それは自由を守る為

きょうじゅ

ブラック・トムの大爆発

 1916年に発生したブラック・トム大爆発は、1995年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件と、2001年に発生した911アメリカ同時多発テロ事件とに並んで、アメリカ本土に対する歴史上でも最悪の攻撃として知られている、当時の国家ドイツによって行われたテロ事件であった。


 自由の女神の鎮座するリバティー島のすぐ近くに、かつてブラック・トム島という島があった。今日では埋め立てによって本土と陸続きになり、州立公園の一部になっているのだが、20世紀の初頭、この島の上に軍需物資を集積するための巨大な倉庫が置かれていた。第一次世界大戦の勃発後、合衆国はここに集めた軍需物資をヨーロッパ諸国に売り、大いなる利潤を上げていた。はじめのうちは合衆国が参戦していなかったということもあって、誰とでも商売をしていたのだが、やがて英国が大西洋航路を封鎖すると、ブラック・トム島からの販路は連合国によって独占された。このことは連合国に敵対するドイツにとって大いなる脅威となった。


 そして1916年7月30日の未明のことであった。ブラック・トム島の桟橋で、ほぼ同時に複数の火の手が上がった。


 そのとき島では、約90トンの弾薬と、約45トンのTNT火薬が、連合国に出荷される日を待っていた。それは連合国にとって喉から手が出るほど欲しい物資であると同時に、ドイツのスパイにとっても、破壊活動の対象として極めて魅力的なものであった。真夜中のことだが、島には人がいた。主には守衛であったが、自分が100トンを越える火薬とともに燃え盛る島に置かれているという状況に気付いた何人かは、島から逃走するという手段を取った。


 しかし、他の何人かの守衛は、決然として島に踏み留まった。そして、大惨事が起こるのを食い止めようとして、消火活動に挑んだのである。のちの世に‟ジャージーシティの消防隊”と呼ばれる義勇隊の、結成の瞬間であった。


 しかし、結論から言えば、彼らの勇戦は報われはしなかった。午前2時8分、ついに倉庫内の火薬に引火して、大爆発が発生した。膨大な金属片が飛散し、1マイル以上も離れているジャーナルスクエアにまで破片が飛び、新聞社ジャージージャーナルの時計台の時計は、2時12分を指したまま止まった。もっと近くにあった自由の女神の受けた損傷は著しく、彼女のスカートの部分と、腕の上にある松明とが破壊された。そのとき自由の女神の腕の部分は閉鎖され、いまも開かずの場となっている。


 大爆発の規模は凄まじいまでのもので、多くの人が大地震の発生だと勘違いしたほどだった。実際に近くの地震計はマグニチュード5を記録し、遠く離れたフィラデルフィアでも揺れが観測された。マンハッタンでは何千枚ものガラスが割れ、タイムズスクエアのガラス窓が粉々になり、40㎞も離れた地点の窓が割れたという事例もあった。


 そして、爆発はそれで終わりではなかった。その後も断続的に、小さい爆発が何時間にもわたって続いた。リバティ島とブラック・トム島の近くにあったエリス島にいた人々は、マンハッタンの南まで避難しなければならず、最終的に犠牲者は7名、そして負傷者が数百名を数えることになった。


 当然、事件の原因については厳しい究明が行われた。最初に逮捕されたのは、蚊を避けるための火壺に火を灯していた現地の警備員であった。が、まもなく彼らは釈放された。事故ではなかった、ということを示す証拠が次々に見つかったためである。その後、ドイツの国家規模の陰謀によるテロ事件であるということが断定され、最終的には敗戦国となったドイツが、この事件に対する賠償責任を負うことを認めたが、最終的に支払いが完了したのは、実に1979年になってからのことであった。


 爆発による被害の総額は、当時の額で2000万ドル。現在の貨幣価値に直せば約4億ドルに上ったとみられる。そのうち、10万ドルすなわち今日の200万ドルは自由の女神像が受けた損傷であった。


 かつてブラック・トム島のあった場所に、今は記念碑が立てられている。碑文に曰く。


『自由、そこにおける爆発! 1916年7月30日、ブラック・トム弾薬貯蔵庫は大爆発を起こし、ニューヨーク港を揺らし、住人をベッドから叩き落した。遠くメリーランドとコネチカットにまで轟音は響き渡った。エリス島にいた移民たちはフェリーで対岸まで避難させられた。破片が自由の女神像を突き破り、以後、女神の腕は訪問客を拒むようになった。被害総額は2000万ドルと想定され、正確な死者数は不明である。なぜ爆発したのか、事故だったのか、それとも何者かの計画であったのか。歴史家によれば、それはヨーロッパでドイツを封鎖する連合国に対抗するために、ドイツ人が爆薬庫を破壊したものであるという。いずれにせよ、あなたがいまいる場所は、アメリカの歴史において最悪のテロの一つが行われたその場所なのである』

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