカやルビィに強く当たるのも、おそらくはその表れだろう。そしてそのことに自分自身気付いているのだ。


 それでもマリエは「これは本当に自分がしなければいけない事なのか」と思わずにはいられなかった。


「一体この船はいつになったら降りられるのよ……」


「なんか言ったッチか?」


「何でもないわよ」


 ルビィとマリエがぶつぶつと言葉を交わしていると、チカがそれまでにない溌剌はつらつとした声を上げた。


「みつけました!!」

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