第9話:遠くの大陸では




「もう良いです」

 サファイアは、婚約者であり魔王であるアレキサンダーへ、そう告げた。

 それは「もう許してあげましょう」では無く、「もう獣人など切り捨てましょう」の意味だった。




 海を越えた先にある、亜人の住む大陸。

 そこは獣人と人間が住むこちらの大陸の何倍も大きな土地だった。

 まだ開拓されていない場所も多く、狭い大陸の取り合いの様に住んでいる獣人と人間とは、豊かさも違った。


 亜人とは、魔人や鬼人、竜人、天人、妖精等を呼ぶ総称だ。

 獣人は世界の覇者だと思い込んでいたが、それはあの狭い大陸の中だけで、亜人の中に入れば最弱だった。



「人間だけの国を作りましょう」

 サファイアがアレキサンダーに提案する。

「人間って、手先が器用なんですよ!あそこに在った国を支えていた技術は、殆どが人間のものなんですから!」

 サファイアがフンス!と鼻息荒く力説する。

 見た目は落ち着いていて冷たい印象のサファイアだったが、中身はどちらかと言うと熱血タイプでちょっとおっちょこちょいだった。


 そんなギャップが可愛い婚約者を、アレキサンダーはソファから膝の上に移動させる。

「んもう、また!私は子供じゃありません!」

 ヒョイと軽く持ち上げられて膝に抱えられると、サファイアは毎回文句を言う。

 子供扱いされているようで、拗ねるのだ。

 その姿が可愛くて、毎回婚約者がわざとやっている事を、サファイアは気付いていない。


「暑くも寒くもなく、水も緑も豊富で、肥えた土地があったな」

 アレキサンダーが婚約者を抱きしめながら思い出す。

「え?何ですか、その恵まれた土地は。むしろ何で誰も住んでないんです?逆に大丈夫ですか?」

 サファイアの問いに、アレキサンダーは遠い目をする。


「鬼人は岩山とか鍛錬する場所が無いから嫌だと言い、竜人は水辺が少ないと文句を言い、天人は土地が平坦過ぎると避け、妖精は樹木が少な過ぎると拒否した。要は何も問題が無さ過ぎたのだ」

 う魔人も、「平和過ぎる!」と1番理不尽な理由で住まなかった土地だった。


「あ、でもそんな好条件の土地だと、狭かったりします?」

 多少狭くても、あの大陸に住み続けるよりはマシだけど、とサファイアは呟く。

「あの大陸より少し狭い位だろう。それでも他の国の土地よりも、ずっと狭いがな」

 アレキサンダーの言葉にサファイアは「なんか悔しい」と拗ねたように呟き、大層婚約者を喜ばせた。




 他国の王との会議中、アレキサンダーは可愛い婚約者の様子を思い出し、ニマニマと笑っていた。

「おい、魔人の。気持ち悪いぞ」

 アレキサンダーの様子を見て、心底嫌そうな顔をしたのは、鬼人の王であるティムールだ。

 ティムールの声で、他の王の視線もアレキサンダーへと集まる。

「どうせまた可愛い番の事でも考えていたのであろう」

 呆れたように言うのは、竜人王のローガンだ。


「そう言ってやるな。番がみつからず、遠くの大陸まで探しに行って、やっと見付けた運命の番なのだから」

 天人王カリナンがアレキサンダーを擁護する。

「天人の。貴様は確かまだ番がおらんかったの。人間の中に居ると期待しておるな?」

 妖精王テオドラが言う。

「バレたか」

 カリナンが、ハハッと悪戯が見付かったかのように笑った。



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